61.西海岸を脅かそう
昭和16年(1941年)3月 東京砲兵工廠
ハワイ攻撃からすでに1ヶ月。
日本海軍はミッドウェーを拠点に、潜水艦によるシーレーン妨害に勤しんでいた。
これでハワイへの補給は相当に細っており、物資不足が発生しているそうだ。
おかげでハワイにおける軍事施設の復旧は遅れ、アメリカ海軍の反撃も滞っている。
一応、爆撃機によるミッドウェー攻撃は実施されていたが、近接信管を使った対空砲撃で撃退していた。
逆に日本側の潜水艦基地は分厚いコンクリートで守られており、その機能を損なうのは難しい。
そのため日本海軍の潜水艦は、万全の状態でハワイ近海、そして西海岸を荒らし回っていた。
彼らはハワイへの輸送遮断だけでなく、西海岸の主要港への機雷敷設もして、シーレーンにダメージを与えている。
さらに潜水艦同士の戦闘も、海中で繰り広げられていた。
ただし音響誘導魚雷を持たないアメリカ軍は、日本海軍に一方的に狩られる形だ。
おかげで西海岸のシーレーン攻撃を止めることはかなわず、船舶に多大な被害が発生していた。
そんな状況は、西海岸の住民にパニックを巻き起こすのに十分だ。
太平洋艦隊を全滅させられ、さらにハワイの軍事施設をも瓦礫に変えられたのだ。
次は自分たちの番かと、震え上がるのも当然であろう。
「それでアメリカの世論はどんな感じなんだ?」
「う~ん、だいぶ混乱はしているな。だけどまだ、停戦しようってほどでもない」
「まあ、陸上での被害は、まだないからなぁ。そうなると例の作戦を、実施しなくちゃいけないのか」
いつものとおり、川島に状況を聞いていると、まだ停戦を言い出すにはほど遠い状況らしい。
そこでさらなる作戦が用意されているのだが……
「ああ、西海岸攻撃作戦な」
「うん、だけどさすがに無差別で攻撃するのって、どうなの? 国際法的に、まずいんじゃないかな?」
「まあ、さすがに最初は警告するさ。それに最初に日本の商船に攻撃を仕掛けてきたのは、アメリカなんだ。日本がやられるばかりじゃないってことを、思い知らせてやらないとな」
アメリカとの開戦後、東シナ海や南シナ海では、すでに日本の商船が沈められていた。
これは史実でルーズベルトが指示したことと一致しており、アメリカが当初から国際法を守るつもりがなかったことは明らかだ。
まさに”勝てば官軍”を、地で行く思考法である。
そんな連中に対し、きれい事ばかり言っていては、絶対に勝てはしないであろう。
ただし、いたずらに海外からの反感を買うのも愚かなので、それなりのプロパガンダ戦略は考えている。
「ちゃんとそれなりの言い訳は用意しつつ、アメリカの厭戦気分を高められるよう、やることはやっとかないとな」
「う~ん、悪いのはルーズベルトなのになぁ」
「そのルーズベルトを大統領に再任したアメリカ国民にも、おおいに責任はあるさ」
「まあ、そうなんだけどね」
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昭和16年(1941年)4月 東京砲兵工廠
一方、冬が明けて雪が溶けると、新たな動きも発生する。
「ソ連が動きだしたって?」
「ああ、清の北部と、正統ロシアのチタに攻撃を仕掛けてきた。総勢で50万にもなるようだ。本間大将が正統ロシアと協力して、防衛に当たっている」
昨年暮れにウラン・ウデに集結していたソ連赤軍が、チタに攻めこんできた。
当然ながら、共産モンゴル軍も動きだし、清国に攻撃を加えている。
しかし清国と正統ロシアも、十分にそれに備えていた。
それに今村大将ひきいる満州方面軍と、本間大将ひきいるロシア方面軍、そして韓国軍も加勢している。
しかしソ連軍の攻撃は、なかなかに苛烈だった。
50万もの軍勢に大量の重砲、そして戦車も運用されている。
戦車はT34やBT7などといったもので、決して侮れない性能だ。
それに対し、我らが極東同盟も戦車を配備していた。
以前、原少佐に見せてもらった試製3号戦車を基にした、95式中戦車である。
【95式 中戦車】
車体長・全幅・全高:5.7x2.3x2.4m
重量 :23トン
最大速度 :44km/h
行動距離 :210km
兵装 :48口径47ミリ砲、7.7ミリ機銃x2
機関 :三菱製 空冷V12ディーゼル
出力 :350馬力
懸架方式 :改クリスティー式サスペンション
乗員 :5名
これは試製戦車を実用的に改良し、1935年に制式化された。
試製戦車よりもエンジン馬力を向上し、傾斜装甲を採用するなどして、防御力も増している。
これを清国と正統ロシアに技術供与し、両国でライセンス生産した。
現状、それぞれ200両ずつ配備されている。
今のところ、敵戦車も45ミリ砲程度なので、なんとか戦えているようだ。
しかし戦時の性能向上の勢いはすさまじいので、改良の手をゆるめることはできない。
中島が中心となって、さらなる新型の投入も、遠からず実現するであろう。
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昭和16年(1941年)5月 東京砲兵工廠
しかし極東への圧力は、早々に緩和されることになった。
「ドイツがソ連に攻めこんだんだって?」
「ああ、さすがはヒトラー。恥も外聞も関係ないな」
それは高確率で予想されていたことだが、やはりドイツがソ連に攻めこんだ。
独ソ不可侵条約など、ヒトラーにとってはなんの意味もないのだろう。
しかしスターリンも、それを予想していたようだ。
準備を整えた数百万人ものソ連軍が、それを迎え撃った。
今はウクライナの地で、独ソが殴り合いを続けている状況だ。
これによって、極東方面での攻撃も続いているものの、さらなる増援はないと見られ、なんとかしのげそうな状況だ。
「それにしても、思ったよりソ連が踏んばってるな」
「ああ、どうも史実ほど、赤軍の粛清が進んでないらしいんだ」
「え、なんで?」
「どうやら正統ロシアの存在が、ソ連内部の引き締めに寄与したみたいだな。おかげで優秀な将校が、けっこう残っているらしい」
「ああ、そういうこと」
「なるほどねえ」
史実ではドイツ軍に蹂躙され、焦土作戦を展開するしかなかったソ連軍だが、この世界ではかなり善戦していた。
川島によると、正統ロシア大公国という敵の存在が、ソ連内の求心力維持に役立ったらしい。
おかげで史実ほど粛清が進んでおらず、赤軍の戦闘能力も高いのだとか。
「この隙になんとか、停戦に持ち込みたいねえ」
「ああ、しかしアメリカは、しぶとそうだけどな」
「だよね~」
いろいろと変わってしまっているこの世界だが、はたして日本の運命はどうなるのか?
それはまだ、誰にも分からない。




