#303 謎のドロップアイテム
「いやあ、まさかあんなところで僕の素性が分かる人間に遭遇するとはねえ。油断してたなあ」
むくりと身体を起こした男は、口元に笑みを浮かべながらVRデバイスを取り外す。
SBOの世界では銀翼と名乗る男──新藤明人は、近くに置いてあった車椅子に座ると、ゆっくりと台所へ向かう。
「気にしてないつもりだったけど、咄嗟に突かれるとビックリしちゃうよねぇ。失態失態」
動かなくなって久しい自分の足を撫でながら、明人は愉快そうに笑った。
数年前に起きた交通事故。信号無視してきたトラックから女子高生を庇った事で負ってしまった後遺症により、彼の人生は大きく変化した。
教育熱心だった両親から見捨てられながらも、これまで得てきた資金をやり繰りしながら自由気ままな生活を送る彼は、傍から見れば異端だろう。
だが、それでも彼にとって、今の環境の方が幸せと言える。雁字搦めの鳥籠の中から飛び出し、不自由を満喫する彼は、昔よりもずっと笑顔でいられるのだから。
「しっかしロールプレイをしててもバレるもんなんだねぇ。あの情報力と言い、村人クンにご執心な様子といい……もしかして噂に名高い不知火財閥のご令嬢だったりするのかな? あー怖い怖い」
彼も厄介な人に目をつけられたねぇ、と他人事のように笑いながら、冷蔵庫から冷水を取り出す。コップに注いだ冷水を一気に飲み干してから、彼はテーブルに置いてある白い封筒に目を向けた。
「そう言えばこれ今週末だっけ……。村人クン達もだいぶやる気みたいだし、見にいくのも悪くない、かなあ」
そう言いつつ、明人は自室に戻り、VRデバイスを頭に取り付ける。
口元をむにむにと弄った後、いつも通りの顔を作ってから、仮想の世界へと飛び込む。
「フルダイブシステム・オンライン」
◇
「ただいまぁ、待たせたかい」
「お、戻ってきたか厨二。いや、今俺も戻ってきたばかりだ」
「まるでデートの台詞みたいだねぇ」
「野郎二人で色気もへったくれもねえだろ」
「違いない」
ジト目になりながら言うと、厨二はけらけらと笑いながら返答する。
こほんと一つ咳払いをしてから、
「こっから……というか俺は6層以降の階層について全く知らないんだが、どういう感じに進んでいけば良いんだ?」
「本来ならば空腹度を気にしながら行動していかなきゃいけないんだけど、二人分の【腹減らずのお守り】が手に入っているからねぇ、ガンガン戦闘も視野に入れて行こうと思ってるよぉ。レベルを上げれば上げるだけ、階層ボスとの戦闘が楽になるからねぇ」
「了解、階層が深くなる程環境が変わったりするのか?」
「んー……序盤は洞窟一辺倒だけど、途中から火山とか草原とか、色んな環境が入り混じったりするよぉ。たまーにこの階層みたいな補給所が紛れ込んだりするから全部が全部危険な階層ってワケじゃない」
「火山はともかく草原って、なんでもアリかこの迷宮」
地下だしマグマとかあるのは分かるが草原エリアに繋がるって一体どうなってるんだ、この迷宮は。
無駄に世界観が凝っているこのゲームの事だ、それに対しても何かしら理由があるのかもな。
「とはいえ、補給所読みで行動するのは良くないからねぇ。基本的に全階層で戦闘があるものとして行動しておいた方が生存できるかなぁ」
「確かにな。運ゲだけで切り抜けられる程この迷宮は甘くないだろうし、気合い入れてかないとな」
以前、ライジンの配信でこういったダンジョン探索物のローグライク作品のプレイを見ていたが、いくらその手のゲームに慣れているライジンとは言え、一瞬の油断から一気にピンチになるような展開が多々あった。
熟練者でもそう言った事が起きうるという事を念頭に置いておかないと、とてもじゃないがこの【アガレスの大穴】を踏破する事など出来やしないだろう。
「珍しくFPS以外でかなり気合い入ってるねぇ」
「そりゃこの世界でも銃器が手に入るかもしれないコンテンツだしな、否が応でも気合いが入るってもんさ」
「結局はそうなるんだねぇ」
俺の発言に苦笑する厨二だが、俺にとってはあまりにも重要な要素だ。それに、この迷宮の最奥には粛清の代行者の一柱がいる可能性もあるし、【アガレスの大穴】を攻略する価値は十分にある。
「さぁ、攻略再開だ!」
「おー」
厨二の気の抜けた声を背に、11階層の階段を下っていく。
この先に待ち受けているまだ見ぬモンスター達やアイテムに胸を躍らせながら、笑みを浮かべた。
◇
「厨二ッ!」
「はいはーい、任せてねぇ」
17階層、海岸エリア。巨大なヤドカリ──とはいえ、【双壁】という規格外サイズのヤドカリを倒した俺達にとっては随分と小さいサイズだが──のヘイトを買った俺は、厨二に合図を出す。
すぐさまスイッチし、厨二がステッキでヤドカリの鋏を弾き飛ばし、そのまま眼球を殴り飛ばす。
「うわっグロッ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないからねぇ!」
思わず自分の目に触れながらドン引きしていると、怒った様子のヤドカリがもう片方の鋏で厨二を捕まえようとする。
「させねぇよ!」
鋭く引き絞り、矢を放つ。【赤雀】と呼ばれる武器の効果で火を纏った矢は的確にヤドカリの鋏を弾き飛ばし、大きく仰け反った。
「今だ厨二、やれ!」
厨二はステッキを振り回し、露出している部分の身体を滅多打ちにしていく。HPが急速に削れていき、そのまま光の粒子となって消えていった。
「……なんというか、思っていたよりも楽勝だな?」
「また言ってる。その慢心が死に繋がるから気を付けようねぇ」
「それもそうだな、気を付ける」
11階層を降りてからというもの、厨二があまりにも前衛として優秀過ぎるお陰でこれまでの階層で苦戦するようなことは無かった。元々、厨二とライジンの二人で40階層までは進めているという話だったから、この程度の階層では苦戦するようなことは無いのだろうが……それでも拍子抜けと言わざるを得なかった。
「……まあ、【腹減らずのお守り】があるから想定以上には簡単になってるのかもねぇ」
そう言って、厨二は首から下げているお守りに触れる。これがあるだけでこの【アガレスの大穴】を高難易度コンテンツたらしめている空腹度管理を完全に無視出来るのだ。最高レアリティとはいえ、OPアイテムと言えるだろう。
「正直村人クンの都合さえ良ければ50階層以降も潜りたいんだけどねぇ、君学生でしょお? 明日平日だしねぇ」
「んー……学業をサボる訳には行かないからなぁ」
「だよねぇ。ま、君と一緒に最深部にまで潜るのはまた今度で良いさぁ」
普段の言動からは考えられないが、一応厨二は成人してるらしいからなぁ。平日でも遠慮なくゲームしてるし、厨二はもしかしなくても自宅警備員なのだろうか。時間があって羨ましいと思いつつ、境遇的には羨ましくないな。……待てよ。
(……そう言えば)
10階層でデスワさんとPVPした時に言っていた言葉……『足はもう大丈夫なんですの? 堕ちた天才さん?』って言ってたよな……。なんでデスワさんが厨二のリアルを知っているのかはともかく、発言的に足に何かしらのハンデを抱えているのだろうか。
そうなると、もしかしたら自宅警備員(仮)なのも事情があったり……。
「余計な事考えてる顔してるねぇ、村人クン」
「えっ」
頭にぽんと手を乗せられ見上げると、にこりと笑う厨二。
「ここはゲームの世界だ。リアルの事なんて気にせず、ただ仮想の世界を楽しむべきだよぉ」
「……悪い。そうだな」
そんなに表情に出ていただろうか。確かに厨二の言う通りだ。
リアルの詮索なんてマナー違反。向こうから話を持ち掛けられでもしない限りは、聞かないべきだろう。
俺の反応に満足した様子の厨二は俺の頭から手を離すと、先ほど倒したヤドカリの場所へと歩いていく。
「……ん? なんだいこれは?」
そう言って、厨二がしゃがみこむと、四角い形状の何かを拾い上げる。被っていた砂を払い、上へとかざしてまじまじと観察するが、不思議そうな表情のまま首を傾げた。
「ヤドカリのドロップアイテムか?」
「みたいなんだけど……なんでこんなアイテムがドロップしたんだろうねぇ?」
そう言って厨二が俺へとそのドロップアイテムを手渡してくる。
少し硬い材質の、四角いカードのような物……。
そのカードらしき物に刻印された、薄っすらと残っている文字を、何とか読み上げてみる。
「……住民IDカード?」
──このアイテムこそが、【アガレスの大穴】と呼ばれる迷宮の真相に大きく近づくキーアイテムだったなんて、今の俺達は思ってもみなかったのだった。




