41.市場トラブルを解決しよう
昭和6年(1931年)6月 三菱重工 名古屋工場
”ミツビシコウクウ ノ キキ。シキュウ、ライエン ヲ コウ。
ナゴヤコウジョウ フカオ ジュンジ”
忙しく働きながら、主要な軍人と交流を持ちはじめていた頃、こんな電報が届いた。
それは三菱重工の航空部門からのもので、非常に切迫しているようだった。
その原因に予想がついていた俺は、後島を伴って、名古屋へ跳んだ。
鉄道を降りて、タクシーで工場へ到着すると、三菱の関係者に取り囲まれる。
「ああ、大島さん。来てくれたんですね。助かった」
「大島さん、さっそくこちらへ」
「いやいや、まずはこちらを」
みんな必死の形相である。
しかし俺の体はひとつしかないので、まずは彼らを落ち着かせようとする。
「待て待て、待ってください。まずは皆さん、落ち着きましょう」
「だけど、落ち着いていられる状況じゃ、ないんですよ!」
「いや、焦ってもしかたないでしょう……」
なおも食い下がる人がいる中で、ようやく深尾さんが現れた。
彼の名は深尾淳二。
三菱重工 名古屋航空機製作所のエンジン開発者で、史実でも金星エンジンを開発した人物として有名である。
ちなみに史実ではまだ三菱航空機であるはずの名古屋工場も、三菱重工の設立が早まって、統合されている。
競争力強化を狙って、俺たちが重工の成立を促した結果だ。
そして本来は広島にいるはずの深尾さんも、すでに航空エンジンの開発に携わっていた。
「ああ、大島さん。よく来てくれました。事情を説明するので、こちらへ」
「了解です。問題は、例のエンジンですよね?」
「ええ、例のやつです」
憔悴しきった顔の彼に案内され、俺たちは工場の一角に入る。
そこでお茶を出されながら、話が始まった。
「この春から出荷している89式艦上攻撃機で、トラブルが続出してるんです。このままだとうちは、欠陥品メーカーの烙印を押されてしまう」
「だからもうちょっと、検証するべきだと言ったんですがね」
「それは重々、承知しています。しかし上からの指示で、どうしようもなかったんですよ」
俺の指摘に、深尾さんが情けなさそうな顔で答える。
実はこの件に先立って、俺たちは89式の開発に協力していた。
89式はイスパノ・スイザのV12水冷エンジンを採用していて、これがかなりな難物だった。
元々、450馬力版で実績を積んでいたのだが、それを650馬力にパワーアップしたら、問題が続出したのだ。
それは主に冷却能力の不足によるもので、三菱も必死で対策した。
しかし日本で使えるガソリンはオクタン価が低いのもあって、デトネーション(異常爆発)が頻発。
おかげでピストンの焼付き、コンロッドの折損、排気弁の損傷などが続発したのだが、一連の対策でなんとか治まったようには見えた。
それでも俺は、さらなる検証と対策を提案したのだが、三菱重工は製品化を急いでいた。
その結果が、納品後の不具合続発として、はね返ってきたのだろう。
その後、不具合の内容について確認してみると、やはりデトネーションが起こっているようだ。
「やはりデトネーションが原因のようですね。それがなぜ再発したのか、原因を調べましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「任せてください。でも深尾さんは、少し寝たほうがいいですよ」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ、ちょっとだけ……」
まるで地獄で仏にあったような顔で、深尾さんが仮眠を取りに行く。
そんな彼を見送ると、俺と後島の戦いが始まった。
残った人たちと一緒に、不具合の起きたエンジンを分解し、綿密に調査していく。
時には部品を切り刻んで、原因をさがし求めた。
そして明らかになってきたのは……
「やっぱり鋳造不良か」
「いや、これを鋳造不良って言うのは、酷じゃねえ?」
「とはいえ、実際に冷却能力は落ちてるからな。これは追加工で、なんとかなるだろう」
それはシリンダーブロックの、微妙な不具合だった。
通常なら見過ごされるほどの、水路の寸法精度の狂いが、冷却性能を落としていたのだ。
さらにそれに加え、
「海軍の使ってるガソリン、品質が悪いな。これは改善が必要だ」
「だけどハイオクガソリンは、まだ量産できてないんだろ?」
「ああ、だから当面は、制爆剤を使うしかないな」
「制爆剤って、四郎に作らせるのか?」
「ああ、それが一番、てっとり早い」
どうやら海軍の使っているガソリンが、三菱で使っていたものより、オクタン価が低かったらしい。
そこに冷却能力の劣ったエンジンが組み合わさり、デトネーションを引き起こしていたと思われる。
それを知った深尾さんが、がっくりと肩を落とす。
「そんな馬鹿な。ちゃんと海軍指定のガソリンで、確認していたのに……」
「その点は申し訳ありません。今後は品質管理を強化すると同時に、ハイオクタン化も進めますので。それまでは制爆剤で対応するよう、手配もします」
「制爆剤、ですか? それはいったい、どんなもので?」
「4エチル鉛っていう薬剤を添加するんですよ。欧米ではぼちぼち、使われてるみたいですね」
「なるほど……それではうちは、エンジンに追加工をするだけでいいんですね?」
「ええ、今回は互いに不備があったということで、手打ちにしましょう。軍の方には根回しをしておきますから」
「はい、それは助かります。本当に、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をお掛けします」
とりあえず方針が決まったことで、三菱側関係者の顔が、一様に明るくなる。
その後も細かいことを打ち合わせてから、帰り際に深尾さんに話しかける。
「ところで深尾さん、ひょっとして、空冷エンジンへの転換を、考えていませんか?」
「えっ、どこでそれを?!」
「いや、工場の方で、ちょっと見かけたもので」
「ああ、そういうことですか……ちょっとこちらへ来てもらえませんか」
そう言って深尾さんは、俺たちを隅の方へ誘う。
「実はまだ、正式に根回しはできてないんですが、空冷への転換を考えてます。日本の技術では、水冷はまだ早いように思うんですよ」
「そうですか。しかし今までの蓄積を、ムダにしてしまうのも惜しいですよね?」
「それはそうですが、今回のようなことを続けていては、うちの部門は整理されてしまうかもしれません……」
深尾さんは悩ましい顔で、心情を吐露する。
そんな彼に、俺は提案を持ちかけた。
「それなら深尾さん。水冷エンジンを、外部に委託しませんか?」
89式艦上攻撃機の不具合は実際にあったもので、海軍からは”使い物にならぬ”とダメ出しされたそうです。
鋳造不良うんぬんの話は創作ですが、似たようなことがあったんじゃないかなぁと。
こういうトラブルの対応って、大変ですよね、ほんと。(^_^;)




