第四十一章 夢の終焉 Ⅴ
鋭い槍の刺突と、斬撃の応酬。
ムスタファーとシァンドロスは早十数合渡り合った。
「シァンドロス、こんな奴やっちまいな!」
少しはなれたところで、バルバロネが革命軍を斬り伏せながら叫んだ。
ソケドキアの将兵もよく戦い、ただで死ぬことはなかった。
「ムスタファーよ、オレを殺すのは人にあらず、神のみ!」
「ならばオレが神となって、貴様を殺そう!」
激しく渡り合うふたり。それぞれの愛馬も鼻息荒く、馬蹄地に踏み締め主を支えた。
一騎打ちは互角だった。
しかし、その間にソケドキア将兵は次々と討たれてゆき、その数は急速に減っていった。将兵らはシァンドロスの思惑のため、死んでいくようなものだったが、王のために戦って死ぬことを名誉として、誰一人恨みがましい顔をせず。
戦いきった充実した顔をして、あるいはまだまだ戦えると勇敢な顔をして、死んでいった。
革命軍は数が多い。次第に手持ち無沙汰になる者も増えて、ムスタファーとシァンドロスの一騎打ちを眺める者も増えたが、
「助太刀!」
と、両者の間に割って入ろうとする者もいた。
「手を出すな!」
ムスタファーはとっさに叫び、イムプルーツァにパルヴィーンも、
「革命王の仰せに従え!」
と、一騎打ちの周囲を回り邪魔が入らぬようにしていた。
トンディスタンブールからついてきた将兵はともかく、蜂起してムスタファーにくわわった群衆は納得がいかない。
「なぜそんなことをする!」
「数で圧せば殺せるのに!」
などと、不満を言い放つ。
「これは将の戦いだぞ! 何人たりとも邪魔することはゆるされぬ!」
イムプルーツァにパルヴィーンはそう叫びながら、ムスタファーとシァンドロスの周囲をまわり群衆を納得させようとつとめた。
バルバロネも手を休め、ムスタファーとシァンドロスの一騎打ちを眺めていた。
ふたりは視線を交わし、激しくまた十数合渡り合った。その激しさは群衆を次第に魅入らせてゆき、刃を交えていた最中の将兵らでもあっても、思わず戦いの手を休めて一騎打ちを眺めやっていた。
それとともに、ムスタファーに大きな声援が送られる。
「革命王!」
「革命王!」
「革命王!」
と、将兵や群衆はムスタファーの勝利を願い、叫んだ。
もうこの場はムスタファー一色になっていた。わずかに生き残るソケドキアの将兵やバルバロネはこの声援に圧倒されて声も出ず、黙って一騎打ちを眺めるしかなかった。
シァンドロスは心理的に圧されていなければよいが、と。
だがその心配も不要か、シァンドロスは不敵な笑みでムスタファーの槍をかわし、隙を見つけて斬撃を見舞う。
ムスタファーも斬撃をかわしながら、鋭い刺突を見舞う。
戦いは一進一退、互角だった。
ただ、戦はすでに決着がついていた。ソケドキア軍の将兵のほとんどは討たれて、かばねをよこたえていた。
一騎打ちを眺めるのはほとんどが革命軍であり、ソケドキアの将兵はバルバロネを含めて少数しかいない。
群衆は観衆と化し、一撃ごとに、
「おお」
と、喚声をあげる。
戦いは永遠に続けられるかと思われた。しかし、何事も永遠などあるはずもない。この戦いもまたしかり。
激しく槍を振るうムスタファーであったが、シァンドロスは槍の動きをよく見て、片手で柄を掴んだ。
「むっ」
槍を掴まれると同時に、鋭い剣の刺突が迫るが。ムスタファーはとっさに槍を手放し、刺突をかわしざまに、抜剣した。
その剣で斬りかかる、と思ったとき。ムスタファーはかっと目を見開き、剣をシァンドロス目掛けて放った。
「何ッ!」
これにはシァンドロスも意表を突かれ、片手に剣、片手に槍を握ったまま。ムスタファーの剣は避けることかなわず、シァンドロスの右肩に突き刺さった。
一瞬シァンドロスは驚きと苦痛に顔をゆがめ、落馬しそうになるのをふんばってどうにかこらえたが。次には、ムスタファーは愛馬ザッハークごと体当たりをし。
ついにはこらえきれずに、シァンドロスは剣と槍を手放し、肩にはムスタファーの剣が刺さったまま、落馬してしまった。
ムスタファーも素早く下馬し、落ちた槍を拾い穂先を地に落ちて起き上がろうとするシァンドロスに向けた。
「勝負あった!」
イムプルーツァとパルヴィーンは思わず歓喜の叫びを上げて。バルバロネは知らずに悲鳴をあげた。
「貴様の負けだ、シァンドロス!」
穂先を突きつけて、ムスタファーは叫んだ。
ソケドキアの将兵は唖然とこの状況を見守りながら、革命軍の歓呼の声につつまれる。
シァンドロスは苦痛で顔を蒼ざめさせながらも、ムスタファーに向けて不敵に笑う。
ついに武運尽きて、シァンドロスはムスタファーに討たれてしまうのか。
群衆や新たなタールコの将兵は、
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
の大合唱をはじめた。




