59.マリアナ沖海戦3
昭和15年(1940年)11月中旬 東京砲兵工廠
マリアナ沖海戦で、日本艦隊が大勝利した様子を聞いた俺たちは、その余韻にひたっていた。
「そうか~、日本はほぼ無傷で勝利したのか~。すげえ戦果だな」
「ああ、みんなでがんばってきた甲斐が、あるってもんだ」
「うん、そうだね。だけどやっぱり飛行機には、それなりに被害が出ちゃったんでしょ?」
「ああ……戦闘機が23機、爆撃機が31機、攻撃機が7機ほどやられた。ただし搭乗員はできるだけ回収してるから、死者は62人だな」
中島の指摘に、川島が資料を見ながら答える。
死者が62人と聞いて、みんなの顔がこわばる。
「マジかよ、62人も死んだのか?……やっぱり艦爆の被害が、馬鹿にならないな」
「たしかにな……敵がまだレーダー射撃も使ってないのに、これなんだ。被害状況を詳しく検証してから、艦爆の使い方を考えないといけないだろう」
「せやな。ほやけど、敵に与えた損害に比べれば、かわいいもんやろ?」
「まあ、それも事実だけどな」
実際問題、アメリカ太平洋艦隊は、ほぼ壊滅していた。
その状況は以下のようになっている。
沈没:戦艦9隻、空母2隻、重巡洋艦6隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦30隻
拿捕:戦艦4隻、空母2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦10隻
拿捕した艦が多いのは、海上に放り出された敵兵を回収できるよう、手心を加えた結果である。
すでに戦闘力を失った艦を沈めるより、捕虜として捕らえたほうが、多少は非難を避けられるだろうとの狙いだ。
さらに後方に控えていた敵のグアム攻略部隊が、マーシャル付近に展開していた日本の潜水艦部隊に、拿捕されている。
輸送船を護衛していた駆逐艦を音響魚雷で沈め、降伏を促したら、わりとあっさり降伏したそうだ。
これによって日本は、2万人を超える米軍捕虜を手に入れた。
正直いって、捕虜の面倒をみるだけでも大変なのだが、日本軍を残虐と呼ばせないため、なんとかやっている状況だ。
「2万人の捕虜って、すごいよね」
「ああ、すごいな。敵の死亡者数は、どれぐらいになるんだ?」
「そうだな……だいたい4万人ぐらいだろう」
「ということは、アメリカは一気に6万人以上を失ったわけだ?」
「ああ、これぐらいで音は上げないだろうが、相当な痛手なのは間違いない」
「クククッ、ルーズベルトの悔しがる顔が、目に浮かぶな」
「ああ、ざまあみろってんだ」
世界大戦を引き起こした張本人が苦しむさまを想像して、みんなで笑い合う。
しかし戦争はまだまだ始まったばかりだと、気を引き締めることも忘れなかった。
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昭和15年(1940年)12月 東京砲兵工廠
アメリカ太平洋艦隊を壊滅させてから、日本は艦隊を再編しながら、敵の動向を探っていた。
ちなみに太平洋艦隊の全滅を受けて、すでにフィリピンのアメリカ軍は降伏している。
史実では密かに脱出したマッカーサーも、逃げる場所がないので捕虜となった。
これによって日本は、新たに1万人以上の米人捕虜を追加する形になっている。
やがてアメリカ国内の状況が、複数の経路から伝わってきた。
「とりあえずルーズベルトは、必死で弁明してるらしいな。一時的に敗北はしたが、新型戦艦や空母が竣工するので、いずれは巻き返すと強弁してるそうだ」
「ほう、それで国民の反応は?」
「マリアナ沖海戦の捕虜の家族が、講和しろといって騒いでるな。行方不明者や死者の遺族の一部も、ルーズベルトを責めてるが、それほど大きな動きにはなっていない」
「ふ~ん、意外に冷静だね。日本への最後通牒の内容は、リークしてるんでしょ?」
「ああ、だけど日本はファシスト国家に味方する無法国家だといって、日本を非難してやがる。そのせいで今のところは、様子見が多いな」
日本からは太平洋艦隊を壊滅させたこと、4万人もの死者が発生したこと、2万人ほどの捕虜を取ったことを、アメリカのマスコミにリークしている。
さらに日本に突きつけられた最後通牒の内容も漏らしたのだが、意外にアメリカ国民は冷静なようだ。
ちなみにリークしたのは、川島が10年以上前から仕込んでいたアメリカ人のエージェントだ。
彼らは一見すると日本とは関係のなさそうな連中で、ちゃんとした職業に就いている。
破壊工作のような荒事こそしないものの、アメリカ国内の情報収集と、撹乱工作に従事している者たちだ。
今はまだ派手な動きはできないが、いずれアメリカの厭戦気分が高まってきた時に、役立ってくれるだろう。
それにしてもルーズベルトは、4万人もの将兵の犠牲は、大したことがないと思っているらしく、強気な構えを崩していない。
さすが、自身の権力欲のために、世界大戦を引き起こすような男である。
その面の皮の厚さときたら、ちょっと右に出るものはいないだろう。
「まあ、現状ではアメリカ人にとっても、太平洋の向こうで起きたような事件だ。関心も薄いだろう。だけど自分たちに直接の被害が出れば、状況はガラリと変わるさ」
「そうだな。そのためにはミッドウェーとハワイを、攻略しないとな。軍の準備はどうなんだ?」
「艦隊の整備と、将兵の休息を取ってからだから、来年になるな」
「ふ~ん、そういえば、アメリカはどう見ているの? ハワイが攻撃されるって、予想してるのかな?」
すると川島がニヤリと笑う。
「ああ、太平洋艦隊がほぼ全滅したから、ハワイは大騒ぎになってるぞ。続々と本土に避難する人が、出ているらしい」
「そんなこと言っちゃって。どうせ健吾が噂をばらまいたんだろ?」
「まあな。ハワイはボコボコに叩くつもりだから、人はいない方がいいんだ」
実は日本軍は次の段階として、ミッドウェーとウェーク、ハワイの攻略を計画していた。
ただしミッドウェーとウェークは占領するが、ハワイは軍関係の施設を破壊するに留める。
ハワイはたとえ占領できても、維持するのに莫大な労力が必要となるからだ。
それぐらいだったら、ボッコボコに破壊して、後は潜水艦で封鎖すればいいとなった。
そのうえで西海岸のシーレーンを遮断し、場合によってはアメリカ本土にも攻撃を仕掛ける。
それが日本の当面の戦略だった。
願わくば、泥沼の消耗戦になる前に、講和したいところである。




