55.総力戦体制を整えよう
昭和15年(1940年)10月 東京砲兵工廠
「ソ連が攻めてきたんやって?」
「ああ、宣戦布告もせずに、押し寄せてきやがった。まあ、どうせソ連は正統ロシアを国家承認してないし、布告が必須ってわけでもないからな」
「そうか~。せやけど日本は、ソ連に宣戦布告したんやろ?」
「ああ、防衛同盟に従って、ただちに宣戦布告したぞ。もっともすぐに冬だから、大きな動きはないと思うがな」
とうとうソ連が極東の地に攻め寄せてきた。
おそらく数十万を擁するソ連軍が、イルクーツクから押し出してきて、すでにウラン・ウデを制圧されている。
対する正統ロシア軍は、事前の作戦に従って後退し、チタの守りを固めようとしていた。
加えて共産モンゴル軍も、清国北部に押し寄せ、国境付近で戦闘が始まっていた。
ただしこちらはそれほど数が多くないので、なんとか押しとどめているらしい。
そして日本は清国、正統ロシア大公国、韓国と防衛同盟を結んでいるから、その義務に従って、各国が参戦していた。
ちなみに現代では、いかにも宣戦布告が必須みたいに思われているが、この当時の常識ではそうでもない。
それはアメリカが、日本を絶対的な悪役に仕立て上げるため、展開したイメージ戦略の名残に過ぎないのである。
こうして始まった大陸の戦闘だが、シベリアの地はすでに冬に入りつつあるので、大規模な作戦は難しく、今後は守りを固めることになるだろう。
おかげで兵士を動員する時間は稼げるが、その分、来春の激突は激しくなりそうだ。
「これでとうとう、米仏ソ 対 日英独伊清露韓の世界大戦が確定かぁ。凄いことになってるな」
「ああ、頭数はこっちが多いが、米ソがそろって敵になるってのは辛いとこだ」
「実際問題、清露韓を別にすれば、敵側の方が人口もGDPも多いからね~」
現時点での、両陣営の人口と実質GDPを比べてみると、以下のようになる。
(清露韓は極東限定なので除外)
アメリカ:1億3264万人、1兆5千億ドル
フランス: 4100万人、2100億ドル
ソ連 :1億5400万人、6131億ドル
合計 :3億2764万人、2兆3231億ドル
日本 :7600万人、4600億ドル
イギリス:4823万人、4468億ドル
ドイツ :6984万人、5284億ドル
イタリア:4434万人、1388億ドル
合計 :2億3841万人、1兆5740億ドル
こうして見ると、いかにアメリカが強大な国家であるかが分かる。
これなら日英独伊をいっぺんに敵に回しても、やれそうだと思えるほどだ。
実際問題、日英はアメリカに巻きこまれたような形であり、独伊と硬い絆があるわけではない。
むしろ、消去法的に味方になったに過ぎず、その連携はけっこう疑わしかった。
「とはいえ、こちらもこの日のために、準備を進めてきたんだ。十分に勝ち目はあるんだろ?」
「もちろんさ。史実でもあれだけ戦えたのに、これだけやって勝てないはずがない。まずは敵さんの太平洋艦隊に、犠牲になってもらおうか」
「せやせや。そんでアメリカ人にも、自国が戦場になる恐怖を味わってもらうんや。フハハッ」
「そのうえでルーズベルトの悪行をばらして、休戦に持ちこむんだよね。だけどそう、上手くいくかなぁ」
「まあ、なんとかなるんじゃねえ」
そんな話で盛り上がる、俺たちの雰囲気は明るかった。
油断は禁物だが、過度におびえても仕方ない。
俺たちは俺たちで、やるべきことに取り組むのだ。
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昭和15年(1940年)10月 東京砲兵工廠
軍人ではない俺たちだったが、決して暇を持て余していたわけではない。
むしろ戦前よりも、忙しく立ち働いていた。
その主な業務は官民の間を取り持って、日本の生産体制を維持することであった。
史実で日本は、1938年に国家総動員法を公布し、戦争のための人や物資を、政府が統制した。
しかしその実態たるやひどいもので、無理・ムダ・ムラのオンパレードだ。
そもそも日本の軍部や政府は、民間の力を信用していなかったため、全てを国主導で動かそうとしたのだ。
そんなものが、どんなにがんばっても、まともに機能するはずがない。
しかしこの世界の日本は、格段に経済力も工業力も高まっている。
それらを有効に動かせるのなら、ある程度は民間で自由にやらせた方がいい、という流れになった。
とはいえ、全てを仕切りたがるのは、役人の習性だ。
そこで俺と後島、中島、佐島は、それぞれの得意分野の行政指導に介入し、民間の活力を殺さないよう、苦心した。
それは例えば、どうすれば国家の要求する物資を提供できるか、といった民間との調整であったり、より生産性を上げるため、各企業間の協力を促すようなことなどだ。
ともすれば頭ごなしに命令をしがちな官僚を抑え、民間が力を発揮するための提案も取り入れている。
すると民間企業は、お国のための義務感と同時に、自社のための商売根性も発揮する。
そりゃあ、平時では考えられないような受注があるのだし、技術力も高められる。
どうせやらねばならぬなら、より良い成果を引き出してやろうと、発奮したわけだ。
これによって日本の巨大な工業力が、凄まじい勢いで、回転しはじめた。
しかしその一方で、どうしても成人男性の多くに動員が掛かり、職場から引き抜かれてしまう。
もちろん、重要な職にある者や、特殊な技能を持つ者などは、かなり免除されている。
それでも数十万人という成人男性が、戦場に駆り出されたのだ。
そうすると後を埋めるのは、高齢者か女性となる。
しかし高齢者はともかく、女性を駆り出すというのも簡単ではない。
この時代、女性は我が家で家庭を守るものだという観念が、強く根付いているからだ。
史実よりも工業化が進み、多少は女性の進出も進んでいるこの世界でも、やはり障害は多かった。
しかしそれは敵側のアメリカですら、避けられない問題だったりする。
そこであの国は、以下のような施策でそれを乗り切ったという。
1.職人芸を必要とする工程を見直し、非熟練者でも働けるようにする
2.パンツスタイルを許容するよう思想を誘導
3.家事負担の軽減(冷蔵庫の普及、託児所の設置など)
4.安全かつ24時間運行の公共交通機関の整備
職人芸を不要にするのは当然として、働きやすいパンツスタイルのイメージ向上のため、メディアを使ってキャンペーンを張ったそうだ。
さらに買い物の負担を減らすため、冷蔵庫を普及させたり、通勤を容易にするため、安全な公共交通機関まで整備したというのだ。
さすが、国民が権利を主張できる民主国家といったところか。
はなから国民に命令することしか考えていない、日本などとは大違いである。
ちなみに日本でも、太平洋戦争中に”もんぺ”の着用が奨励されたのだが、上からの押しつけだったため、ずいぶんと不評だったらしい。
そこでこの世界では、カラフルでデザインにも凝ったもんぺを、流行らせてみた。
おかげでさすがに普段着にするほどでもないが、作業着としては十分に受け入れられ、女性の工場進出を後押ししているとか。
それに加え、誰でも作れる製品の設計を進めたり、冷蔵庫や電気炊飯器を安く販売したりもした。
さらにバスや電車も整備し、治安の向上にも努めている状況だ。
おかげで動員にともなう労働力不足も、なんとかなりそうな雰囲気が見えてきた。
しかしその一方で、太平洋の向こう側では、いよいよ大海戦の機運が高まっていたのだ。
2022/2/5:ソ連の人口とGDPを修正
続編を書いていたら、ソ連の人口をロシアの人口と誤解してたのに気が付きました。
史実のソ連人口1億7千万人から、正統ロシア1600万人を差っ引いて1億5400万人となります。
GDPもそれに合わせてちょい修正。




