51.勃発、第2次大戦!
いよいよ太平洋戦争編に突入です。
昭和14年(1939年)3月 東京砲兵工廠
ヒトラーはオーストリアに続いてチェコスロバキアの多くを併合し、さらにポーランド回廊の割譲を、ポーランドに要求した。
史実ではここで英仏がポーランド支持を表明し、それを受けたポーランド外相が、ドイツの要求を拒否するのだ。
それに業を煮やしたヒトラーが、ドイツ軍にポーランド侵攻を命じ、第2次世界大戦の扉が開いてしまう。
しかしこの世界では、少し異なる展開をたどっていた。
「イギリスが中立を表明したか」
「ああ、ドイツを非難はしているが、ポーランドとの相互防衛条約はないな」
「フフフ、どうやら駐英大使は、上手くやってくれたみたいだね」
「せやけどフランスは、ポーランド支持を打ち出してるんやろ?」
「ああ、どこかの大統領の安請け合いを信じて、手を差しのべるみたいだな」
佐島の指摘に、川島が冷静に答える。
それを聞いた中島が、悲しそうな顔でつぶやく。
「でもドイツも、相当ひどいことをしてるんだよね。だったら日本も協力して、止めるべきじゃないのかな?」
「正三。これはそんなに単純なことじゃないんだ。まずは日本が生き残るためには、こうするしかない」
「……本当にそうなのかなぁ」
いまだ納得いかなそうな中島に、俺たちも声を掛ける。
「まあ、この先どうなるかは、誰にも分からないんだ。まずは日本の生き残りを確定させてから、後のことは考えようぜ」
「そうだな。そのために俺たちは、努力してきたんだ」
「ああ、そのとおりや。他人のことまで気にしとる余裕なんて、まだまだあらへんで」
「……そうだね。目的を見失っちゃいけないよね」
「ああ、これからもっともっと、忙しくなるぞ」
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昭和14年(1939年)9月 東京砲兵工廠
その後、8月に独ソ不可侵条約が結ばれると、ドイツはとうとうその牙をむいた。
ドイツ軍がポーランドへの侵攻を開始したのだ。
これを受けて、ポーランドとの相互防衛条約を結んでいたフランスが、ドイツに宣戦布告。
さらに中旬以降にはソ連もポーランドへ侵攻したのだが、なぜかこれには無反応だった。
しかしフランスは宣戦布告をしたはいいものの、戦争をする態勢が全くできていなかったため、国境線でのにらみ合いに終始する。
史実でも言われた”まやかし戦争”の状態で、数ヶ月が経過した。
その間にポーランドは独ソに解体分割され、北欧諸国も蹂躙された。
これに対し、日英はそれぞれ非難声明は出すものの、直接は動かない。
独ソに対し輸出制限はしたが、中立の立場を保った。
ただしナチスがユダヤ人を迫害することは分かっていたので、日本はその保護を表明した。
これによって欧州各地の日本領事館で、難民にビザが発給され、多くのユダヤ人が命を拾うこととなる。
その一方で、アメリカは特殊な動きをした。
国内で中立法を改定し、さらに武器貸与法を早々に成立させたのだ。
これは史実だと1941年に成立するのだが、イギリスが誘いに乗らなかったせいか、2年も早まっている。
そしてルーズベルトは”民主主義の兵器廠”になるのだと言って、武器、弾薬、車輌、航空機、燃料、食料などを、フランスに送りはじめた。
この行為は、国際法では参戦しているとみなされてもおかしくないほどの、異常なものだ。
しかしルーズベルトは、”あくまで支援しているだけで、戦争ではない”と言い張った。
この行為にドイツは抗議したものの、ルーズベルトは平然とそれを受け流し、取り合わない。
驚くほどの、面の皮の厚さである。
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昭和15年(1940年)5月 東京砲兵工廠
そして翌年5月、ドイツ軍はとうとう西ヨーロッパへの侵攻を開始した。
ルクセンブルク、オランダ、ベルギーが次々と降伏し、フランスへもなだれ込む。
しかし史実と違ってイギリスの助力を欠いたフランスが、ここで予想以上の粘りを見せた。
それもアメリカの、なりふり構わない武器・物資援助による効果が大きいのだが。
それでも6月にはイタリアも参戦し、とうとうパリも陥落してしまう。
ここでドイツは傀儡政権を立ち上げて、見せかけの講和を結んだ。
これに対しド・ゴール率いる抗戦派が、北アフリカのアルジェリアに逃亡し、自由フランス国民委員会を立ち上げた。
そしてアメリカの後押しもあって、モロッコ、インドシナ、マダガスカルなどの主要植民地を味方につけ、抗戦を叫んだのだ。
これによってフランス本土内でもレジスタンス運動が活発化し、ドイツの全土掌握にブレーキが掛かる。
そんな中、黒幕であるアメリカは、中立法の抜け穴をつきながら、ドイツを挑発していた。
輸送船に軍艦の護衛を付けて、フランスへ物資を送ったのだ。
そもそも中立法では、アメリカの輸送船は戦闘地域に入れないし、軍艦の護衛は禁止されている。
しかしルーズベルトはそれが戦闘地域であっても、”アメリカの商域である”と言い張って、輸送船を送りこんだのだ。
さらに輸送船団の周囲に、”パトロールだ”と言って、軍艦を哨戒させていた。
そしてドイツの潜水艦を発見すると、躊躇なく爆雷を叩きこんだ。
そのうえで、”潜水艦から攻撃を受けたため、反撃した”と発表したのだ。
もちろんドイツはすぐに反論したが、参戦の口実を探しているルーズベルトは、それをドイツの嘘だと決めつける。
ただしそれでもアメリカの世論は、参戦には傾かなかった。
第1次大戦に巻き込まれたことに、アメリカ国民はほとほと懲りていたからだ。
しかしそうなったら自作自演をするのが、アメリカのお家芸である。
「アメリカの駆逐艦が、ドイツに撃沈されたって?」
「ああ、ドイツは偽装工作だって、訴えてるがな」
「いかにもありそうな話や」
アメリカからアルジェリアへ向かう輸送船団を、事実上護衛していたアメリカの駆逐艦が、大西洋で沈んだ。
しかしドイツの主張では、フランス艦に偽装して潜水艦を攻撃していたらしく、正当な反撃であり、米国の国際法違反とのことだ。
アメリカの参戦理由を作らないため、自重していたドイツ軍に対し、偽装工作を仕掛けるのは、十分にありそうな話だった。
そしてこの事態を受けて、アメリカ国内もようやく参戦やむなし、という雰囲気ができあがった。
もちろん大多数の国民は懐疑的なのだが、ここまで来るともう止まらない。
その数日後にアメリカはドイツに宣戦布告し、本格的な世界大戦が始まってしまう。
そしていまだにそれを静観しているイギリスと日本も、そのままでは済まないだろう。
アメリカとの戦争が一層、現実味を増していた。




