25 お買い物
セナは昨日、ラウラの案内で新街区をお散歩した。
レオナの真新しい像を懐かしく眺め、魔法技術の進歩にも興味を唆られたものだ。
そんな風にあちこちに視線を送り、また来てみようと目星を付けていた場所が幾つかあった。ラウラが居ても勿論大丈夫だったが、個人的な用事にあれ以上付き合わせるのは申し訳ない。なので、日を改めて再び訪れたのだ。
「良かった。今日も開いてた」
その視線の先。其処には色鮮やかな野菜たちが並んでいる。
青々した葉野菜は新鮮そのもの。
瑞々しい根物も種類があり、特に多いのはカブだろうか。赤カブに至っては、小さなものから長細いカタチもあり、セナさえ知らない品種もある。
ジャガイモらしき何か、人参に似たアレは色が白い。
生姜やウコン、ニンニク、セロリ、他にもたくさん。
勿論全てが異世界産だが、形などは似通っているのだ。調理方法だけはまだ進化中で、セナに一日の長があるかもしれない。しかし、これだけ豊かなオーフェルレム聖王国ならば、直ぐに追い抜かれるだろう。
「やっぱり凄いなぁ。レオナが頑張ってた頃は中々手に入らなかったのに」
「ん? アンタいま、レオナって言ったか?」
八百屋……つまり野菜を専門で扱う店の主が声を掛けて来たようだ。独り言のクセがあるセナだから、偶にこんな事が発生してしまう。
「ええ、まあ」
「その知り合いは幸せ者だな。偉大なる御方と同じ名前なんだから」
流石に御本人の事とは思えないらしい。レオナという名はかなり一般的で、今も昔も多く使われる。オーフェルレムでは特に意義深いのだろう。間違わないよう"初代"や"偉大なる"などが頭に付くと、それが女王陛下を示すことになる。
「レオナ初代女王陛下、ですか」
「おうよ。このオーフェルレムを打ち立てた方だ。だから建国を祝う日は、レミュ全体がお祭り騒ぎになるってわけだな。もうそろそろだから、皆が浮き足立って大変だよ」
「確かに。久しぶりに聖都へ来たので忘れてました」
「他国のヒトか? じゃあ尚更楽しんでくれ。この国は良いところだぜ」
人相をローブで隠しているのだが、八百屋の店主は気兼ねなく話し掛けてくれた。言葉の端々に聖王国への誇りが感じられ、セナまで嬉しくなってしまう。
「きっと現王のレオン陛下も素晴らしい政を執っているのでしょうね」
「勿論だ。まあ噂じゃ、アーシア王女の影響も強いらしいが……おっと、今のは聞かなかったことにしてくれ。さて、何か買ってってくれよ。コイツなんて、最高の味を保証する」
手に取ったのは瑞々しいキャベツ的な野菜だ。名をケールカと言い、セナからしたらそのままキャベツにしか見えない。
「大きい……」
「ああ。だが甘味も強くてな。火を通したら堪らない味になる」
「半分にして貰えます?」
「勿論だ」
「じゃあケールカと、コレとコレも。あ、こっちも良いな」
「ほい、ほい、これもだな。よし、コイツを切ってくるから待っててくれ」
店主は笑顔でケールカを持ち、棚の裏側で包丁を構えた。直ぐにザクリと音がして、包紙でガサガサと包んでくれたようだ。
「アンタの表情は見えないが……たぶん初顔だよな。コイツもおまけしとくから、また来てくれよ?」
「わ、ありがとうございます。また寄らせて貰いますね」
「おう。代金は……ピッタリだな。ありがとさん」
「はい。それじゃ」
まだ口にしてないが、野菜たちも新鮮で美味しそう。つまり、オーフェルレム聖王国にいる間は贔屓になりそうな、そんなお店。味の深みを出す為に肉類も多少は使うが、材料の大半は野菜なセナからしたら、良い食材を手に入れる店は非常に大事なのだ。
「お散歩もやっぱり良いなぁ。またお願いしてみようかな」
ラウラとの散策で目に付いたのが先程の場所だから、引き篭もり気味なセナでは見つからなかったかもしれない。
「よし、今日はもっと歩こう。レミュって広いし」
旧レムがあった此処は今や美しい都となった。近隣最大規模の"水の副都"であるオーフェルと並び、聖王国王家が座す冠たる聖都だ。
小鳥たちが羽を休めるのは各所に植えられた樹々。それぞれの店舗や家屋の前には花々が飾られていて、鮮やかな色彩で目を楽しませてくれる。
レミュの街並み自体が"花"を想像させる色合いをしているが、これは王家が好んでいることの影響が非常に大きい。「ときにオーフェルレムへ舞い戻る者に、心からの安らぎを」と初代女王レオナが願ったとされ、今も変わらず受け継がれているのだ。
ちちぷいにて山音まさゆきさんより FA頂きました。ありがとうございます。
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「んー。やっぱり調理器具はヴァランタンにお願いした方が良いかなぁ」
様々な包丁と鍋、あとはフライパン。旅を繰り返すセナはその殆どが携行に適したモノを選ぶ。簡単に言えば小型で軽量、簡易的な種類だ。だが、暫くは此処に滞在する予定なので、本格的な器具を揃えたくなったらしい。最近手の込んだ料理をしていないため、ちょっとウズウズしてるのもあるだろう。
そんな事を考えつつ鍛冶師の集まる地区に来たのだが……二店舗目に足を運んだときに分かってしまった。その店が取り揃える商品は質も悪く無いし、値段だってお安いと思う。だけれど、ヴァランタンの店を訪れたときに見たアレらと比べたら。
セナからしたら、あの老ドワーフは武具の鍛治師だ。だからこそ"アダルべララ"も預けたし、ずっと昔からお世話になっていた。それもあって思い付かなかったのだが……最近は基本的に装備類を扱わず、包丁などの生活雑貨が主らしい。
そうなると、あの匠に敵う者は中々いないだろう。
「……ヒト種からしたら反則だよな。生きる時間が違いすぎて、技を磨くのに差が出るし」
そもそもドワーフは種族的に見て工芸に秀でている。更にその中にあっても最上位に位置する鍛冶師がヴァランタンである。比較すること自体が間違っているのかもしれない。
結局は小皿を数枚だけ購入し店を後にした。またヴァランタンに会う理由も出来たし、セナも無駄足とは思っていないようだ。
そうしてレミュの散策を再開して、右に左に視線を配った。
時折テクテク歩くローブ姿に注目する者がいるが、セナは努めて気にしないようにする。特に男性からの視線が多いのだが、これはどの国、どの街でも同じだ。全身を覆っても、背の高さや女性らしき線を完全に隠せる訳ではないからだろう。
とは言え疲れるものは疲れる。
「そろそろ帰ろっかな……」
ボソリと独り言を呟いて、路地から広い通りへと向かった。そうして開けた視界には、沢山のヒトの流れと左右の露店たち。お祭りも近いからか、セナが最初に訪れた日より盛況な気がする。
もう一度ローブを確認し、ヒトの波に紛れたとき、ふとある露店が気になった。まだ記憶にもしっかりとあり、お店の親父さんにも見覚えがある。
また来ますとあの時は言ったのだが、本当にまたこうやって寄ることになるとは。何故か吸い寄せられるように、セナはフラフラと近づいていった。
「ん? アンタ前も……?」
「あ、はい。一度だけ」
「やっぱりか! ああ、よく覚えてるぞ。珍しいことにウチの商品にも詳しかったからな。まあまた来ますと言って戻る客なんて少ないが……アンタは違ったらしい! ハッハッハ!」
「こんなに大きなレミュでも扱ってるところは少ないでしょう?」
「まあな!」
幾つか並ぶ魔法具の隅に陳列されている。それは"エルフの夢護り"だ。眠りに関する魔法に耐性がつく上に、普段から悪夢を祓うとされる。
一種の縁起物だが、魔力が込められた本物は実際の効果も持つのだ。ぱっと見は細い蔦で編まれた袋の中に、透明度の低い宝石が入っている。宝石と言っても高価な種類でなく、その辺りでもバラ売りしているもの。重要なのはエルフ族の住む森にしか生えない植物の蔦と、込められた魔力になる。
「やっぱりちゃんと魔力が込められてますね。珍しいなぁ」
精霊力ならばエルフにとって扱い易いが、残念ながらモノに閉じ込める技術がない。近いのは"宿る"ことで、その場合は精霊側に主導権がある。そのため夢護りには魔力を使うのだが、これを作り出せる職人エルフ自体が少数なのだ。おまけに大半が各村の中で消費されるので、ヒト種が手に入れる機会はかなり限られてしまう。
「持ってみるかい?」
「いいんですか?」
「魔力云々が分かるアンタなら構わんさ。実際のところ、真贋を疑われることもあるからな」
一番手前に並んでいた夢護りを優しくセナに手渡してくれた。そっと受け取り、じっくりと観察する。だから直ぐに気付いた。
「コレって以前に見た商品と違いますね」
「……おいおい、マジかよ。それに気付くなんてアンタが初めてだ。見た目はそう変わらないだろうに」
「蔦の編み方と、魔力も少しだけ。こちらの方がずっと良い物ですよ。あ、えっと、以前のが悪い訳じゃないですけど」
思わず本音が出て、セナは慌ててしまう。
「気にしなくていい。実は仕入れた先の村が違うんだよ。そいつは遥か西方にあるオーラヴ村のエルフが作った夢護りだからな」
ビタリと、セナの手が止まる。ローブに包まれた体も震えたように見えた。その様子に露店の親父も怪訝な様子だ。
「どうした?」
「……いえ、随分遠くから来た夢護りなんだな、と」
「オーラヴを知ってるのか?」
「ええ、少しだけ」
「ほー、そりゃ凄い偶然もあるもんだ」
「……そうですね。これを一つ、良いですか?」
「お、ありがとさん」
親父はセナから受け取ると、手元にあった白い布で丁寧に拭い、そのまま小さな紙袋に入れてくれた。




