37.軍教育改革の成果
昭和5年(1930年)12月
この世界の日本では、自動車、航空機、電子・電気機器、化学、製鉄、発電、建機など、さまざまな分野の技術が、大きく発達していた。
しかしそれらを使う日本軍はどうだったかというと、もちろん様々な変革が進んでいた。
まず1908年から取り掛かった軍教育の改革だが、それがひととおり済んだのが、ようやく1913年だった。
数多の組織が絡むため、再編するだけでも、それほどの時間が掛かったのだ。
これによって各教育機関は陸海共通となり、それだけで陸海軍人の距離が少し縮まっている。
なにしろ士官学校、軍大学、軍医学校の基礎課程は陸海共通だし、幼年学校にいたっては全て同じだ。
つまりそれだけ、陸海の人間が顔を合わせる機会が増えるだけでなく、互いの事情も見えてくる。
例えば陸軍は、基本的に大陸方面を担当しているので、清国、正統ロシア大公国、韓国、中華民国、そしてソ連に関する情報が、海軍に流れる。
逆に海軍は太平洋方面が主なので、南洋地域の状況やアメリカの情報が、陸軍に流れる。
するとおぼろげながら、”陸軍はこんなふうにソ連や中華民国に対抗しようとしているが、海軍は現状ではアメリカに対抗する目処は立っていない”なんて事情も見えてくる。
すると、”当面はアメリカには外交で対応するしかない”という認識なども、多少なりと共有されるようになったのだ。
これは陸海がいがみ合っていた史実とは、相当に異なる状況である。
現状でも多少の勢力争いはあるものの、史実よりもかなりマイルドになっているのだ。
しかしここまで行くには相当の葛藤もあり、俺たちもその課程でひと肌ぬいでいた。
それは例えば、”なぜこんなに陸海はいがみ合っているのか”、について考える場を設けることなどだ。
これはまず、乃木さんと東郷さんに、わりと話の分かる高位軍人を、10人ほど集めてくれと、お願いすることから始まった。
すると彼らは快く、皇族を含む高位軍人を呼んでくれた。
彼らが集まった皇居内の一角で、俺たちは陸海がいがみ合う理由を討論した。
しかし当の本人たちは、それぞれのメンツがあって本音を話せない。
そこで俺たちが、それぞれの思惑や事情を、指摘してやったのだ。
まず陸軍は、その数の多さと歴史の長さから、どうしても海軍を下に見がちだ。
それに対して海軍は、たしかに少数だが、艦船を操るという特殊な技能を誇りに思っている。
それに加えて日本の海軍は、常に陸軍に吸収されないかと、危機感を覚えてきた。
それがゆえの意地の張り合いと、予算のぶん取りあいなのだ。
俺たちが遠慮なくそれを指摘したら、多くの者が顔を真っ赤にして、反論してきた。
しかしさすがに東郷さん、乃木さんが選んだ人たちである。
いろいろと議論するうちに、”う~ん、それもあるか”、と認める雰囲気になってくる。
そのうえでさらに、そんな縄張り争いがいかにムダで、国力を消耗するかという実例を示してやる。
時代や国名をぼかして、歴史上の失敗談を披露したのだ。
その多くが史実の日本軍だったのは、なかなか皮肉な話である。
そんな実例をもって示してやると、参加者たちもそれがムダどころか、害悪であることに気づく。
”そういう意味では、今度の教育改革に意味はあるのか?”、と認める雰囲気になったところで、陛下(大正天皇)の登場である。
隠れて議論を聞いていた陛下は、
「帝国を守るという、同じ目的のために働いているのに、そのようにいがみ合ってしまうのは、残念なことだ。もちろん人である限り、争いは避けられないが、もっとやりようはあるであろう。それを実現するために、力を貸してくれんか?」
とおっしゃった。
そう言われれば、参加者たちに否はない。
20人弱の改革推進派の、出来上がりである。
そんなことを数回やったことで、ずいぶんと改革がスムーズに進むようになった。
この懐柔策に加え、左遷や予備役入りをためらわない強硬策を交じえ、ようやく軍教育の改革は成ったのだ。
そのうえで、より実践的なカリキュラムを整え、軍の評価・昇進制度も見直した。
その過程では、機関課出身の軍人の待遇を改善したりもした。
これは史実の日本軍でもくすぶっていた話で、機関課の将校は兵の指揮権もないし、大将に上がれないなどの差別があった。
これは理由がない話でもないのだが、やはり差別された側は面白くないし、士気も上がらない。
そこでいくつか条件を付けながらも、待遇を改善していった。
他には例えば、指揮官にはワンランク上の視点を持つよう、意識づけたりもした。
これは分隊長なら小隊長、小隊長なら中隊長といった具合に、上位の立場になって考えることだ。
これによって、上司の意図を察することもできるし、いざ上司が指揮不能になった場合、迅速に指揮権を移譲することも可能になる。
もちろん誰にでも簡単にできることではないが、これによって多少は、軍人たちの意識が変わったという。
また将校たちには、さらなる変化を強いた。
例えば彼らの評価項目で、各種戦術や戦略についてのレポートが、重視されるようになったのだ。
これは各軍における戦術や戦略を考察し、それを提案するものだ。
もちろん規模の大きいものほど評価は高くなるが、それなりの根拠も示さねばならないので、大ボラを吹いていればいいというものでもない。
しかしこれも得手不得手があるわけで、誰もが書けるものではない。
それでもそのレポートが有効と認められれば、昇進が早まるのだ。
優秀な軍人ほど、こぞってレポートを提出するようになった。
おかげで精神論だけを振りかざすような連中は、その勢いを失っている。
頭でっかちな連中ばかりにならないよう、気をつける必要はあるが、これはこれで歓迎すべき変化だと思う。
ちなみに太平洋戦争で有名な軍人の階級は、現時点ではこうなっている。
【陸軍】
少将:寺内寿一、杉山元
大佐:畑俊六、梅津美治郎、永田鉄山★、山下奉文★、今村均★、本間雅晴★
中佐:石原莞爾★、土肥原賢二、板垣征四郎、東條英機
少佐:栗林忠道★、宮崎繁三郎★、牟田口廉也
【海軍】
少将:大角岑生、永野修身、米内光政、堀悌吉★
大佐:及川古志郎、山本五十六、嶋田繁太郎、三川軍一★、小沢治三郎★
中佐:古賀峰一、南雲忠一、豊田副武、井上成美、近藤信竹、角田覚治★
山口多聞★、大西瀧治郎★、岡敬純★、田中頼三★、西村祥治★
少佐:伊藤整一、原忠一、宇垣纏、木村昌福★
大胆な軍縮を実施したこの世界では、基本的に昇進が遅れている。
しかし★の付いている人たちは、ほぼ史実どおりに昇進していたりするのだ。
元々、頭のいい人たちであるだけでなく、俺たちが陰ながら、ヒントを与えているからだ。
もちろん、そのヒントを活かせるかどうかは、その人次第。
実際にヒントを元に、立派なレポートを作成した結果、ライバルに一歩先んじているわけだ。
この調子で理性的な人たちが、軍の上層部を形成してくれれば、日本の未来も明るいんじゃないかな。
基本的に★のついてる軍人さんが、今後活躍する可能性が高いです。
単純に”あの人は活躍させてやりたいな”という筆者の願望の表れなので、あしからず。




