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32 回想

 


 冒険者パーティ"バイア"と出会う少し前。





 先程感じた嫌な予感をそのままに、セナは森の中心部へと向かっていた。


 樹木の中位精霊(ドライアード)からの視線らしきもの、張り詰めて来たと思う空気。幾つかの要因が重なり、セナは警戒感を強める。そんな風に周囲を観察しつつ進んでいると、ある痕跡を見つけた。


 経験からそれに見覚えがあり、しかし"シグソーの森"の予め聞いた難度に見合わない。


「……誘われてる。こんなこと、その辺の魔物がする訳ない」


 そう、複数のヒトらしき痕跡が見つかり、すぐに魔物を追っていると知れた。しかし対象の魔物の動きが明らかにおかしい。態々意味もなく迂回したり、残す筈のない排泄物や毛などがそのままだ。


 彼等も食物連鎖の中にあり、生存の為の技術を受け継いでいるのだ。捕食者であろうが、非捕食者であろうが、自らを喧伝するような愚を犯さない。それが知能のある魔物というやつだ。獣とは違う。


 だが、ここは難度が比較的低い森。聖都レミュからも近い。この様な魔物が居たらすぐに噂になり、犠牲者だって急激に増えるはず。


「……この足跡……長靴猫?」


 異常とも言える巨大な足跡を、まるで「こっちにいるよ」と誘う様に続けている。そして同じく重なるのはヒト種らしき痕跡だ。ほぼ間違いなくオーフェルレムの冒険者パーティが追っているだろう。


 だが、ウェリズンは、どちらかと言えば膂力に任せた魔物で、頭脳的な戦略を立てる連中ではない。もちろん例外はあるが、それは必要な食料が増加するとき。例えば番であったり、子を持ったとき、或いは縄張り争いからより強い力を求める場合などだ。


「もし誘われてるのに気付いて無かったら」


 上位のパーティならば何とでもするだろうが、この森の難度から言ってその可能性も低い。


「まずい、かも」


 人数は多くて四人、もしかしたら三人だ。セナは自分が立てた予測から、かなり厳しいと判断した。不意打ちなど喰らったら大した時間も掛からず全滅する。


 方角を確認したセナは立ち上がり、すぐに早足へと変わった。









 方角から予想はしていたが、森の中心部、つまり泉の方に向かっている。元々の目的地だからセナとしても無駄が省けるだろう。しかし急ぐ彼女はそんな事を考えもしていない。痕跡は新しく、まだ十分に間に合うかもしれないからだ。


 樹々の数は少しだけ少なくなり、向こう側が見えてきた。


 もう殆ど夜になってしまったが、種族的に夜目が効くから余り苦にしていない。精霊との親和性はエルフが勝り、身体的優位性は黒エルフが持つ。これが一般的な常識だ。


 セナの場合は精霊との親和性さえ当て嵌まらないが。


「いた!」


 間に合ったようだ。


 まだ負傷者もいないようで、二頭のウェリズンと戦っている。分断された様に見えるのは不意打ちを喰らってしまったのかもしれない。そうセナは見極め、しかしすぐ助けには入らない。


 彼等の戦略の可能性もあるし、そもそも依頼なら横取りが良くない。下手したら冒険者同士の諍いの元になる。


 泉の反対側。三名の男性、一人だけは魔法士か。


「ん? あれはドティル、さん?」


 セナの目は剣を構える男を捉え、それが見知った男と直ぐに分かった。魔法士が放った光の魔法が辺りを照らしていて間違いようもない。


 おかしいなとセナは思った。確か彼は"嘆きの森"に行くと言っていて、しかし此処はシグソーである。


「ああ、別名が"嘆き"なのか」


 何よりも、魔物は聞いていた通りの長靴猫。


 自らの間抜けさに気が抜けるが、今は戦闘中である。万が一もあるため意識を集中した。


 ドティルは善戦している様に見える。冒険者としての目線で見てもかなりの使い手だ。もちろん上には上がいるが。例えば二百年前のシャティヨンならば一瞬で仕留めてしまうだろう。


「もう一人……キツそう」


 離れた場所でたった一人戦う冒険者。戦い方や装備から見て前衛と言うより遊撃が得意と思われた。つまり足止めより撹乱が向くはずで、しかし今は一対一。しかも相手は結構な強敵ウェリズンだ。予想通りにかなり苦戦している。


 弓を持つ手に思わず力が入った。


 直ぐにでも助けたくなる。しかし何か意図があったり、奥の手を持っていてもおかしくないのだ。だからセナは躊躇してしまい、その結果へと繋がった。


「あっ……!」


 躱し切れなかった横からの一撃を剣で受け、体重差から生まれる圧倒的な膂力の前にドティルの仲間は吹き飛んだ。剣は折れて、意識も失っているようだ。泉の水面に叩きつけられたあと、プカリと浮かんできた。沈まないのは軽量の革鎧が功を奏したのだろうが、何一つ楽観出来ない。


 そして、ウェリズンの次の動きを見て、セナは無意識に真っ赤な弓を持ち上げる。慣れた手つきで矢をつがえようとしたときだ。


 そう。アダルべララは水の精霊力を宿したまま。今更気付いても躊躇している時間はない。つまり、普通の、偶然出会った弓使いとして誤魔化すのは不可能となった。


 グワリと顎門を開け空を舞う長靴猫。向かうは意識のない冒険者。


「ふっ……!」


 宿した精霊力に見合う水色の矢は凄まじい速度で進み、愉悦の表情を浮かべたと錯覚するウェリズンの右肩に当たった。


 鈍い音と肩辺りが弾ける様を見届けたセナは、続けて精霊魔法を行使。冒険者の彼の怪我や呼吸も心配なので、彼は此方側に運んでと頼む。更には泉に沈みかけたウェリズンを向こう側にポイと投げて貰った。


 水の下位精霊(ウンディーネ)達に内心でお礼を言いつつ、浮遊から落下に入ったウェリズンへ次の矢を放てばこの局面は変化するだろう。


 改めて矢をつがえ、容赦なく頭と喉を狙う。負傷した魔物は凶暴性が跳ね上がるのだ。手加減なんて出来ない。


 久しぶりのアダルべララは変わらない性能を発揮してくれた。思うがままの軌道で飛び、ズドと厚い毛皮を抜けたのが分かる。光の魔法に照らされた赤黒い血が舞って、いつもと同じように視線を逸らした。


 ドティルともう一人の魔法士は呆然と此方を眺めている。気持ちは分かるが、今はまだ戦闘中だ。セナは普段あまり出さない大きな声で警告を発した。


「まだ終わってない! 二人とも!」


 全くもう。そんな風に出た溜息を隠し、二人の動きを確認。ウェリズン一頭相手なら恐らく大丈夫かなと気を配りつつ、気を失っている三人目へ走り寄った。


「仲間は任せて!」


 魔力の高まりと澱みないドティルの動き。


 精霊魔法も多分必要ない。セナの下した判断は間違いなく、それはすぐに証明された。









 ◯ ◯ ◯





 うん、すっごい見てる。


 セナは思った。


 討伐証明を採取するため離れていく二人。その内の片方がこれでもかと見開いた目で凝視していた。その視線の先には愛弓のアダルべララが放り投げてある。


 確か名前はヒューゴ。そうドティルから教えて貰った彼だ。


 顔も見せてないし、適当に言い訳して別れるつもりだったのだが。


「知ってるっぽいな、あれは」


 ドティルはともかく、あの魔法士が確実に気付いた様子なのは間違いなさそうだ。


 "アダルベララの紅弓"はある意味使い手より有名で、ドワーフのヴァランタンの言葉にもあった通り、言い伝えや文献にも残っている。つまり、この特徴的な赤い弓を見られたのは失敗だったかもしれない。


 だが同時に……何としても、無理矢理隠すことでもないと、セナは思っている。ドティルには黒エルフと知られているし、名乗る時に偽名など使っていないのだ。


 更に言えば、察したもう一人に知らないところで探られる方が厄介な事になるだろう。


「声だって隠してないしなぁ。んー、まあ聞かれたら答えようか」


 優柔不断の極みだが、セナはそれが正しい時もあると知っている。


 未来視や"揺り戻し"とも関係は薄く、そもそも"旨み"だって特にない。冒険者同士が相互に助け合うのはよくあって、危険が隣り合わせの世界では当たり前でもある。つまり、今日の出来事自体は珍しくもないのだ。


 気に掛かるのは、もしかしたらドティルとは距離が出来るかもしれない事か。それを思うと少しだけ寂しく感じる。しかし、出会いと別れは長い月日の中で何度も経験してきた。それがセナ=エンデヴァルだ。


 必要以上に言いふらされるのは避けたいが、その辺りもドティルなら大丈夫だろう。言動から誤解されやすいが、彼は誠実なヒトとセナは思っている。


「ん?」


 何かを感じてふと下を見れば、気を失ったヨヒムが少しだけ動いたようだ。元の世界の常識から直に地面へ頭を下すことに抵抗があったので、何となく膝枕をしていたからだろう。モゾリと動く頭が少し擽ったいが、この行為に乙女的思考はないと断言出来る。


 ヨヒムの額に当てた布にかなりの血が滲んでいた。


 無理に起こせないが、そのままも良くないか。そう思ったセナは幾つかあるポーチから包帯を取り出した。傷口に消毒など出来なくても、この包帯は新品の清浄なモノだ。


「ゲームだったら回復魔法とか使うところか」


 遥か以前に失伝した古代語魔法には存在したらしいが……セナは知らないし使えない。そして精霊魔法ではもちろん不可能で、神聖魔法と名付けられた奇跡でさえ御伽話の中だけだ。


 つまり、物理的な手当てしかない。


 慣れた手つきで包帯を巻いていく。


「……」


 その白色に、セナはクラウディアとの日々を思い出してしまった。


 試合であってもあの娘は全力で、負傷など気にもしない。寧ろ未だ勝てない事を喜ぶフシがあったくらいだ。


 正式なお付き合いが始まってからは、触れ合える大切な時間だと笑っていた。その笑顔は何よりも眩しく、この包帯より遥かに白く綺麗で……


「元気に、してるかな……」


 やっぱり会いたい。でも、会えない。


 この感情に捕まるのは良くないと、セナは思わず顔を上げる。


 ドティル達は剥取り中だ。


 見えた血の赤色が嫌で、今度は真っ暗な夜空へ視線を向けた。








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― 新着の感想 ―
少しバレてしまったようですが冒険者3人だけの秘密になりそうですね! 今後またバレそうな出来事が起きなくもない気がしますが…w
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