幕間: 野望の代償
昭和16年(1941年)7月 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
「一体いつになったら、”チェリー・ボム”を防げるようになるんだ?!」
「はぁ……それがそのう……」
私はここに集まった軍部のトップたちを、にらみつけた。
目の前にいるのは、ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長、ハロルド・スターク海軍作戦部長、そしてヘンリー・アーノルド陸軍航空司令の3人だ。
そして彼らに対して怒っている理由は、日本軍が西海岸を攻撃する兵器、”チェリー・ボム”の対策が、一向に進んでいないことだ。
小癪な日本人は、この兵器を”チェリー・ブラッサム(桜花)”と呼んでいることから、我々もそれを”チェリー・ボム”もしくは”チェリー”と呼んでいる。
「ジョージ、西海岸の防空体制はどうなっている?」
「はっ、主要都市の沿岸にはレーダーを設置し、鋭意、チェリーの撃墜に努めております」
「撃墜できておらんではないか!」
「……現状では難しいのが実情です。なにしろチェリーは、2千フィート(約600メートル)以下の低空を、時速400マイル(約650キロ)で飛んでくるのです。レーダーで探知しても、すぐに上陸されてしまいます」
「高射砲で撃ち落せば、いいではないか」
「チェリーの侵入範囲は、実に広範囲にわたっております。その全てを高射砲でカバーするなど、到底できません」
「チッ」
すでに何度も聞いた言い訳に、思わず舌打ちがもれる。
たしかに難しいのは分かるが、チェリーが現れてから、すでに3ヶ月は経っているのだ。
その間に何か、対策ぐらいしてもいいだろうに。
この無能どもが。
「ハロルド、なんとかチェリーを撃たれる前に、阻止できないのか? 敵は潜水艦を使っているのだろう?」
「はぁ、それが……何度か敵影は捕らえているのですが、攻撃する前に海中に逃げられてしまうのです。それに沿岸から120マイル(約200キロ)は沖合なので、なかなか監視の目も行き届かず」
「言い訳はいい! 太平洋艦隊には、かなりの戦力を融通しているのだぞ!」
「はっ、申し訳ありません」
そう言って海軍作戦部長のハロルドが頭を下げるが、なんの役にも立たない。
やむを得ず今度は、航空司令のアーノルドに話を振る。
「アーノルド。君の方でなんとかできないのか? 飛行機であれば、もっと数を増やせるだろう」
「そうは言っても、パイロットが足りません。今でも民間の有志を募って、精一杯ふやしているのです。それも夜間ですと、ほとんど何もできませんし」
「そこをなんとかするのが、君たちの仕事だろう! この3ヶ月間、一体なにをやっていたんだっ!」
私が声を荒げると、3人が首をすくめる。
無理を言っている自覚は私にもあるが、それにしても役に立たない。
思わず愚痴が、口をついてこぼれ出る。
「くそっ、これではまた、議会で吊るし上げられるではないか。なぜ私だけが責められるんだ」
「「「……」」」
すると3人が、一瞬だけこちらを見るのが分かった。
どうせ、”お前が始めた戦争じゃないか”、とでも思っているのだろう。
しかし私だって、私利私欲で日本を巻きこんだのではない。
私は偉大なるステーツのため、国民のためを思って動いたのだ。
それをちょっと状況が悪くなっただけで、私だけを責めおって。
これだから民衆というやつは。
するとそこへ、補佐官の1人が慌ただしく駆けこんできた。
「大統領! 一大事です!」
「リチャード、どうしたんだ、そんなに慌てて。まさか東海岸も爆撃を受けたなどと、言わないでくれよ」
「そのまさかなんです! ニューヨークの近くに、チェリーが飛んできました」
「馬鹿な……事実なのか?」
「残念ながら、間違いないようです」
そんな馬鹿な?!
ジャップはとうとう、大西洋にも進出してきたのか?
すかさずハロルドに目をやると、彼も困惑気味に意見を述べる。
「南米回りか、アフリカ回りかは分かりませんが、決して不可能ではありません。場合によってはスエズも使えるでしょうし。いずれにしろ補給は必要なので、イギリスなどの協力を得ていると思われます」
「ライミーどものせいか! クソ忌々しい。あの紳士気取りの、詐欺師どもが!」
思いっきり毒づきながら、テーブルを叩いた瞬間、頭をハンマーで殴られたような激痛が走った。
「ガハッ、グウウッ」
「大統領! どうなされたのですか? 大変だ、顔が真っ青だ。大至急、医者を呼べ!」
「大統領、大統領! 気をしっかりと持って!」
誰かが何かを言っているが、それも次第に不明瞭になっていく。
まさか、こんなところで私は死ぬのか?
まだまだ、やることはあるという、の、に……
次回、エピローグです。




