第三十九章 崩壊の序曲 Ⅳ
逃げるソケドキア軍。追うドラゴン騎士団ら。
その距離は数刻のうちに縮んでゆき、進むコヴァクスらの目に、ソケドキア軍のかがり火が目に入るようになった。
「あれか」
コヴァクスは槍斧をかまえ、ニコレットは抜剣し、
「かかれ!」
と、激しく号令をくだせば。オンガルリ・リジェカ連合軍およそ五万は喚声をあげて、駆け出した。
軍靴、馬蹄の轟きに鬨の声。
逃げるソケドキア軍は振り向き、
「ドラゴン騎士団だ!」
と叫び、我先にと、算を乱して逃げ出す者が多数でて。統率などもはやなく、コヴァクスやニコレットが予測したとおり、烏合の衆と化してしまっていた。
「なにをしておる、逃げるな! 迎え撃て!」
部将は声を励まし、逃げる兵士を叱咤するが、効果はなかった。
もともと、ソケドキア領土となった旧ヴーゴスネア地域各地から寄せ集められた軍勢であり。その結束力もまだ強いとはいえなかった。
それでも勝利を重ねれば、結束力も強いものとなったろうが。オンガルリ・リジェカ征伐軍は、ひとつの勝利も挙げることができないまま、ザークラーイを後にせねばならなかった。その馬鹿馬鹿しさといったらなかった。
征伐軍が良い思いをしたことがあるとすれば、ソケドキア領土となった旧ヴーゴスネアの都市ベラードの破壊と殺戮、略奪暴行くらいなものであったろう。
兵士らはまたそんな美味しい思いにありつけると期待していたが、その期待は外れた。
ともあれ、ソケドキア軍の兵士の多くは、逃げ出し。ドラゴン騎士団らを迎え撃とうという者は少数だった。
「ドラゴン騎士団だと!」
シァンドロスは後方から迫るかがり火と、軍靴、馬蹄の轟きに鬨の声を目にし耳にし、思わず振り向き。剣を抜き、自ら愛馬ゴッズを駆けさせ。
「迎え撃って、追い払え!」
と、激しく叫んだ。
これにイギィプトマイオスにバルバロネも続き、いくらかの手勢も続いた。
ドラゴン騎士団は逃げるソケドキア軍に追いつき、後方からぶつかった。
「うおおッ!」
コヴァクスは大喝し、槍斧を振るった。
ニコレットもダラガナも、龍菲も剣を振るい、ソケドキア軍の兵士らを薙ぎ払ってゆき。セヴナは得意の弓矢で戦い、かがり火を持つ兵士向けて矢を放った。
戦場は混沌としたものになった。
軍靴、馬蹄の音に、ドラゴン騎士団らの鬨の声と逃げるソケドキア軍の悲鳴が入り交じり、闇夜の中で空を揺らした。
逃げるソケドキア軍の中にあって、シァンドロスは自ら剣を振るいオンガルリ・リジェカ軍の兵士を斬り払ってゆく。
怒れるシァンドロスは、雑兵のように逃げることなどできなかった。
だが、剣を振るいながらも。
(なぜ、このようなことに)
と、雑念が胸でうごめくのはいかんともしがたかった。
「どこだ、シァンドロス!」
という叫びがする。
見れば、槍斧を振るうコヴァクスの姿が闇夜の中うっすらと見える。
それは突風となって、ソケドキア軍の兵士を薙ぎ払う。
そのコヴァクスが乗る馬は、かつて自分の愛馬だったグリフォンだった。それに懐かしさも感じぬわけではなかったが、いまは情に流されるときではない。
そばにはイギィプトマイオスにバルバロネ。このふたりはよくシァンドロスに従い、よく戦った。
ニコレットもこの乱戦の中でシァンドロスを捜し求めて、ようやくその姿を見つけ、それに迫る。
「シァンドロス、覚悟!」
シァンドロスに迫るニコレットを見かけたバルバロネは咄嗟にその前に立ちはだかり、斬撃を見舞う。
「やらせはしないよ!」
「あなたは、バルバロネ!」
ニコレットとバルバロネは激しく剣を交えた。ことに、バルバロネの攻めは激しいものだった。
「シァンドロスは、あたしの夢なんだ。お前らなんかに潰させないよ」
バルバロネの言葉がニコレットには信じられなかった。彼女はコヴァクスとニコレットがリジェカに入って間もない頃に知り合い一時は行動を共にしたのだが。シァンドロスについていった。
「バルバロネ、目を覚まして! シァンドロスは人の夢を食いつぶす魔物のような人なのよ」
「そんなことを言うから、お前たちは嫌いなんだ!」
ニコレットはできればバルバロネは討ちたくなかったから、説得を試みたが、かえってバルバロネの怒りの火に油をそそいでしまった。
「お前たちはきれいごとばかりならべて。それが腹立たしいんだよ!」
「そんな」
剣とともに言葉も激しく交えて、ニコレットはバルバロネの攻めを受けていた。
その一方で、コヴァクスもシァンドロスを見つけ、迫ってくる。
「見つけたぞ、シァンドロス!」
槍斧を掲げ、グリフォンを駆けさせるコヴァクスの姿を見かけ。シァンドロスも剣を掲げ、
「面白い、受けて立ってやる!」
と、コヴァクスに迫り、一騎打ちとなった。
双方激しく刃を交え、闇夜に火花が散る。
「コヴァクスよ、いつかこうなると思っていた」
「オレもだ、シァンドロス!」
槍斧うなりをあげて、シァドロスの兜を叩き割ろうとするが。シァンドロスもさるもので、剣で槍斧を受け流しあるいは避けて、隙を見つけては鋭い刺突を見舞おうとする。
龍菲はコヴァクスとシァンドロスが一騎打ちをするのを、少しはなれたところで見つめていた。
思えば、龍菲もコヴァクスとシァンドロスに浅からぬ縁があった。
その縁あるふたりが、こうして刃を交えていることに、宿命的なものを感じずにはいられなかった。




