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(3)オーラヴ村

 




「ね、シャティヨン。聞いてたより遠いよね?」


「それは気の所為です」


 約二月を掛けた旅路の果て、ようやくオーラヴ村のある森が見えて来た。


 ちなみに、長い間二人で旅して来たので、最初の頃にあった互いの遠慮も殆ど無くなっている。シャティヨンも口調こそ一緒だが、辛辣な返答も辞さない構えだ。あと、意外にお茶目で冗談らしき言葉を挟むこともある。まあ注意していないと気付かないが。


 道中も色々と出来事があった。


 現れる魔物に関しては、殆どをシャティヨンが対処した。可能な限り血を流さず、時には脅して逃走させる。「セナには近づけません。待っていてください」と、見事なまでの有言実行だった。精霊魔法も併用して、圧倒的上位者の力を見せつけたのだ。


 宿場町ではバラバラに行動する事もあるが、基本的には食事も共にした。シャティヨンはどうやら酒豪らしく、セナでは酒量についていけない。一度酔い潰れ、何やら色々と話してしまったらしい。秘密を握られたと暫くはご機嫌斜めになったセナだった。


 他にも困ったのは、水浴びや入浴だろうか。シャティヨンからしたら当たり前だが、同じ女性、つまり同性だ。セナが水浴びしていると、向こうまで素っ裸で現れたときは酷く慌ててしまった。黒エルフとは違うエルフらしい細い身体と白い肌。凹凸は確かに大人しめだが、だからと言って女性らしさがない訳ではない。思わず凝視したあと「わ、わー!」と思わず叫んでしまった。シャティヨンは「何ですか一体」と不思議そうにしていた。


 今は必然的に距離が近づき、二人は友達と言える間柄というところだ。


「あの森?」


「ええ」


「かなり古いね」


「当然です」


 返しこそ冷たく感じるが、古い森と言えばエルフ間ならば褒め言葉だ。シャティヨンも少しだけ嬉しそうなので間違いないだろう。セナであれば長い両耳がピクピク揺れたかもしれない。


 まず樹々が多く、どれもが樹齢を重ねた古き木達だ。しかしよく見れば若木も多くあり、これからも絶える事のないだろう調和。エルフが住まうからか、健全な状態が保たれている。


 セナとシャティヨンが最初に出会った北の国カルフルゼは寒い地域だったため、どちらかと言えば針葉樹が多かった。だが、オーラヴ村があるあの森は多様性に富んだ植生のようだ。映える緑を中心に、様々な植物が生きている。


「綺麗だな……」


 だからセナは思わず呟いた。永い刻を経た森は、一種の神聖性を持っている。元日本人の感性も似た様に感じるのだ。


「では行きましょう。森に入り一日も進めば村の入り口です。先ずは長老に入村の挨拶に向かい、そのあとセナの仮住まいへ案内します」


「ん? 白の姫は?」


「到着時間から考えて更に翌日かと。セナも疲れているでしょうし、先ずはゆっくりと休んでください」


「そっか。ありがとう」


「御礼ならばこちらも同じです。短い旅でしたが、楽しかった。私はセナに出会えたことを幸せに思っています」


「え、ああ、うん」


「何故恥ずかしがるのですか?」


「……そう言うのは思っても指摘しないでくれるかな?」


「セナは照れ屋さんなのですね」


「だからぁ」


 シャティヨンは基本的に無表情で、思いの丈が分かりにくい相手と思っていた。だが、それなりに付き合うと、どうやら違うと分かる。顔には出なくても、口からはバッチリ出るのだ。あと時には細剣も。








 ◯ ◯ ◯




 エメラルドグリーン。


 元の世界に居た者ならば、そう表現するだろう幻想的な透明度の泉を横に見ながら、セナはオーラヴ村に辿り着いた。ちょうど夕方に差し掛かる時間帯で、周囲には篝火が多く焚かれているようだ。


 村の入り口には木で組んだ門があり、見張りらしき男性エルフが左右に立っていた。


 村自体はかなり立体的に構成されている。高所に幾つもあるのはツリーハウスだろうか。大木の麓にも家々が立ち並び、最も巨大な古木のウロには一軒の屋敷が見えた。全てが木材と枝葉で造られていて、火事でもあったら大変そうと要らぬ心配してしまう。


 家々から灯りが漏れ、篝火も助けて御伽話に出て来そうな光景だった。


「黒エルフ?」

「誰だ?」

「長老が言っていた来客だろう」

「ああ、次の教導者か」

「じゃああの赤い弓が……」

「あ、そうか。確かに」

「アダルべララ」


 かなり不躾で、歓迎しているとは思えない声が届いた。当然にシャティヨンにも聞こえており、思わず背後を振り返る。だがセナは気付いているだろうに、ツンと無表情を貫いていた。


「セナ、すいません」


「ん? ああ、別に謝る必要なんてないよ。黒エルフが村を訪れるなんて滅多にないだろうし、ましてやアダルベララがあるからね。それに、私には好都合だから」


「好都合……最初に言っていた条件ですか」


「そうそう。誰とも、必要なとき以外に近づかない。ね?」


「……分かりました」


 セナが何を気にしているのか、今のシャティヨンは理解している。ヴァランタンから聞いた運命の"揺り戻し"を不安に思っているのだろう。気にし過ぎと言いたいが、伝えたところで無意味と知っている。二月の旅路はセナを知るには十分な時間だった。


 酷くお人好しで、誰であろうと手を差し伸べる。運命を嫌っていながらも、それでもその手を止めない。矛盾しているのに。だが、シャティヨンにはそれが美しいと思えた。同時に何かの危うさも覚える。


 もう知っているのだ。セナの弓、精霊魔法。そのどちらも非常に強固で、精神は反して柔らかく脆いと。子供と成人が同居しているような不思議な人柄だった。


「こちらに」


「うん」


 そうして到着したのは大木の麓に並ぶ家々の一つだ。長老が住まうと言っても特別大きいわけではない。強いて言えば、苔生した屋根が趣きを感じることだろうか。


「長老。シャティヨンです。黒エルフのセナ=エンデヴァルを連れて来ました」


「ああ、入れ」


 左右に扉が開き、その中へ視界が開けた。


 中央には火の四方を囲む様に席が配置されている。囲炉裏と言うより、野営時の焚き火に近いだろう。奥には扉が二つ。恐らく寝室や個人用の居室か。天井から幾つも淡い光を放つランプがぶら下がっており、それぞれが微妙に色が違う。セナは何だか夜祭りみたいと思った。


 そして、台所らしき場所に背中を向けて立っているのは背の高い女性だ。かなり長い緑髪を三つ編みにし、そのまま背中に垂らしている。


「まあ座ってくれ。茶を淹れているところだ」


 シャティヨンもどうぞと促していて、セナはとりあえず部屋の中心にある椅子に腰を下ろした。合わせてアダルべララも横に立て掛ける。入室の際も武装解除は求められなかった。


 見渡せば周りにも似た様な椅子が並んでおり、此処が座談をする場所なのだろう。


「うむ、なかなか上手く淹れられたぞ。さあ客人よ、疲れを癒してくれ」


 コトリとテーブルに置かれた、自画自賛らしきお茶は淡い紅色。花の香りが強く、確かに心が安らぐ気がした。


「頂きます」


 香りをほんの少しだけ愉しみ、カップに唇をつける。喉に通せば、より強く香りが鼻に抜けた。


「……美味し。良い香りですね」


「お! そうかそうか! 庭で育てた花なんだが、外の世界を知るキミに褒められたなら自慢になるな」


 笑顔全開な長老は、セナから見たら三十代半ばの女性に見える。エルフ族である以上、見た目は当てにならないが、かなりの高齢だろう。


「さて、改めて。オーラヴ村の長老としてキミを歓迎しよう、セナ=エンデヴァル。私はザカリアと言う。まあ気軽に呼んでくれ」


「はい、ザカリアさん」


「ん? ちょっと恥ずかしいな、その呼び方は。ははは」


 場の空気を和まそうとザカリアは気を遣っている。それを理解したセナは、意識的に淡々と返した。


「最初に言っておきますが、私は請けた依頼以上のことはしません。なので村に余計な接触をするつもりもないですし、オーラヴの皆と馴れ合う事もないでしょう。ですから、ザカリアさんも安心してください」


 ザカリアは、ん?と言う顔をして、セナの後ろに居たシャティヨンに視線を合わせる。牽制にも思えるが、長老として警戒がそこまで強い訳でもない。そもそもセナを呼ぼうと最終的に決めたのもザカリアだ。シャティヨンも首を横に振り、今は話せないと合図を送っている。


「……ふむ。まあ依頼をしっかり達成しようとするのは良い事だ。では、こちらも余計な世間話などやめるか。早速依頼内容の確認をしよう」


「はい」


「教導者として、あの娘に世界を教えてあげて欲しい。黒エルフ、ドワーフ、ヒト種、魔物、精霊、様々な者達が重ね合わさり、世界が紡がれているとな。普通ならば旅でもして来いと村から出すが、彼女の場合は簡単ではない。会えば分かるが、本当に"白の姫"なのだよ」


「世界を、ですか」


 今のセナにとっては意味深に聞こえてしまう単語だった。ザカリアは何も知らないので、まさに世界の広さを教えて欲しいと望んでいるのだろう。同じエルフより黒エルフを選んだのも、偏りを少しでも避ける為か。


「ああ。キミの経験、国々や街、ギルド、歴史、何でもいい。そして最も重要な事だが」


「上位精霊?」


「ふむ。流石だ、セナ=エンデヴァル。こればかりは存在に直接触れた者しか語れない。キミこそが適任なのだ」


「でも……白の姫や皆に危険と考えないのですか?」


「私も長く生きて来たが、アダルべララに喰われない者など全く知らない。キミ以外には、な。正直な話、私も知りたいくらいだよ、ソレを御しているキミの本質をね」


 すぐそばに立て掛けてある真っ赤な弓。アダルベララは文句も言わず佇んでいる。それだけ見れは、少しだけ派手な弓でしかない。


「……制御なんて、出来ているか分かりませんよ」


「謙遜だな。その弓を祝福したとされる怒りの上位精霊(フューリー)に一度気に入られたら、あとは狂戦士(バーサーカー)となるだけ。そして身体が動かなくなるまで血を求める。精神が摩耗し切ったら、漸く戦うのを止めるんだ。その対象者は例外なく死に絶え、同時に周りにも血と破滅を振り撒く。エルフとして生まれたならば誰でも知っている事実だよ、セナ」


 "殺戮の魔弓アダルベララ"は多彩な攻撃方法を持つ非常に強力な武器だ。だが、余りにデメリットが大き過ぎるため、使い手は現れなかった、セナ以外には。怒りの感情は行使者だけでなく周囲に伝播するので、制御出来なければ完全な呪いの武器だろう。


 もし手放せば、次の行使者がアダルベララを抑えられる保証もない。そして破壊することさえも……何が起こるか全く分からないのだ。だからセナは、この紅弓を捨てる事も出来なかった。


 怒りの上位精霊(フューリー)が何故セナを破滅させないのか、本人以外に誰も知らない。






武器紹介の続き。

アダルベララの紅弓。エルフからは殺戮の魔弓と呼ばれている。


単純に弓としても高性能で、一般的な長弓を上回る射程を誇る。また、精霊力を当てると、反発する属性の魔法矢を生成し、放つ事が出来るようになる。その際には通常の矢も不要なため、理論上は無限に攻撃可能。


だが、アダルベララの本質はそこになく、上位精霊にある。怒りを司るフューリーは生物の精神を大きく狂わせ、死を恐れない狂戦士へと変貌させる力を持つ。腕を斬り飛ばされようと、足を失おうとも戦いをやめない。最後は精神が摩耗し、ようやく動きを止めるという。


アダルべララの使用者を殺せば良いと考えられたが、そんな単純な武器でもなかった。一度怒りを放てば、周囲は阿鼻叫喚の世界へと変貌する。それを目撃して生存した者は非常に少ない。


本人以外理由を知らないが、彼女の精神は乗っ取られないし、摩耗もせず、新たな使用者を探すことすらしない。史上唯一の使い手がセナである。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの弓バーサーカー!Σ(^◇^;) しかも、理論上、無限に撃てる魔法の矢とか!なんちゅうエグいコンボや! そりゃあ恐れられるわけだ……。 フューリー……。 ロードス島戦記でも登場した…
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