❷赤毛の女の子
今でも探してしまう。
クラウディアの姿を、カードの向こう側で。
今も無事なのか、命の危険に晒されていないか、病気になっていないか、元気にしてるのか、そして、泣いたりしてないだろうかと。
セナは自分がある意味で病んでいて、自身の執着に驚いたりしている。これではまるでストーカーじゃないかと自嘲し、いや間違いなくそうだと思い直した。それでも止められない。時間が空くと不安が強くなり、クラウディアの無事を確かめたくなるのだ。
だから長い月日の中で記憶も薄れたりしないし、あのオーラヴの日々が思い出に変わったりもしない。
タロットカードの使い途がストーカー行為だったなど、森の上位精霊のミスズに笑うか叱られてしまうだろうか。
「旅、してるのかな」
クラウディアはオーラヴ村から旅立ったようだ。見える景色が明らかに違うし、そもそも森の中じゃない。白の姫として成長したのだから当たり前か。
偶に見える樹々は針葉樹に変わり、曇り空が多い気がする。セナにはその場所が何処か分からなかったが、雪の降る地域へ行って欲しくない気持ちが強かった。自分が近くに居なければ大丈夫なことを理解してても、やはり不安は不安なのだろう。
「シャティヨンもべったりくっついてるし、きっと大丈夫」
無理矢理そんな不安を押し殺し、カードを使うのをやめた。今見たクラウディアは未来の姿だが、そう遠くないうちに現実となる。つまり、彼女は無事だ。
フゥと溜息を溢し、セナは立ち上がって少しだけ窓を開けた。丁度朝日が目に入り、夜が明けたのを教えてくれる。そうして今の街の全景に光が差し込んだ。
この街の名はレム。"オーフェル=レム連合都市国家群"と暫定的に呼ばれる組織の片割れと言っていい。実際には複数の街により構成されているが、実質的にオーフェルとレムが中心となる。
だが、どんなに美しい街も、ある種の戦争の舞台となってしまえばその様相は大きく変貌してしまうのだろう。人影は非常に少なく、見えもしないのに空気がピリピリしている。焼け落ちた姿のままの家々、片側が崩れ落ちた店舗、馬車の車輪や折れた木材もあちこちに散らばっている。
此処では反体制派の組織が弱体化しており、以前のような戦いは鳴りを潜めた。元々は圧政に対するものだったため、反体制派が弱まったことでより厳しい管理下へ置かれようとしている、そんな街がセナの居るレムだ。
「まだオーフェルよりマシとは聞くけど……」
一方のオーフェルは治安維持が不可能となり、犯罪者などが蔓延る街になってしまったらしい。反体制派の拠点があることから、体制側が躍起になって軍を送り込んだりするのも要因の一つだろう。
レムでは何とか冒険者ギルドが動いているので、治安維持にも一役買っている。そこもオーフェルとの違いだ。
元の世界の知識があるセナからしたら、オーフェル=レムの体制連中は勝手が過ぎるし、街の住民への締め付けも酷いと思っている。冒険者や占術師はギルドがあるためまだマシな方だが、税率も他所と比べて圧倒的に高い。こんな状態を長く続けるなど不可能と思えるし、今は体制派が優勢でも、近い将来必ず失墜すると確信していた。
ヒト種と関係ない黒エルフのセナだから、本来なら今すぐにでもレムを離れるべき情勢だ。だが、クラウディアと再び出会わない為に、そしてあの場面から離れる為にも、レムは非常に都合が良かった。だからセナは此処にいるし、半分引き篭もりに近い生活を送っている。
現在のセナ=エンデヴァルは冒険者の赤と黒でなく、雨級占術師。
レムに辿り着いた頃はギリギリ占術師組合が生きており、何とか登録が間に合った。今は組合も活動を止めてレムから離れている。なので極稀な正式依頼も途絶え、現在は紹介がほぼ全てを占める。幸いと言って良いか、治安最悪なレムに残る占術師などほぼ居ないため、セナの寡占状態と言って良いかもしれない。
雨級の依頼料の相場を律儀に守っているため、セナへの実入りは非常に低い。だが、冒険者時代に蓄えた金はまだ十分にあり、派手な生活をしなければまず問題は無いだろう。そもそも今のレムで豪遊など不可能だが。貯蓄を少しずつ切り崩し、セナは日々を生きていた。
◯ ◯ ◯
「親父さん、こんばんは」
「ん? おう、セナ。あと少しで最後の客も帰る。少しだけ待ってろ」
「うん」
セナが借りている部屋の持ち主であり、様々な雑貨を取り扱っている店主。レムに来た当初から世話になっていて、セナが黒エルフであり元冒険者である事も知る数少ないヒト種の男性だ。
「じゃあジャレッドのおやっさん、頼んだぜ」
「ああ、仕入れたら連絡を入れる。いつもの方法で良いな?」
「だな。んじゃ、また」
「もう外は暗い。絶対に厄介な場所を通るなよ」
「分かってるって。俺も早死にしたくない」
「ふん。早く帰れ」
「はいはい」
ジャレッドは口髭を揺らしながら、シッシッと追い払う仕草をした。口は悪いがヒトは良い。それがジャレッドと言う男だ。
最後の客を見送り、そのまま正面の扉に鍵をする。更には頑丈な立て板を窓に当てて、外に光りが漏れないようにした。夜間に灯りがあること自体が悪手で、非常に目立ってしまうからだ。
「待たせたな」
「ううん、私も早く着いたみたいだし」
「相変わらず約束を律儀に守る女だな、セナは。黒エルフってやつは皆そうなのか?」
「んー、どうだろう。やっぱりそれぞれ違うと思うけど」
深く隠していた顔をローブから出し、セナは苦笑を浮かべたようだ。見慣れた顔のはずなのに、ジャレッドは毎度の如く息を呑む。金の髪、橙色の瞳、褐色の肌、特徴的な長耳。美しさの代名詞的存在である"エルフ"とも違う、それでもヒト種では手に入れることの出来ない美貌だった。
「まあ悪いことじゃない。うちの馬鹿娘に見習わせたいくらいだ」
「娘さん、レムから無事脱出出来た?」
「ああ、セナの占術のお陰だな」
「準備がしっかりしてたからだよ。良かったね」
ジャレッドはいつも不思議に思うのだが、セナは占術に依る結果を素直に認めない傾向がある。一度真面目に問い詰めた時は、その話はやめてとキツく言い返された。それ以来はこの話題を追求しないようにしている。
「さてと、依頼の品を取って来る」
コクリと頷き、セナは背中から大きめの背負い袋を下ろした。夜間のレムは危険度が増すので、万が一の対処の為に両手を自由にしているようだ。
因みに、セナの主武器であるアダルベララは、とある場所で封印に近い境遇にある。セナ自身の意思から離した為に、今のところ文句は出ていない。まあ怒りの上位精霊は言葉など発しないが。そもそも精霊は時間的概念が非常に希薄な為、封印されていること自体を認識していないだろう。
「ほれ、確認してくれ」
「……やっぱり葉野菜は少ないね」
「ああ、レムへの仕入れがほぼ死んだからな。どうしても保存の効く根菜や芋類が中心になっちまう。肉ならまだ入るが……要らないよな、分かってるって」
セナがジャレッドの店を訪れた理由は食料の調達だ。肉類は活動を止めてない冒険者のおかげで何とか入荷する。だが、野菜の方は農家が大幅に減った為、大量の仕入れが厳しい。
「レムに住むヒトたち、大丈夫?」
「みんな慣れちまってるさ。こんな状況、昨日今日始まった訳じゃない」
ヒトは良い意味でも悪い意味でも慣れる生き物だ。前世の知識から何となく理解出来るので、セナもそれ以上は聞かない。
「それじゃ、また頼む時はこのくらいの時間に来るから」
「危ねえから来るなと言いたいが……セナなら心配要らないか。凄腕の元冒険者だ」
「占術師だよ」
「ふ、そうだな。また依頼があったら繋ぐ。良いか?」
「もちろん。親父さんの紹介なら何時でも」
「そりゃ嬉しいねぇ」
「じゃあ、お休みなさい」
レムの占術師ギルドは活動停止中だ。それもあって、偶にだがジャレッドは知り合いをセナに紹介していたりする。セナも彼の人柄を分かっているため、断る理由がないのだろう。
「またな」
秘密……とまではいかないが、隠された裏口でジャレッドとセナは別れの挨拶を交わした。夜間の正面側は厳重に閉じた為、二人とも慣れたものだ。
◯ ◯ ◯
「うわ、ホントに真っ暗だ」
ジャレッドの店から路地裏に出ると、周囲から光が完全に去っていた。街自体の灯りも乏しい上に、殆どの家々が窓を閉めているからだ。
光の精霊を召喚する手もあるが、セナは種族的特性から夜目が効く。態々目立つのもアレだし。そんな事を思いつつ、セナは帰路に着いた。普段ならば借家まで遠くないので、そのまま問題なく済んだだろう。
しかし、今夜は違った。
立ち止まる。
ヒト種の荒い息、複数の足音、揺れたり擦れる金属音。やはり種族的特性の耳が、遠くから迫る何かを捉えたのだ。
「……誰か、追われてる」
厄介ごとに巻き込まれるのが御免なセナは、精霊を召喚した。
「草の下位精霊よ。私の姿を隠して」
ただ単に姿だけが対象で、気配や音さえ消せない精霊魔法だが……ヒト種にはかなり有効な方法だ。ましてや真っ暗な路地裏である。まず間違いなく見つからないだろう。
前にクラウが覚えたいって言ってたな。そんな風にセナは思い出す。何かきっかけがあると、直ぐに可愛らしい白の姫が頭に浮かんでしまうのだ。
建物の壁側に寄り、セナは息を殺した。すると直ぐに予想通りの人影が近づいて来る。追われる側は一人、追う側は複数な上に松明も装備しているようだ。その灯りのお陰でセナにも全貌が見えた。
見た目で判断するのは駄目だが、追跡するのは目の血走った男たち。剣やナイフを片手に持つ姿から、もう悪漢にしかみえない。
何より、追われているのは……
クラウディアと年齢が近く見える小柄な少女。エルフとヒト種を年齢で比較するなど意味もないが、セナには白の姫が重なって見えてしまった。髪色は赤毛、瞳はシーグリーン。全く似てないのに、容姿だって違うのに。
関わる気は全く無かった。だけど。
「待ちなさい」
姿隠しの精霊魔法を解き、少女を背中に庇う。息も絶え絶えの彼女はこれ以上逃げることも出来ないだろう。
ローブでしっかりと顔を隠し、セナは男達の前に立ち塞がった。
キャラ紹介14
ジャレッド。
乱暴な口振りだが、かなり人の良い男性。
レムで以前から雑貨商を営むヒト種。既婚者。妻に先立たれ、残った一人娘も最近ようやく危険なレムの脱出に成功。その際、セナへ占術を依頼していた。大した危機もなかったことで、心から感謝している。
元は冒険者をしていたため、その頃の伝手を使った商売は見事。入手困難な物品も手に入れる事から、街の連中だけでなくレムの体制側からも一目置かれるほどに知られている。
セナが元冒険者であり"赤と黒"と呼ばれた伝説的な黒エルフと知る数少ないヒトの一人。
セナが住まう部屋はジャレッドが貸している。




