(24)ココロの声
セナの用意してくれた朝食を食べ終え、食器などを片付けようとしたとき、クラウディアはある違和感を覚えた。
棚の各所に入れていた食材などが一つに纏められている。いつも綺麗にはしているが、キッチンや床などが新品みたいにピカピカだ。
何かヘン。疑問が頭の中に浮かび、戻った部屋。
「……確か、ここに」
壁側に収めていた装備類が見当たらない。胸当て、籠手、ローブ、矢筒、ナイフ、そしてアダルベララも。絶対に触らないよう約束していたから、クラウディアは律儀に守っていた。だからこそ、あの赤い弓が無いことに今更ながら気付いたのだ。
言い様の無い不安感が襲って、クラウディアは立ち尽くす。そうしていると、扉の向こうから何かが聞こえた。
「クラウ。いますか?」
シャティヨンの声だ。だが、それも不安な気持ちに拍車を掛けるだけ。こんな早朝なのにセナへの挨拶でなく、直接クラウディアに話し掛けて来たからだ。
「……今、開ける」
開けたくない。クラウディアはそう思ってしまう。
「おはようございます、クラウ」
「うん」
ちゃんと挨拶を返さなかったことをシャティヨンは叱らなかった。解放されたクラウディアは他者の感情や想いを多少は読み取れるようになっている。簡単に言えば、顔色を窺う事を普通に行う。だから直ぐに分かった。
シャティヨンの瞳を見た時に、何か良くない事が起きている、と。
「……なに?」
「セナから頼まれました。クラウを連れてきて欲しいそうです。話があると」
行きたくない。話なんて聞きたくない。
心の中で叫び、話を望んだのは自分だと思い出した。セナは約束を守り、頑なだった秘密をこれから明かすのだろう。なのに、昨夜の事を強く後悔している。
「……さあ、行きましょう」
「嫌だ。此処で待ってるって伝えて」
予感がするのだ。酷く嫌な予感が。
「クラウ……」
「私はセナとだけ話すの。シャティヨン、悪いけど」
「ええ。私は絶対に邪魔したりしません。でも、セナは先に行って待ってます。クラウが来るまでずっと動かないでしょう」
この寒い朝にたった一人、セナが待っている。それを思うだけでクラウディアの抗う気力は削がれた。白い息を吐き、ローブを閉じ、それでも震えて待つセナを想像してしまったのだ。
「……分かった」
シャティヨンはクラウディアの成長を感じ、同時に強い哀しみを覚えた。セナから別れを告げられ、泣き崩れる姿が容易に想像出来るから。
最近セナから贈られた厚手のコートを着込み、クラウディアはシャティヨンに振り向く。その青い瞳はもう既に……滲んでいる気がした。
◯ ◯ ◯
潰れてしまいそうな気持ちに負けないよう、セナは何をすべきか必死に整理していた。シャティヨンがクラウディアを連れて来るまで時間はそう掛からない。
「嫌いで」
「あの娘が嫌いになって……」
「セナと言う存在をいつか忘れて」
「絶対に泣かないように……」
ブツブツと独り言を呟いて、それを自分も気付いていない。早朝で周りに誰もいないから良いが、見られたら声を掛けられただろう。それ程に追い詰められ、苦しそうにしていた。
カードに助けられて何度も見た未来には、幾つかのパターンがあった。生き残る術を見つけ出すまでに数日を要し、その間もずっと愛するクラウの死に様を見るのだ。何度も何度も生々しい血の赤色を眺め、感情はそのうちに麻痺していく。
そうして漸く見つけた生存への道。
彼女の死は必ずセナが抱き止めた場面で始まり、そして全てが終わる。深い森、寒い冬、シンシンと降り積もる雪、周囲にはエルフたち。多少の違いはあれども全ては似通っていた。
ある時、クラウディアが同じ場所で立ち、疲れた顔で話している姿を見た。それを見つけたときの歓喜を今もセナは覚えている。生き残る道があったのだ、と。
だが、何か違和感を感じる。その違和感が何なのか知ったとき、自らの役割を理解することになった。
今までは必ずセナが抱き締めていた。なのに、見つかった場面は"俯瞰"なのだ。つまりそれは第三者の視点。あの場所にセナがいないこと、それが一つ目の条件だ。そしてもう一つ見つけたのは……
「嫌い……セナなんて、大嫌いなんだから」
クラウディアはそう呟いていた。そのまま振り返り、シャティヨンの方に歩いて行った。
全てを見たあと、セナは"揺り戻し"の可能性も簡単に潰せることに気付く。だって、あの場所に居なければ良いのだから。エルジュビエータ達の時のように、自らがその場で動かなくて良い。そう、間接的だ。
あとは、未来を見て変えたと知られなければ良いだけ。変えた先で"旨み"を享受しないなら。
「簡単じゃないか……」
「簡単だ、こんなの」
「エルの時みたいに間違わない、絶対に」
初めて行った強度の高い予知に、セナは翻弄され、追い詰められていた。
森の上位精霊のミスズが幾つかの助言を行なっていたが、そのうちの一つに「一度は体験をしておくように」というものがあった。だが、最初がコレだったのはセナにとってかなり辛いことだろう。
「セナ」
ハッと振り返ると、クラウを連れたシャティヨンがすぐ近くに立っていた。こんなに接近されたのに全く気付けないセナを見て、シャティヨンの瞳は同情の色を濃くする。
「あ、ああ。シャティヨン、お願いを聞いてくれてありがとう」
「……いえ。さあクラウ、前へ」
「……セナ。やっぱり顔色が凄く悪いよ。話なんてまたにして」
「ダメだ! もう冬は直ぐそこに……」
いきなりのセナらしくない大声に、クラウディアは一瞬固まってしまう。だから「冬が直ぐそこに」と言う意味の分からない言葉にも深く言及出来なかった。
「なんで……何でセナはそんな格好をしてるの? アダルベララまで持って、私に何も言わないで、そんなの」
予想した通り、セナは完全な冒険者装備に身を包んでいる。直ぐに答えを理解してしまいそうで、クラウディアは頭の中で否定を繰り返していた。
「これは……そうだ……ちゃんと話をしないとね」
クラウもシャティヨンも、セナの瞳から感情が抜け落ちた瞬間を見てしまった。まるで以前の、解放される前のクラウディアを思わせる。
「クラウディア」
ビクリと、今度は間違いなく震えた。セナから愛称でない最初の言い方に戻ったからだ。
「私は村を離れる。それを伝えてなかったから」
「は、な、れる?」
言葉は理解出来るのに、意味が伝わって来ない。
「そう。依頼も完了したし、私は元の生活に戻るってこと。何もおかしくないでしょ?」
「おかしいよ……おかしいに決まってる。私は? 私はどうしたら良いの?」
セナは僅かな時間だけ固まり、そのあと淡々と言葉を重ねていった。
「勘違いしてるみたいだから言っておくね。私達は確かに付き合っていたけれど、最近はすれ違うばかりだった。キミも気付いていた通り、ね。一度離れて冷静になるべきって思ったわけ。やっぱり異種族で、おまけに同性なんて、色々難しいみたい」
「な、何、なにを言って、るの?」
「いっときの気の迷い、かな?」
クラウ。今もこれからも愛しています。
「キミも初恋なんて直ぐに忘れるよ」
忘れないで欲しい。でも、忘れて。
「じゃあはっきり言うね。キミは簡単に強くなって、今でも私に試合試合って。どれたけ辛いか分からない?」
あの演舞を今も憶えてる。力強くて、精霊に愛されて、凄く綺麗だった。
「何年も掛けて必死に強くなった私を、キミはあっさりと抜き去っていく。アダルベララが無かったら、私なんてシャティヨンにも勝てないのに」
クラウはもう十分に強い。誰かに守って貰わなくてもきっと大丈夫。だからもう、一人で立っていられるよ。
「私は元々戦うのそんなに好きじゃないし、でも理解してくれないでしょ?」
血は嫌い。でも、クラウの心と姿は眩しくて大好き。どうか、どうか幸せに。今は悲しくても、悲哀の上位精霊が優しく見守って、癒してくれるよ。今のクラウなら、無理矢理眠らされることもない。キミはホンモノの"白の姫"なんだから。
「じゃあこれで。クラウディア、ありがとね」
呆然と立ち尽くし、クラウディアは動けなかった。スタスタと全く振り返りもせず、セナは村から離れて行く。その背中が小さくなったとき、耐えられずに叫んだ。
「ま、待って! セナが戦うの嫌いなら、私はもう二度と戦わない! 我儘も言わないから連れて行って! 連れて行ってよ!」
セナは振り返らない。
「セナ! 私も……!」
「来ないで」
「うるさい! うるさいうるさい! 勝手なことばかり言って! 絶対に許さない、許さないんだから!」
クラウディアは感情に任せて走り出した。また捕まえて、二度と逃がさない。心が元に戻るまで、ずっと。そんな気持ちのままに、精霊に力を願って。
「……あ」
だが、それでも立ち止まってしまう。何故なら、セナがこちらに向かって赤い弓を構えていたからだ。その矢先が自分を狙っていると知った時の恐怖は想像を遥かに超えていた。
まだ到底及ばない世界にセナ=エンデヴァルは立っている。
「アダルベラ、ラ」
「クラウディア、これ以上困らせないで。シャティヨン」
「……分かっています」
「それ以上追って来るならアダルベララの力を嫌でも知ることになる。その娘を抑えておきなさい」
クラウディアに寄り添う姿を確認し、セナはアダルベララを背中に戻した。そしてそのまま、オーラヴ村を後にしたのだ。
そして……
泣きじゃくるクラウディアと、悔しそうに背中を摩るシャティヨンの姿だけが残された。
暗かった過去編もあと一話で終わります。




