42 古の約定
両種族には大きな違いが二つある。
寿命の長さ、精霊との親和性だ。
今からずっとずっと昔のこと。ヒト種が少しずつ生存圏を拡げ始めた頃、点在する森に変わらず住んでいたのがエルフだ。これにはもちろん黒エルフも含まれる。
エルフ、黒エルフは森や洞窟を棲家とし、その外には殆ど興味がない。正確に言えば、時間に対する概念が全く違う。その為、互いの交流はほぼ行われていなかった。あの当時、エルフ種はヒトを見下し、対するヒトは恐怖し慄いていた。まだ魔法技術も磨かれていなかったので、精霊魔法は正に魔法だったのだ。
そんな中、ヒトは圧倒的な寿命と美に対して興味を抱き始める。自らの儚さを取り除く為、美しい種族への欲望が狂わせていった。
発端は"エルフ狩り"と言われている。ヒトの集団がエルフの子を攫ったのだ。
当然にそこから争いが始まり、離れて暮らすエルフ達にもヒトの脅威が伝わっていく。これが後に種族間戦争へと傾いたきっかけだ。
そんな世界を巻き込む大戦。そうなる寸前に話し合いが持たれたと言う。詳細は既に失われたため、回避へと向かった真の理由は判然としない。だが、明確に受け継いできたのはもう二度と戦争を行わないという約束だ。本格的な戦いへ突入する前だったのに、両種族へ余りに酷い被害が続いた為だろう。
現在は互いの文化的融合もある程度進み、ヒト種が操る魔法技術も向上したことで、蟠りも殆どなくなった。また、エルフとヒトで子を成す事が可能である事も大きな理由だ。彼等は種族を包み込む架け橋であり、長い年月を掛けて平和へと促す存在となった。更に言えば魔物の存在も大きい。脅威が他にあれば結束するのも必然だったのだろう。
そんな時代の流れの中で創り出されたのが「古の約定」だ。
ヒトはその圧倒的な繁殖力により数に勝るため、巨大な集団で固まる種族。その集団は大きくなるにつれ、国家へと形成されていく。一方のエルフ達はそもそも種の絶対数が殆ど増加しない。今も村や里だけで集まっており、王政に代表される国を作ることもなかった。
そのため"古の約定"には幾つもの取り決めがある。
例えば、ヒト種の国に所属したエルフは、その出身に関わらずその法に従う。しかし、そうでない場合、つまり村や里に住むエルフはヒト種の国に縛られない。それが王家であろうと、原則的に従う必要がないと言うことだ。当然好き勝手にしてよい訳もなく、互いの生存圏を訪れたならば一時的に倣うのが慣例となる。
だから、オーフェルレム聖王国を訪れた"オーラブ村のシャティヨン"は王家に傅く必要がなく、しかし一定の礼節を守るのだ。
「どうぞ、こちらです」
「ありがとうございます」
かなりの広さを感じる其処は、中央に鎮座する巨大なテーブルで存在意義が分かった。間違いなく、他国との交渉や話し合いの為の合議の間だ。
誰もが感じるだろう最初の印象は「花」。各所に彩り豊かな花々が咲き誇り、存在感のあるテーブルの上も例外ではない。訪れた者の鼻を擽ぐる香りは其れ等から漂って来ている。
エルフのシャティヨンは城内に促され、そんな賓客のための一室へと案内された。
一方の、他種族の女性を案内してきたアーシアは未だ緊張が拭えない。大変美しい容姿をした相手で、言葉遣いも綺麗なのに、独特の圧迫感を感じるのだ。
"白の姫"から書状を預かって来ていると先程伝えられた。
アーシア達王家は、白の姫がヒトで言う王女とは違うらしいと、黒エルフのセナから教わっている。だが、エルフ達の象徴的立場なのは間違いないだろう。そのため、聖王国は慎重な対応を行なっていた。
「レオン王にも伝えました。シャティヨン様、暫くお待ち下さいませ」
「はい、アーシア王女殿下。王陛下自らとはありがたいですね。ですが、こちらも約束なく現れたのですから時間など気になさらず」
「エルフ種の皆様を代表する白の姫クラウディア様からの書状となれば当然のことかと。ですから、我等ヒトにも格を求めるものです。どうかご理解を」
書状の中身はまだ知らないが、アーシアとして牽制を忘れる訳にはいかなかった。はっきり言えば、"白の姫"に対して警戒感の方が強いのだ。セナからの話の通り種族に対し支配力を持っていないなら、目の前のエルフは今の会話に戸惑いを覚えるだろう。そう、まさに格が違うというやつだ。
だが、予想に反して……シャティヨンの表情に影響などなく、寧ろ余裕を感じる笑みを浮かべた。
「話が早いのは助かりますね。我が姫も喜びます」
「……それは喜ばしいこと。それでは私も少しだけ失礼します。父と直ぐに参りますので」
「はい」
背中をシャティヨンに向けたあと、アーシアは隠していた不安で唇を噛んだ。先程の揺さ振りにも動じない以上、本当に種族の総意で来ていると、そう想定しておかなければならなくなった。
一体どのような内容なのか。聖王国建国から百五十年の月日が経つが、この様な接触など一度たりとも無かったのに。ましてや"白の姫"と呼ばれる存在など殆ど知識にない。
アーシアの不安はフツフツと高まるばかりだった。
「オーラブ村のエルフよ。我等に前置きなど必要ないと知っているつもりだ。それでも、我がオーフェルレム聖王国は来訪を歓迎する。で、其方がシャティヨンか」
「はい、レオン陛下」
「娘から白の姫の書状を預かって来ていると聞いたが」
「こちらに」
シャティヨンから手渡されのは紙製の封筒だ。特別な作りでもないし、表面に何かが書かれているわけでもない。レオンの率直な感想で言えば、質素に過ぎると思う書状だ。まあヒトの常識を当て嵌めても仕方ないのだが、よくある手紙にしか見えなかった。
「……ふむ。アーシア、準備を頼む」
「はい」
受け取ったアーシアは隣に控えていた文官に手渡した。まさか手でビリビリと破いて開けるわけにはいかない。恭しく手にした文官は、ゆっくりと鋏を入れていく。
「失礼になるかもしれないが聞かせてくれ。白の姫からの大切な書状を持ち込むのに、キミ一人、つまりシャティヨンだけで訪れるものなのだろうか。我等ヒト種であれば少なくとも十数人は同行することになるが」
「私たちも同じですよ。通常ならば私だけとなりません」
「ほう。ではなぜ?」
「それが白の姫の望みだからです。このオーフェルレムの聖都レミュに多くのエルフを派遣する訳にはいかない事情があり、余り騒がしくしたくない、それだけです」
「なるほど。それでキミだけを遣わしたと。余程に信頼厚い臣下なのだな」
「少し……臣下とは違いますね」
「違うのか? ではどのような」
「剣。私は白の姫に全てを捧げた一本の剣です。あの娘が歩む先を斬り開いていく。それだけ」
アーシアはゾワワと鳥肌が立つのを我慢出来なかった。淡々と話すシャティヨンから、言いようの無い凄みを覚えたのだ。父レオンさえも固まっているように思える。やはりエルフ。ヒト種と違う。自分達では想像も出来ない時を超えて来た異種族だ。長い耳などを見なくても間違いようがない。
「陛下、こちらに」
「あ、ああ」
文官が差し出して来た書状を受け取りつつ、シャティヨンに分からないようレオンは深呼吸をする。そして、思っていた以上に短い文章を読み進めていった。
横で観察していたアーシアはすぐに理解する。
父の表情が険しくなり、二度読み直した。ある意味予想通りに、明るい内容などではなかったのだろう、と。
「……たったこれだけ、これだけを白の姫は望むと?」
「そうです。レオン陛下」
「娘にも見せてよいか」
「どうぞ」
「アーシア」
「拝見します、陛下、シャティヨン様」
そしてアーシアも怪訝な表情を浮かべるしかない。次いで襲うのは怒りだった。
「今この時より、黒エルフのセナ=エンデヴァルと……接触を絶て、ですって?」
声が震える。
そして、怒りと同じくらいの「恐怖」が足元から迫り上がって来た。何故なら、白の姫個人の要望どころではなく、オーフェルレム周辺のエルフ達の総意として記されているからだ。アーシアさえ見知っているエルフの長老達、その連名となっていた。前代未聞と言っていい。
「会う事も、会話をすることも、文章のやり取りも全て。セナに関わる事をやめて貰います。それが我が姫から聖王国王家への通告であり、必ず履行して頂くことです。決して難しくはないでしょう」
「通告? 何て、何て勝手なことを……! 何故我等がそれに従わなければならないのですか!」
「アーシア王女殿下。申し訳ないですが、元々エルフ種、そして黒エルフの問題なのです。ですが此処はオーフェルレム。我が姫はそれを憂い、筋を通すと決めました。それが事前の書状であり、私が来た理由です。どうかご理解を」
「……出来ません。確かに"古の約定"は不可侵。ですが、ヒト種の国に住む者ならば我等の法に従うと、そう決められたはず」
シャティヨンは首を振り、変わらぬ落ち着いた声で返してくる。
「セナは聖王国民ではなく、つい最近レミュを訪れた占術師です。冒険者や占術師は組合に所属し、放浪する者も珍しくない。違いますか?」
「確かに……一般的にはそうでしょう。ですがセナ様は違う! お父様、どうか何か仰って下さい!」
「分かっている……シャティヨンよ。これだけの村々や里の長老達が同意している以上、エルフの中の問題である事は理解しよう。だが、我が聖王国はセナ=エンデヴァルから多大な恩を受けてきた。建国時から始まり、幾度となく占術で救われたのだ。確かにヒトと黒エルフは違う。それでも、彼女だけは、セナだけは特別な存在。住民か否かなど関係ない」
「なるほど」
「だから従う訳にはいかん。白の姫にも伝え」「では証明をお願い出来ますか? 聖王国とセナが建国時から関わって来た事を。文献、資料、何でも構いません。それさえ頂ければ"古の約定"に則り、姫を、そして皆を説得すると約束します」
「そんなの幾らでも……」
アーシアは言いかけて、そして止まった。
初代女王レオナの時代より、聖王国はセナとの約束を頑なに守ってきたのだ。それは誇りであり、ある意味の形を変えた繋がりでもあった。
そう。
決して記録には残さない、と。




