エピローグ
昭和16年(1941年)7月 東京砲兵工廠
「まさか、こんな展開になるなんてな」
「ああ、まったくだ」
「だけど史実でも、ルーズベルトは任期途中で死んでるんだよね」
「そりゃあ、そうだが、まだ4年も先だぞ」
「ほんま、世の中どうなるか、分からんもんやな」
いよいよアメリカ東海岸にも”桜花”をぶち込み、さらに厭戦気分をあおろうとしていた矢先、ルーズベルトの死亡が報じられた。
するとそれまでの不満が、一気に噴出したのだろう。
米民主党は手のひらを返したように反戦を唱え、停戦の機運が高まりだした。
彼らの言い分は、”基本的にルーズベルトが全て悪いのであり、アメリカ自体は戦争を望んでいない”、という論法だ。
どうやら西海岸だけでなく、東海岸まで攻撃を受けたことから、世論を抑えきれないと判断したのだろう。
そしてそれまでの責任を押しつけられる、都合のよい存在まであるのだ。
民主党はこれ幸いとばかりに、ルーズベルトに責任を押しつけ、政権の延命を図ろうとした。
”傲慢な最後通牒を突きつけ、日本を戦争に巻きこんだのは、全てルーズベルトの意向だ” とか、
”太平洋艦隊が全滅しても、ルーズベルトはかたくなに日本との交渉を拒んだ”、などと言って。
そのうえで、”アメリカは日本との交渉を望んでいる。基本的に戦争はしたくない”、という姿勢をアピールしはじめる。
おかげで日英米は休戦状態に入り、すでに外交交渉が始まっていた。
「だけどドイツとは、どうするつもりなんだろ?」
「う~ん、一応、独伊に対しても休戦状態に入ったな。今後はどうにかして、フランス本土と植民地を取り戻そうとするんじゃないか?」
「ふ~ん、そんなに上手くいくのかな?」
「いや、難しいだろ」
「せやな。そう簡単に、奪ったもんを返してくれるわけあらへん」
日英の脱落により、枢軸側と米仏の戦闘も、一時休戦している。
まずは日英と米仏の交渉がどうなるか、様子を見ようということらしい。
それ以上にドイツは、ソ連と絶賛なぐり合いの最中だった。
なにしろヒトラーはソ連が大嫌いだし、ウクライナをドイツの生存空間とすることを、熱望している。
対するスターリンも、ドイツがすぐ隣にいては、枕を高くして眠れない。
それにソ連にとっても、重要な穀倉地帯であるウクライナを、みすみす渡すわけにはいかないのだ。
つまり互いに退けない状態で、戦闘を続けるしかない。
はたしてどちらに天秤が傾くかは、今は神のみぞ知るといった状況だ。
いずれにしろ、あっけない形でアメリカとは休戦となり、上手くいけばそのまま講和に持っていけそうだ。
願わくば、早期に講和が成立して欲しいものだ。
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昭和16年(1941年)8月 皇居
「幸いにも、講和が成立しそうだよ」
「それはよかった。さすがは廣田さんですね」
「いやいや、これも君たちの助言があってこそだよ。川島くんもよくやってくれたしね」
「恐縮です」
久しぶりに皇居に呼び出されたと思ったら、廣田さんから講和できそうだと聞かされる。
廣田さんが外務省と一体になって努力した結果だが、川島もそれに少なからず寄与していた。
川島が軍部や外務省と協力して築いた諜報網が、アメリカ世論を講和に誘導するのに、おおいに役立っているという。
ちなみにミッドウェーは返還するが、ウェークとグアムは日本の委任統治領となる予定だ。
それにフィリピンを独立させたり、清国内のアメリカ利権を放棄させるなど、賠償は請求しないが、アメリカの力を削ぐ方向で、交渉を進めているとか。
「アメリカに戦争をふっかけられた時は、どうなることかと思ったが、予想以上に早く片がつきそうだな」
「まあ、それもルーズベルトの死に、助けられた感はありますけどね。おそらくあのままでも負けはなかったでしょうが、死傷者はずいぶんと増えてたでしょう。そういう意味では、いいタイミングで死んでくれましたよ。彼は」
すると陛下が、心底ホッとしたように言葉をもらす。
「うむ、他人の不幸を喜ぶのもなんだが、多くの国民の命を守れたことについては、とてもうれしく思う」
「ええ、それこそが、最大の目的でしたからね」
「諸君らには、苦労を掛けたな」
「いえ、こちらこそ、陛下や元老の方々にはお世話になりました」
全員がホッとした顔を見せ、なんとなくこれで全てOKみたいな雰囲気になる。
しかしここで川島が、釘を差した。
「しかしこれで全て終わり、というわけにはいきませんよ。おそらくアメリカは、態勢を整えたら、またケンカを売ってくるでしょうからね」
「……うむ、核爆弾のこともあるしな」
「ええ、それは避けて通れませんね」
実は日本でも、核爆弾の開発は進められていた。
この世界でも1938年末に、ドイツで核分裂現象が発見されているからだ。
それを受けてドイツ、イギリス、ソ連、そしてアメリカが、すでに開発に取り組んでいるらしい。
しかし史実で最も早く実用化したアメリカの進捗は、この世界ではまだ大したことがない。
なにしろアメリカに核の開発を決意させたイギリスが、この世界では敵に回っているからだ。
そのためまだマンハッタン計画のマの字もなく、大きく出遅れた状態である。
しかしいずれは、どこかの国が実用化してしまうだろう。
そうなった時の自衛手段として、日本も開発に取り組んでいるわけだ。
ただし基本的に、この時代の学者たちを招集して、開発を任せている。
陰ながらアドバイスぐらいはするものの、この日本にも優秀な学者はたくさんいるのだ。
一応、プルトニウム爆弾を実現するための、爆縮レンズの構造計算は、俺たちのパソコンで済ませてある。
しかしそれはあくまで保険であって、安易な未来技術の濫用は避けようという話になっている。
本来はこの世界の異物である俺たちが、全てをやるべきではないと思うから。
すると陛下が、悲しそうにため息をつく。
「こんな状況では、いつまで経っても心が休まらんな」
「ええ、残念ながらそうなんですが、俺たちのいた日本では、太平洋戦争後、75年間は戦争が起きてないんです。アメリカとソ連が核爆弾を大量に持って、威嚇し合う状況が長く続きましたが、なんだかんだいって、大きな戦争は起きませんでした。情報伝達の手段が発展すると、さらに戦争は起きにくくなります。意外になんとか、なるもんですよ」
「……そうか。それを聞いて、少し安心した。いろいろと問題はあるが、この調子でやっていけばよいということだな?」
「ええ、当初の目的は果たせそうなんですから、この状況を維持していきましょう。できればもっと、民主化は進めたいですね」
「それは君たちのいた世界のように、ということだね。例えばどんなことをやる?」
陛下が興味深そうに、体を乗りだす。
「そうですね……それは例えば、女性にも参政権を認めたり、農地問題を改革したり、税制を見直したりなんて感じですかね。あ、愛国商会みたいな財閥は、分轄したりして、その力を弱める必要があります」
「それはなぜかな?」
「一部の財閥や既得権益者が力を持ちすぎると、社会に弾力性がなくなるんです。あまりにお金持ちと貧乏人の格差が広がると、希望が持てないですからね」
「ふむ、たしかにそれは、あまり好ましくないな。せっかく戦争に勝っても、国民は幸せでなさそうだ」
「ええ、そのとおりです。だから少しずつでも、社会は変革していかなければなりません」
「そうだな。そのためには今後も、力を貸してもらえるかね?」
そういう陛下に真摯な瞳を向けられると、さすがに断れない。
「ええ、これも乗りかかった船ですからね」
「もちろんですよ~」
「え~と、できる範囲で?」
「また軍国主義に走らんよう、気をつけんといかんですからな」
「いっそのこと、日本を世界の一流国として、発展させていきたいですね」
どうやら俺たちは、まだまだ楽をさせてもらえないようだ。
しかし当初の目的を達することはできたのだ。
これからもなんとかなると、信じたい。
かけがえのない仲間たちと、一緒なら。
完
最後に日本の国力推移を掲載して、締めとさせてもらいます。




