11 A66
人権剥奪者は無力な存在——というのは社会の上澄みにいるエリートたちが頭の中だけで考えた机上の空論に過ぎない。
実際にはその犯罪者を必要とする集団を持つ者は、その集団の力によって放逐後も守られてしまう場合が多い。
法律上の概念でしかない「人権」などという脆弱なものによってではなく、その集団の持つ暴力という力によって。
ただそれには、集団の中で他に取って代わられることのない突出した何かが必要ではあったが。
A66という存在は、まさにその典型ともいえるだろう。
「要らん。」
高級そうなガウンをボスの肩にかけようと近寄った配下に、A66は冷ややかな眼差しと共にそれを制止した。
全裸のままで仁王立ちしている。
「このままでいい。」
新たに王としての装飾を得た自らの肉体を配下たちに見せようという意図らしい。
その顔の『X』も、背中の龍の上に掘られた『X』も——。そして‥‥‥
下腹部の茂みからだらんと垂れ下がっているその逸物は、おそらくこれまで一度たりとも縮み上がったことなどないであろう。
その大きさだけでも、多くの男に劣等感を抱かせるには十分な効果を持っていた。
A66は自らの肉体の持つ威圧力を十分に理解しているようだった。
「まずは城に帰る。」
A66は裸のまま、車の後部座席に乗り込んだ。
車がフェリーに乗り込んで岸壁を離れてもなお、警察のフェリーに動きはなかった。
おそらくは引き上げる刑務官たちは、A66を迎えにきた龍神帮の連中と鉢合わせするのを恐れてまだ拘置所内に留まっているに違いない。
かわいいヤツらだ。
顔は覚えているから、何かの時には情けの一つもかけてやろう。
A66は全裸でフェリーのデッキに立ち、腕組みをして髪を潮風になぶらせていた。
+ + +
「結局はお咎めなしと同じだろう、あれは‥‥。」
鉄格子のはまった窓から龍神帮の船が出ていくのを眺めながら、医療刑務官の笹川は小さく独りごちた。
お偉いさん方は、ああいうものを野放しにするつもりなのか?
「どうやらもう安全そうだ。撤収するぞ。」
刑務官のリーダー、宿臣がことさらに感情のない声で言った。
17人全員にえも言われぬ屈辱感があるが、だからといってあんなものを相手に何かできるわけでもない。
職員の安全が第一なのである。
備え付けの道具を片付け、黙々と2台の護送車に乗り込んだ。
迎えのフェリーには銃撃戦に備えて武装した特別機動隊員10人が潜んでいたことを、乗り込んでから笹川は知った。
それでも、龍神帮の船が堂々と出ていくのを、手出しもせずに見送ったということらしい。
「どういう考えなんですかね、お偉方は?」
船室のベンチに座ってから、笹川はリーダーの宿臣に小声で聞いてみた。
「A66は『X』の紋章を得たつもりで粋がってるが、法的保護は全て失った。今後ヤツの指示で犯罪を犯す配下を狙い撃ちにして、文字通りヤツを裸にするつもりだろう。」
宿臣も小声で答える。
「上はおそらく、龍神帮そのものの解体を狙ってるんだろうと思う。ある程度進めば、今度はその頭に対しては裁判は要らないんだ。」
低い声でそう話したが、その据わった目にはわずかに負け惜しみの色が見えた。
+ + +
龍神帮の「城」は都心にある古いコンクリート製のマンションである。
そのビルを違法改造して、要塞のような造りに変えている。
エレベーターはなく、1階にはホストクラブが1店舗だけ入っていて、それが表の顔の店舗である。
もちろん経営主体は龍神帮だ。この店は一応、税金も納めている。
そこから先は重い鉄の扉が何重にもあって、中がどうなっているかは外からはうかがい知れない。
資金源となる裏の店舗は、その中にある。
最上階に「リュウジ」のプール付き居住スペースがある。
その1階下の1室が、「リュウジ」が幹部に指示を与える——いわば王の執務室だ。
部下たちが「玉座」と呼ぶその上座の椅子に、A66はどっかと腰を下ろした。
「帰ったぞ。」
幹部たちが片膝をついて、一斉に頭を垂れる。
玉座の背後には光を放射するような黒い太陽の絵がある。
リュウジ自身が描いたものだ。絵そのものから殺気が漂っている。常人の絵ではない。
A66はその後彫り師を呼んで、さらに額に自らの識別番号を彫らせた。数字を1つ加えて——。
『A666』
悪魔の数字だ。




