52.巻きこまれた日英
昭和15年(1940年)7月 東京砲兵工廠
欧州で始まった戦争に、かなりグレーな方法で、アメリカが参戦した。
そしてフランス本土で最後まで粘っていたボルドーに、アメリカの援軍が到着する。
そのタイミングの良さから見て、対独参戦する前に、準備していたのであろう。
5万人の米兵と、膨大な物資援助によって、フランス軍がひと息つけるようになった。
こうなるとドイツ軍も進軍が止まり、代わりに他の地域の制圧に動く。
こうしてしばし米軍の増強が続く間も、やはりイギリスは動いていなかった。
「イギリスはどういうつもりかな?」
「アメリカの真意を探りつつ、なんとか勝ち組につきたいと思ってるんだろう」
「せやけど、イギリスはすでに、アメリカの提案を蹴ってるんやろ?」
「ああ、ルーズベルトはさぞ、ご立腹だったろうよ」
「それでも中立を保ってるのは、状況を見極めようとしてるってこと?」
「まあ、そうだろうな。あわよくば関係を修復して、利権を分け合えたら、とも思ってるだろうな」
「ふ~ん、そんなに上手くいくかな?」
「そりゃあ、まず無理だろう」
「だよね~」
イギリス自体、今までにさんざん、暴力と謀略で国富を築いてきたような国である。
アメリカがそれに取って代わろうとしているのを、気づいてないはずがない。
そしてそれを避けるには、太平洋側に戦力を引きつけられる、日本の協力なしには難しいことも、承知のうえだろう。
はたしてイギリスは、どこまで耐えられるだろうか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昭和15年(1940年)8月 皇居
アメリカは動員を掛ける一方で、イギリスに揺さぶりを掛けていた。
米仏側に立つならいいが、独伊側に立てば容赦はしないぞ、という脅しである。
そのため駆逐艦や潜水艦を北海に派遣し、ドイツ向けの輸送船を拿捕・撃沈していた。
この頃、イギリスは中立国としての姿勢を堅持し、食料品のみを独仏へ輸出している。
しかしアメリカは、フランスへの輸出は見逃して、ドイツへの輸出を狙い撃ちにしたのだ。
当然、イギリスが抗議しても、アメリカはのれんに腕押しで、まともに取り合わない。
やがて態度を硬化させたイギリスが、自国沿岸から200海里内およびジブラルタル海峡の、アメリカ船舶の通航禁止を宣言した。
これで一気に米英関係が緊張する。
そして当然ながら、アメリカが言いなりになるはずもない。
アメリカは堂々とジブラルタル海峡を航行し、アルジェリアの自由フランスに物資を届けてみせた。
これに怒ったイギリスが、とうとう米艦船への実力行使を警告する。
イギリスはジブラルタルへ艦隊を派遣し、海峡の通航を阻もうとする。
しかしアメリカも一向に退かず、また輸送船団を送りこんだ。
結局、どちらも退かなかったため、英米の海戦が発生してしまう。
はたしてどちらが先に撃ったのか、それは分からない。
互いに、敵が先に撃ったと言ってるからだ。
いずれにしてもこの海戦においては、戦力の多いイギリス側の圧勝となり、アメリカの駆逐艦が何隻か沈んだ。
これを受けてアメリカは、待ってましたとばかりにイギリスへ宣戦布告。
とうとうイギリスも、世界大戦に巻きこまれたのだ。
そしてほとんど間をおかず、イギリスから日本への参戦要請が届いた。
それを受けて俺たちも、皇居に招集される。
「先ほど、イギリスから参戦要請が届いた。そこで事前の取り決めどおり、まずはイギリスへの物資支援を表明する」
「そうなると当然、アメリカが文句を付けてくるでしょうね」
「うむ、それにソ連の動きも、油断ができんな」
「おそらく、アメリカの要請で参戦してきますよ」
「その可能性は高いだろうな」
その場には陛下の他、若槻礼次郎、松方巌、西園寺八郎、木戸幸一ら元老に加え、東久邇宮稔彦王、伏見宮博恭王、そして廣田弘毅がいた。
彼らは俺たちが未来人であることを知り、今後の日本の舵取りに協力してくれる同志たちだ。
「はたしてアメリカは、どう言ってくるかな?」
「イギリスへの支援をやめろとか、アメリカ艦船の通航を妨げるな、ぐらいならかわいいもんですね。日本の支配領域を使わせろとか、軍備制限すら押しつけてくるかもしれません」
「フハハ、そこまで言うか?」
「言うでしょう。アメリカにとって日本なんか、その程度の存在ですよ」
「ふ~む、それが本当なら、戦争は避けられそうにないな」
「向こうに避けるつもりがないんですから、無理でしょう」
「……ならば受けるしかないか。ところで軍の方の準備は、どうなっていますか?」
若槻さんの問いに対し、東久邇宮殿下と伏見宮殿下が答える。
「陸軍は主要な人事を内定し、準備は万端です。さすがに動員はこれからですが、それも入念に準備してあります」
「海軍も人事は固まっております。能力のある者を抜擢して、バリバリ働いてもらいましょう。ホッホッホ」
「ありがとうございます。廣田くんの方はどうだ?」
「はっ、すでに主要な候補には内諾を得ているので、ただちに組閣に取り掛かれます」
史実では戦時にも、年功序列式の人事から抜け出せなかった日本軍だが、この世界ではそれも変えるべく、念入りに準備を整えていた。
そしてその序列のトップにある殿下たちが、率先して職を退き、若手を取り立てるよう、動いてくれるのだ。
さらに廣田さんには、いざ対米戦となれば大命が降下し、内閣を率いてもらうよう、話をつけていた。
外交官として長く働き、欧米の事情にも通じている廣田さんならば、この非常時にも存分に腕を振るってくれるだろう。
「うむ、この国の命運が掛かっているのだ。身命を賭して取り組んでほしい。陛下からは、何かありますでしょうか?」
そう問われ、陛下が憂いを顔に浮かべながら、声を発した。
「事ここに至っては、もはや止めようもあるまい。このうえは少しでも犠牲を少なくし、そして早く戦争を終らせるよう、心がけてほしい」
「「「御意」」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その後、英国支援を打ち出した日本に、アメリカから最後通牒が突きつけられた。
それはまるで史実のハル・ノートのように、とうてい受け入れられない内容だったのは、言うまでもない。
この世界の太平洋戦争が、とうとう始まる。




