プロローグ~青陰啓司~
「おいおい、あれはほんとに…」
──人間か?──
かろうじて、喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。
「ふむ。こんなものか。もう少しやるかと思ったのだがなあ。」
その女は、少し拍子抜けしたような様子でそう言った。たった今自身が起こした惨劇など、なんでもないかのように。
”蹂躙“
それを言い表すのに、これ以上ぴったりな言葉もそうないだろう。
女の周囲には、六人の男達が倒れている。その光景はまさに死屍累々。全員、この女が殺した。
別にそれ事態はかまわない。殺さなければ、こちらが殺されていた。むしろ礼を言いたいぐらいだ。
だがその戦闘──と呼べるかも怪しい一方的な蹂躙──内容が問題だ。
六体一、それも六は大の男で一は女。そんな圧倒的不利な状態から、この女は勝った。しかし、それだけなら俺はこの女が人間かどうか疑ったりしない。
ではなぜか。その理由は、倒れている男達を見ればわかるだろう。
男達はどこの特殊部隊かと言いたくなるような装備で身を固めていた。防弾チョッキはもちろんのこと、ヘルメットやゴーグルで顔全体を覆い、タクティカルグローブやアサルトスーツで肌を一分も見せていない。
そしてなにより、その手には銃火器が握られている。しかも拳銃みたいなちゃちなやつじゃない。アサルトライフルやガトリングガンなどの、殺意マシマシの機関銃ばかりだ。さらに戦闘開始時、距離は10メートル以上離れていて、男達の動きも統率のとれた明らかに素人とは言えない動きをしていた。
そんな男達を相手にこの女は、”素手“で圧倒した。
信じられないだろ?
確かに創作の世界では、そんなことができるやつもいる。だがここは現実だ。どれだけ現実離れしていようとも、確かに現実なんだ。そりゃ、人間かどうか疑ったって仕方ないと思わないか?
平時なら、少なくとも俺はこんなやつと関わりたいとは思わない。だってそうだろ?常日頃からナイフや銃を携帯しているやつに、近づきたいと思える人間がいったい何人いる?そしてこいつは、それより数倍危険と言えるだろう。なんせ警察や自衛隊すらこいつを止められるか怪しいんだ。いつたがが外れるかわからないやつのそばなんか、俺は絶対ごめんだね。
…しかしだ。残念ながら俺はこの女と行動を共にするしかない。言っただろ?『平時なら』と。今は平時どころか、いつ殺されるかもわからないデスゲームの真っ最中だ。生き残るためには、こいつを利用しない手はない。
え?なんでそんな危機に陥ってるのか?
…そうだな。まずはそれを説明するか。
そもそも俺は昨日まで、どこにでもいる普通の男子高校生だった。ちなみに高一。趣味はゲーム。勉強は可もなく不可もなく。…いや、この前赤点とったからやっぱ不可か?
そんで今は8月上旬。夏休み真っ只中だ。毎年最後の一週間に地獄を見ているというのに、俺は性懲りもなく宿題には見向きもせず、ゲームに入れ込んでいた。親は放任主義なので、留年や浪人でもしない限り何も言ってこないだろう。共働きで、仕事が生き甲斐みたいな人達だしな。実際、毎年特に何か言われたことはない。
さて、俺がこのドはまりしているゲーム。実は小五のころからのお気に入りだ。「ゲ○」で900円で売ってあった。『惨転堂』とかいう聞いたこともないようなメーカーで、値段からしてクソゲーの気配がすごかったし、実際クソゲーだった。が、とにかく俺はそのゲームを買った。
『Infinite Battle |』
直訳すると無限の戦闘。スタッフてきとうにつけただろと突っ込みたくなる名前だが、そこは置いておこう。ちなみに俺は略して『インバト』って呼んでる。
それは格ゲーとFPSを混ぜ合わせ、ファンタジーをプラスしたような、3Dバトルアクションゲームだった。
設定としては、主人公はある日突然デスゲームに巻き込まれ、手に入れた武器や異能力などを活用し、生残をかけてゲームクリアを目指す、というもの。
武器や異能力は多種多様。フィールドは複雑かつ広大。高すぎる自由度。高性能なNPC。
これだけならすごく面白そうなゲームだ。
しかしその仕様はとんでもなくクソゲーだ。
まず、難易度設定がない。あるにはあるがベリーハードしかない。むしろ選びようがないのに、なんでタイトル画面に難易度設定なんてあるんだと思ったね。
次にセーブ、全て自動セーブだった。つまりやり直すにはリセットしかない。そして死ぬとセーブデータは消える。最初からやり直しだ。なのにキャラクターはけっこうすぐ死ぬ。一人称視点だし、身体能力は高くない、減ったHPはなかなか回復しない。まるで極限まで現実に近づけましたと言わんばかり。
しかもチュートリアルがほとんど無い。簡単な操作説明ぐらい。
な?クソゲーだろ?
まあ買ってからずっと飽きもせず、ずっとこのゲームばかりやっているんだから、俺もたいがいだと思うが。
なんせかれこれ5年だからなあ。
ゲームの話なんかせずにさっさと本題にいけ?いやいや、ちゃんとゲームも本題に関わる…というか重要事項だ。
今朝のことだ。ポストにこんな手紙が入っていた。
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青陰啓司様
遅ればせながら、わが社の『Infinite Battle』をお買いあげいただくとともにお楽しみいただき、まことにありがとうございます。
この度はお買い上げから五年目を記念して、わが社の主催するイベントに青陰様を招待します。
2時間後にお迎えいたしますので、それまでに準備を完了しておくことをお薦めいたします。
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「なんだこれ。」
はっきり言おう。いたずらだと思ったね。だってさ?ありえないだろ?制作会社が、ゲームを買ったのが誰かなんて把握してるわけが無いんだから。例え把握していたとして、この文面色々怪しいというかおかしすぎるだろ?特になんだよ『お買い上げから五年目を記念して』って。発売からならともかく……。とにかく、俺はただのいたずらだと判断した。
だから俺は、無視してゲームをすることにした。もちろんインフィニットバトルだ。
ただ、万が一のためにいつも外出時に使っている肩掛けカバンに、スマホ、財布、お菓子、そしてこれまでに俺が発見したインバトの情報をまとめたノート×7冊を入れて持っておく。…いや、だから万が一だって万が一。
そして2時間後。
見事に俺は、見知らぬ場所にいた。ただ、見覚えはあった。
そこは学校の体育館程の広さの空間で、全体的に白い。形は立方体に近く、四方の壁には大きな扉が一つずつ付いており、扉にはそれぞれ違う模様がほどこされている。
床と天井には、お互いに絡み合う薔薇と蛇という独特な絵が描かれている。
周囲には、数十人程の人々。
ほとんどは日本人に見えるが、何人か外国人らしき人達もいる。
…やはり既視感がすごい。
なんせここはどう見ても、インフィニットストラグルの第一ステージ、その前段階の通称『始まりの間』(俺命名)だ。天井と床のあの絵は特徴的で、5年前から何度も見ているからまず見間違えはない。
ゲームでは、スタート画面からセーブデータをロードせずに『ニューゲーム』を選択すると、この部屋に出る。
そして、5人以上と会話するか、5分間会話せずにいるまで、第一ステージは始まらない。
「もしここにも、インストと同じルールが適用されるなら…」
行動するべきだ。なにせこの第一ステージで、ゲームの行く末が決すると言っても過言ではないからだ。例え違ったとしても、まあ悪い方向には転がらないだろ。
さて、行動と言っても具体的に何をするべきか?まあ、ここでやれるのはせいぜい人に話しかけることぐらいだ。とは言っても実はけっこう馬鹿にならない。なぜならここで話しかけた相手は、高確率で協力関係に持ち込めるからだ。…まあ現実になった今、どこまで通じるかは未知数なのが不安ではある。
第一ステージが始まれば、ちょっとした裏技なんかも試してみるつもりだが、ここではそんなものは…少なくとも俺は発見できなかった。
ここで少しインストの仕様について話しておこう。実はインストのほとんどのNPCは、固定じゃない。ニューゲームするごとに、ほぼ全てのNPCの名前や容姿、能力がランダムで変わる。一部の重要NPCだけは固定されているが、ほんとに一部だ。まあランダムと言っても、名前や容姿、あとセリフなんかは使い回しがほとんどだったが。そこはゲームだからしかたない。
しかしここは現実。ここにいるのはゲームのキャラなんかではなく、血の通った生身の人間だ。選択肢を選ぶだけでベラベラしゃべってくれるような、都合のいい相手では無いだろう。
それではここで誰に、というかどういう人物に話しかけるべきか?まず第一候補は、荒事に慣れていそうな人物。理想は銃を持った自衛隊員。だがそんな奴は、ゲームでも数えるほどしか出現しなかった。もちろんこの場にもいない。
それでなにか格闘技やってそうなやつを探しているが、それっぽいやつは見つけられていない。チンピラみたいなのはいるが、そういうのと組むぐらいならまだ一人の方がましだ。しかたない。いないならいないで最悪構わない。妥協は必要だ。まあ、見つかるに越したことはないので探してはみるが。
次に医者や弁護士などの、社会的信用度の高い職業。こいつらも出現率が低いが、自衛隊員よりはましだ。
そして俺は、運がいいらしい。
「やあ君、ちょっとお姉さんと話さないかい?」
なんせ当たりの方から、近づいてきてくれたのだから。
纏った白衣から、、医者であることが推測できる。というか本人が医者だと言っていた。
芸能人にもいないような美しい顔、特徴的な目の色、グラビアアイドルすら嫉妬しかねないスタイル、膝裏までありそうな程長い黒髪。はっきり言って女医モノの薄い本から飛び出してきたんじゃないかと思うぐらいだ。
ここにはチンピラっぽいやつや、いかにも軽薄そうな奴らがいる。よくからまれなかったと思って聞いてみたが、そういう連中のあしらい方は心得ているという。さすが美人は慣れているようだ。
というか、ほんとあちらから話しかけてくれて助かった。こんな年上の美女に話しかけるなんて、俺にはものすごい勇気がいる行為だ。
ゲーマーなめんなよ?コミュ力なんてほぼゼロなんだ。基本的にインストなんていうドマイナーゲームばかりやってたから、ゲーマー同士の交流も少なかったし。
まあそんなわけで、俺はガチガチに緊張していた。だがそこはさすが医者、患者の緊張をほぐす話術は心得ているらしい。
気づけば俺は色々話してしまっていた。友達のことだったり、両親のことだったり、幼い頃の思い出や、最近のこと、自分の好み、そして…インフィニット ストラグルのことを。
俺の前で、氷女宮さんがノートを呼んでいる。氷女宮さんは、俺に声をかけてきた女医さんだ。氷女宮 雪乃というらしい。
俺が最初うっかり、インストのこととここがインストの世界そっくりだと言ったら、すごく真剣な表情でもっと聞きたいと言ってきた。少し驚いた、てっきり笑われでもすると思ってたから。その後ノートのことまで話してしまい、今それを見せている最中、というわけだ。
それにしても、初めて他人にこのノートを見せたが、けっこう緊張している。
「興味深いね。そして、分かりやすくまとめられている。うん、いいノートだ。」
2、3分くらいだったろうか。少なくとも、5分は経っていないはずだ。ある程度目を通したのだろう。それくらいで、氷姫宮さんは顔をあげた。
「あ、ありがとうございます。」
うん。なんか照れくさい。
まさか、人に見せるつもりのなかったのかノートで、褒められるとは思ってなかった。
「ところで一つ、聞いておきたいことがあるんだが…」
「なんです?」
氷姫宮さんはとても美人だ。そして俺のノートを褒めてくれた。というわけで俺はすごく気分が良かった。それはもう聞かれたことには、何でも答えようという気になるぐらいには。
「君は、この『Battle』を選ぶつもりかな?」
「え、よくわかりましたね?」
俺は一言もそんなこと言ってないのに。




