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37 裸のお付き合い

 



 裏口と言えば良いのか、そんな小さな門を通り過ぎると、直ぐに城内へと入る事が出来た。


 防犯的に大丈夫なのかなとセナは思ったが、口出しするのも違うと唇は動かない。先導するアーシアも特に気にしていない様だ。


 実際にはセナを迎える時以外は封印され、誰一人近付くことの出来ない場所と化すが……御本人は知らなくて良いことなのだろう。


 王女の発案によって三年前に完成したそんな秘密通路を通り、セナはオーフェルレムの中心へと到着した。


 通路には魔法によるランプが灯り、視界は良好。そのため、目の前に螺旋状の階段が伸びているのも直ぐに分かった。そばに寄るとかなり高所まで繋がっているのが見える。最上階とは思わないが、かなり長いもののようだ。


 木製の手摺りは優しい感触で、セナはついサワサワと撫でてしまう。温度なんて感じるはずも無いのに、何故か温かい。


 変わらずアーシアが先導しつつ、その後に続いて行った。


「私はこの螺旋階段が好きなんです」


「そうなんだ。確かに素敵な作りだよね」


「はい。でも、それもありますが、それ以外にも」


「たくさんの絵が飾られてるから?」


「セナ様の言う通りです」


 まるで美術館の様に、時代も様々な絵画が掛かっている。階段をゆっくりと上がっていけば、趣の違う絵の世界を眺める事が出来るのだ。美術に疎い方のセナでさえ感じ入るものがあり、きっと著名な画家の作品達なのだろう。


 風景画、人物画、あれは精霊を表したものか。銀細工の職人、子供を抱く母、剣を捧げる騎士。山々や海、風に揺れる草花が描かれ、空には星々が輝いている。踊っているのが空想上の精霊たちだ。


「時代ごと、かな」


「流石です、セナ様。画題は統一されていませんが、それぞれが各時代の象徴を元に描かれました。これらは美の結晶であり、同時に歴史書でもあります。如何ですか?」


「どれも凄すぎて私には綺麗ってことくらいしか分からないよ。そうだな……月が山裾に掛かるあの絵は特に好きかも」


「あれは……少しだけ寂しそうに、だからこその儚さと美しさが……そう私は感じてしまいます」


「今日みたいに空気が澄んでて、騒がしい精霊達も大人しく眠ってるみたいでね」


 全体的に暗く、だからこそ月明かりが輝いて見える。セナに向け言葉にしないが、アーシアがその絵から受け取るのは"孤独"だ。実際に歴史上の哀しい出来事を元に描かれた。だからだろうか、セナ=エンデヴァルの生き様を僅かとはいえ学んでいる王女は、どうしても彼女の悲哀を思ってしまう。


「……そろそろです、セナ様」


「そう? 意外に早く着いたね」


 ニコリと笑うセナを見て、アーシアは何故か救われた気がした。












 ◯ ◯ ◯




「うん、凄く美味しかった」


「良かった。必ず料理長に伝えます」


「御礼もしっかりお願い」


「はい」


 辿り着いた迎賓の為の部屋。所謂"深窓"であり、女性しか立ち入れない。


 そこでアーシアとセナは晩餐を楽しんだところだ。野菜を中心に、魚介も彩りを添えた。肉類は含まれていないが、十分過ぎるほどに贅沢な夕餉だろう。


 酒は供されてなく、柑橘類を絞った水とお茶。どれも絶品で、しかもセナの好みまで把握されている感じだ。何故知られているのか謎だが、ちょっと怖いので言及していない。


「奥に湯を用意しています。先ずはゆるりと身体を休めて下さい。清めは私が」


「うん……え、え⁉︎」


「昔は私やレオアノを世話してくださったと聞いています。ですので、今度はセナ様の番」


「それはさ、二人とも赤ちゃんだったからね?」


「黒エルフのセナ様であれば、ヒト種の年月など些細な違いでしょう? 私は気にしません」


「私が気にするんですが!」


「嫌、なんですか……?」


 細っそりした手を添え、アーシアは静かに泣き始める。長い間会えなかった相手に、せめてもの願いだったのだろう。哀しそうな声を聞けば、セナはどうしても断りづらくなってしまった。


「わ、分かったから。お願いしようかな、ね?」


「はい、それでは行きましょう」


 パッと上げた顔に涙の跡はない。艶々した表情と瞳は爛々と輝いて見えた。


「アー……シア?」


「さあさあ、早く、セナ様」


「ええ……?」










「綺麗な肌……」


「う、擽ったいよ」


「あ、ごめんなさい」


 湯浴みはセナが好む一つだが、流石に今は緊張している。完全な裸体のままに身体を温めたあと、今はアーシアにより背中を洗って貰っていたのだ。見慣れない褐色の肌に、アーシアは思わず指を這わせた。歴戦の冒険者であった過去を持ち、自分達ヒト種を遥かに超えた時を生きて来たはずだが……指先から感じるのはしっとりとした感触と、傷やアザさえない背中。


 これだけ見れば何一つ信じられない。


「何か特別なお手入れをしていますか?」


「ん? んー、余りしてないかな。とにかく温めのお湯に長く浸かるようにしてるけど。殆ど毎日」


「毎日……それは、なるほど」


 毎日お風呂に入るなど、聖王国の王族であろうとしない。勿論身体は清めるが、お湯に長い時間入る文化そのものがないのだ。元異世界人にしてお風呂大好きな彼の国出身だからだが、アーシアは知る由もない。なので、黒エルフの独特な美容法なのだと間違った解釈をしたりしている。


「あとは野菜中心のご飯も影響してるかも」


「参考になります」


 セナが血や肉を嫌うことを知っているアーシアは、敢えてそれ以上質問を重ねたりしない。流石に理由までは知らないが、冒険者だった彼女が()()()()()のだ。きっと辛い出来事があったと想像出来る。


「胸、大きいですね」


 今度は胸部に興味を移したようだ。女性ならばやっぱり気になるのかと、よく知らないセナは考えたりした。


「まあ、小さくはない、ね。重いし、動くのにも邪魔だったりするけど」


「私は多分これ以上になりません」


「えっと、でも綺麗だよ?」


「こっちを見てないです、セナ様」


 見れるわけないじゃん! それがセナの内心の叫びだ。多少の変化はあるだろうが、自意識は未だ男性のまま。恋愛対象も変わってないし、現在も想う相手は真っ白な女の子だ。


 何だか罪悪感がひどくなり、見てません見てませんと叫び続けている、心の中で。ちなみに、自分の裸をバッチリ見られているのは意識の外だ。近くに白の姫が居ないのは幸運だろう。もし目撃されたら大変なことになるが……御本人には自覚がない。セナの肌を他者に見せるなど、絶対に許せないエルフだから。


「……誰か、心に決めた方はおられますか?」


「う、うん?」


「黒エルフもヒトと同じ様に恋をすると聞いたことがあります。私は婚約も父に任せておりますが、セナ様は世界中を旅する女性ですから、お話くらい聞かせてください」


「それって恋愛話だよね?」


「はい」


 背中に湯を流しかけ、色付いた肌が顕になる。アーシアはやはり目を奪われながら、少しだけ黙ったセナの回答を待った。


「……忘れられない相手なら居るよ。私も偶に分からなくなるけど、多分今も好き、なんだろうね」


「暫く会っていないのですか?」


「うん。ざっと二百年くらい?」


「に、二百年ですか」


 気の遠くなるほどの年月だ。ヒト種であるアーシアには想像出来ない世界。この聖王国でさえ建国から百五十年しか経過していない。


「もう会う事はないけど、想うのは自由だからね」


 会う事はない。その意味を反芻し、アーシアはとても悪い事を聞いてしまったのだと、思わず涙ぐみ言葉に詰まった。そんな様子を察したセナは、すぐに優しく語り掛ける。


「アーシア? 勘違いしてるみたいだけど、その相手は生きてる。だって私と同じ長命種だから。色々あって別れて、それぞれの道を歩いて行くことになった。ね? ヒトと同じで、そんなものだよ」


「……そうでしょうか」


 生きていると聞いて少しだけ安心は出来た。それでも納得はしていない。互いに命あるなら再び会う事だって。そんな風に思い、アーシアは顔をあちらに向けたままのセナに続けて語り掛けた。


「事情の分からない私が言うのも無責任ですが……いつか笑顔で再会出来れば良いと、そう思います」


「うん、そうだったら幸せだね」


「きっと、きっと叶います。そんな幸せがセナ様に訪れる未来が……!」


 ギュッと寂しそうな背中に抱き着き、アーシアは瞼を閉じる。絶えない孤独を纏うセナに、出来ることなどこれくらいしかない。


 急に抱き締められたセナは吃驚して震えた。アーシアの珍しい大きな声が響いたのもあるだろう。互いの肌を感じたが、今は恥ずかしくなかった。ただ温かいだけだ。


「……ありがとう」


「一体どんな男性なのでしょう。セナ様を悲しませるなんて」


「あ、あー、うん」


 男性じゃなく女性で、しかも歳下なんだけど。


 そんな心の声は伝わらない。例え肌を合わせたままでも。









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― 新着の感想 ―
エピソード68の螺旋階段での様子を画像生成してみました。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
専用の通路まで作ってしまうアーシアの本気度がすごい。(^^ それはそれとして、お風呂回グッジョブd( ̄  ̄) なんというか、あからさまなキャッキャウフフじゃなくて、落ち着いていながらちゃんと大切に思…
正直に言っちゃうと「私にもワンチャンあるかも?」ってなるからね 読んでる側はその方がニヤニヤ出来るけどw
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