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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第3章 白銀の魔女
41/195

吟遊詩人

◆剣の乙女シロネ


 アルゴア王国は、人間の国の中でもっとも北にある最果ての王国だ。

 チユキさんが言うには、アルゴアとはこの世界の言葉で「監視する」と言う意味があるらしい。

 元々は百の目を持つ巨人の名で。その巨人は1つの目が眠っても他の目が起きているから、空間的にも時間的にも死角がなく、世界を遍く監視する事ができる。故に巨人の名は「監視する」という意味を持つようになったそうだ。

 その巨人の名を冠したアルゴアの人々は、今でもナルゴルを監視しているのだろう。

 そもそも、アルゴアはアケロン山脈の南に広がるように存在していたゴブリンの王国に対抗するために作られた砦が元となった国である。

 その砦にナルゴルを攻めるために、世界の各地から集まった戦士達が来て大きくなった。

 その砦を基地として戦士達はゴブリンの王国を滅ぼした後、アケロン山脈を越えてナルゴルへと攻めて行った。

 そして、誰一人として帰ってこなかった。

 アルゴアはそんな砦に残った戦士達が建てた国だ。

 そのため、アルゴアは他の国とは違った特色を持っている。

 元々人間の国は人間が住めて、なおかつ城壁が築ける場所に建てられる。しかし、アルゴアは砦を元にしているためかわあまり人の住みやすい土地ではない。そのため、アルゴアはあまり豊かな国ではない。食料事情も悪いみたいだ。

 そして戦士達を祖にするためか、アルゴア人は少し荒っぽい気性だ。

 そのためか、国の内部で争いが起こりやすかった。

 だけど、争いと言ってもせいぜい喧嘩程度で終わるぐらいで、殺し合いまでに発展する事はなかったと聞いている。

 少なくとも前に来た時はそうだったはずだ。


「なんなのですの! この国の人達は!!」


 キョウカさんが文句を言う。

 今、私達はアルゴア王国の客人用の部屋にいる。つい先ほど、オミロスの父親であるアルゴア王に謁見してきた所だ。

 一応、表面上は歓迎してくれているみたいだが、その態度の端々に出来れば来て欲しくなかったという感情が見えている。それは王だけでなく、周りの人も同じように思っているみたいだ。

 オーガという厄介事を招き入れたのだ、嫌がる気持ちもなんとなくわかるけど、あからさまに嫌がる人もいるので少し落ち込む。

 それにリジェナの事もある。彼らは明らかにリジェナに敵意を向けている。

 アルゴアは、つい最近まで内乱状態だった。戦いは終わったが、その痕跡は今でも残っている。

 前にこの国に来た時よりも人の数が少なくなっているのを感じた。理由はおそらく内乱のせいだろう。建物の石壁に残っている傷が、争いの激しさを物語っている。おそらく、かなりの死傷者を出したに違いない。

 そして、その争いを引き起こしたのはリジェナの父親であるキュピウスだ。そのキュピウスの事を今でも憎んでいるのだろう。

 そのキュピウスの娘であるリジェナを保護して連れて来た私達は、招かれざる客なのだろう。


「何なんですか、本当に! リジェナさん自身は争いに加担していないはずですのに!!」


 キョウカさんが怒る。

 リジェナの話では、リジェナ自身は争いに参加してはいないみたいだ。むしろ、止めようとしていた感じがする。

 キョウカさんもそう思ったのか、アルゴアの人達の態度に怒っている。

 そのリジェナは部屋の隅で黙ったままだ。この国に入ってから何も喋らない。


「リジェナさんをこの国に帰す事はできませんね……」


 カヤさんが言う。私も同意見だ。争いがここまで深刻だと思わなかった。誰もリジェナに戻ってきて欲しいと思っていない。

 例外はオミロスだけだ。オミロスだけはリジェナの身を案じていた。だけど、オミロスだけがそう思ってもどうにもできないだろう。

 リジェナがこのままこの国にいれば、やがて殺されてしまうだろう。


「そう思うのなら、私をナルゴルに! 旦那様の元に帰して下さい!!」


 カヤさんの言葉を聞き、それまで黙っていたリジェナが大声を上げる。

 そして大声を出した後、私達を睨む。


「どうしますか、シロネ様?」


 カヤさんが私に聞く。


「うーん。どうしようか……?」


 私は悩む。

 リジェナからは既に色々と情報を引き出せた。正直に言って、彼女を帰しても良いような気がする。

 だけど、オミロスの事が引っかかる。リジェナの事を心配していた彼の事を思うとこのまま引き離すのはためらわれる。


「うーん、オミロス君の事もあるからなあ……」


 私は小さい声で呟く。


「……つまりオミロスさん次第という事ですわね」


「シロネ様がそう決めたのなら、私としては何も言う事はございません」。


 2人も小さく頷く。

 横で聞いているリジェナは少し不満そうである。


「シロネ様、他にも考えなければならない事があります」


 カヤさんがそう言って言葉を続ける。


「何? カヤさん?」


 私はカヤさんに聞く。


「オーガ達の事です。どうやら彼女達は、ミュルミドンをアルゴアの周りに配置しているようです。いずれここに来ると思われます」


 カヤさんの言葉に頷く。

 オーガ達は私達を狙っている。正直邪魔だ、クロキの相手をするだけでも精一杯だと言うのに。


「カヤ。オーガさん達がここに来る前にこちらからなんとかできませんの?」


 キョウカさんの言葉にカヤさんは首を横にふる。


「この国の人達の話では、蒼の森の女王クジグの居所である御菓子の城の居場所は誰にもわからないそうです。ただ、甘い匂いがしたら全力でその場を離れなければならないと言う言い伝えがあるだけです。蟻達の来る方向を調べればわかるかもしれませんが……、かなり時間がかかりそうです。その間にクロキさんが来る可能性があります」

「そうですのね……」


 キョウカさんは落胆する。

 クジグの居場所を探す間にクロキと入れ違いになるかもしれない。だから、オーガ達の対策が取れない。

 エチゴスから何かを聞き出せれば良いのだけど、体内に蟲を埋め込まれた彼は、今この国の薬師の元で療養中である。とても会話ができる状態ではない。

 また、もしかするとこの国の誰かに蟲を埋め込んでいるかもしれない。だけど、この国の全ての人を検査する事は難しい。


「ホント、めんどくさい相手よね」


 私はオーガ達の悪口を言う。


「ですが、無視することもできません。ですから、オーガは私が相手をしようと思います。シロネ様はクロキさんの相手をしてください」

「ごめん、カヤさん……」


 私は謝る。


「1人で大丈夫ですの、カヤ?」

「オーガの数匹ぐらいなら、私1人で何とかなります、お嬢様。それよりもシロネ様の方が大変だと思います。クロキさんはもちろん、あの白銀の髪の女の子はおそらく、オーガよりも遥かに強いでしょう。ですからシロネ様、無理はなさらないでくださいね」

「うん、わかったよ。カヤさん」


 そう言って頷く。


「ふんだ、あなたなんか旦那様にやられちゃえば良いわ!!」


 そんなやり取りを横で聞いていたリジェナが悪態をつく。

 私達はそれを聞いてため息をつく。

 拘束されて腹立たしい気持ちはわかるけど、もう少しどうにかならないのだろうか?


「ところで、リジェナさん。質問があるのですが」


 カヤさんがリジェナに質問を始める。


「何ですか?」


 リジェナは怒ったように答える。


「あなたはいつまでナルゴルにいるつもりですか?」

「えっ?」


 カヤさんの質問を聞きリジェナは戸惑う。


「どういう意味ですか?」

「あなたの話では、クロキさんはあなたやあなたの一族を人の世に帰そうとしているみたいに感じますが?」


 ナルゴルは魔物の世界だ。人間の住める世界ではない。クロキがいるから、何とかナルゴルで生活できているのだろう。

 そのため、クロキはリジェナを人の世界に帰そうとしているようだ。だけど、人間の世界になんのコネもないので受け入れ先を見つけるのに苦労しているみたいである。


「それがどうしたの? 確かに旦那様は私達を人の世界に戻そうとしているわ。でも受け入れてくれる国なんて、そう簡単に見つかるわけがないわ」


 リジェナはあきれたようにカヤさんを見て言う。

 この世界では、親がその国の市民でなければ市民権を得る事は難しい。

 この世界では、人が住める土地は限られている。そのため、食料等の関係から市民を無制限に増やす事はできない。なので、余所者に市民権をあたえる国家はまずありえない。

 自国の市民、もしくは協定を結んだ国の市民でなければ入国すら難しいだろう。

 それに、市民権を得られても働き口がうまく見つかるとは限らない。

 クロキの事だから、リジェナ達の市民権はもちろん、その後の生活まで考えて受け入れ先を探しているに違いない。

 クロキは一度拾った命を無責任に放り出したりはしない。放り出せば楽なはずなのに難儀な性格だ。

 だけど、人付き合いが苦手なクロキに受け入れ先を見付けるのは難しいだろう。だから、リジェナ達はナルゴルから出る事ができないのだ。


「あら。それでしたらわたくし達が面倒を見て差し上げましょうか?できますわよね、カヤ?」


 キョウカさんが言うとカヤさんが頷く。


「確かに私共なら可能だと思います、お嬢様。お金もありますし、女神レーナの寵愛を受けた勇者の妹の名を使えば、どこかしらの国が受け入れてくださいます」


 その言葉にリジェナが驚く。

 でも、確かにキョウカさん達なら可能だろう。キョウカさんの力を使えば、どこかの国の市民権を得る事もできるし、働き口も見つけてくれるだろう。おそらく、クロキよりも頼りになるはずだ。


「うう……だけど私は旦那様の側に……」


 リジェナもそう思ったのか言葉がつまる。

 おそらくリジェナは、ナルゴルでクロキの側にいたいのだろう。

 だけど、クロキはリジェナをナルゴルから出そうとしている。


「リジェナさん。あなたは良くてもあなたの一族をずっとナルゴルに置いておくつもりですか?」

「ううっ!!」


 カヤさんの言葉にリジェナは呻く。

 痛い所を突かれたみたいだ。自分はナルゴルに残りたくても一族をずっとナルゴルに置いておくわけにはいかないのだろう。


「まあ、すぐにとは言いませんわ。気が変わったらいつでもわたくしを訪ねていらっしゃい」


 リジェナはキョウカさんの言葉に何も答えない。指をかみ、色々と考えているみたいだ。

 その後、色々と話しをしていると扉の外から声が聞こえる。

 私が扉を開けるとリエットが立っていた。

 リエットの前には車輪の付いた台があり、その上には食べ物が置かれていた。

 どうやら食事を持って来てくれたみたいだ。

 本来なら王様と会食する所だが、リジェナの事もあるので別に食べる事になったのだ。


「おっ! おしょ! お食事を持ってきましたっ!!」


 リエットの声は緊張しているのか噛み噛みだ。そして、リエットは台を押し部屋へと入る。


「あの……その……」


 リエットはおどおどしている。おそらく、私達が怖いのだろう。

 アルゴアの人達はレイジ君がこの国で暴れた事を今でも覚えている。私達を見る目に怖れを感じる。

 リエットは震えながら料理を並べる。

 リエットは私達の世界でなら小学校高学年ぐらいだろう。かなり可愛い少女だ。

 こんな可愛い女の子から怖がられるのは少し哀しい。

 出された料理はこの世界でも一般的な料理だ。

 豆と蕪のスープに、焼いた鳥肉と果物がついている。そして台の片隅の小瓶はおそらく、魚醤が入っているのだろう。

 量はそれなりにあるが種類が少ない。

 ヴェロス王国で出された食事に比べるとかなり見劣りする。

 まあ、アルゴアはあまり豊かな国では無い事はわかっていたので、驚きはしない。リジェナの事が無ければ、アルゴアには来なかったかもしれないぐらいだ。


「そ……それじゃ……」


 そう言って、リエットは部屋から逃げるように去って行く。

 もうちょっと話しをしたかったけど仕方がない。

 私は料理を見る。質素であまり美味しくなさそうだが、贅沢は言えない。


「リジェナさんも食べませんか? 故郷の料理ですよ」


 私はリジェナを誘う。

 昨晩はもちろん、朝昼もあまり食べていないようだったから、いい加減お腹が空いているはずだ。

 突然可愛らしい音が聞こえる。リジェナのお腹の音だ。食べ物を見て食欲が刺激されたらしい。

 私達は顔を見合わせ笑う。


「なっ、何よ! 別にそんなのいらないわ!!」


 リジェナはお腹を押さえて恥ずかしがる。


「ふふ、リジェナさん。再会した時に元気がないとクロキさんが悲しみますよ」


 カヤさんがクロキを引き合いに出す。


「そうね……旦那様を悲しませるわけにはいかないものね……」


 クロキを引き合いに出すとさすがのリジェナも折れる。

 本当、クロキのどこが良いのだろう。かなりダメダメなのに。


「なかなか豪勢な食事ね……。さすがのモンテス叔父様も勇者の妹様を粗略に扱う事はできないみたいね……」


 リジェナは料理を見て言う。


「この国ではこれが豪華な食事なんですの?」


 キョウカさんが聞く。他の人なら嫌味を言ってるなと思うけど、キョウカさんは嫌味を言う人ではない。素で聞いているのだ。


「そうよ。この国ではこれが豪華な食事なの。魚醤なんてよっぽどの時じゃなければ出したりしないわ……」


 リジェナはキョウカさんの言葉に怒りもせずに答える。

 この世界の調味料は一般的に、塩と酢と果実油だ。魚醤は一般的ではない。

 だけど、私の知識では一般的ではないだけで、そこまで手に入れにくものではないはずだが。アルゴアでは貴重なのだろう。


「本当に貧しい国……。この地ではどんな作物も実らない。ある意味、ナルゴルよりも貧しいわ」

「ナルゴルは貧しいの?」

「人にとっては貧しいわね。それでも、旦那様の配慮でそれなりの物をいただけるわ。ここの食事はナルゴルで出される食事よりも貧しいわ」


 私の問いにリジェナが答える。


「ふーん、クロキは普段どんな物を食べているの?」


「旦那様はですね……」


 リジェナがクロキの事を語り始める。

 リジェナの口は本当に軽い。私が知りたかったクロキの情報をどんどん喋ってくれる。

 だから、彼女からはクロキの情報を充分すぎるほど得る事はできた。

 彼女の話を聞くかぎりでは、クロキは完全には操られていないみたいだ。

 あのクーナって子は、リジェナを邪魔だと思っているみたいだが、クロキはリジェナを排除しようとはしていない。

 だけど、クロキはクーナって子をかなり大切にしているみたいだ。

 クーナはリジェナの話しでは魔王の娘らしい。リジェナが最初にクロキに会った時は全く姿を見せなかったが、ある日突然現れた。

 そして、常日頃からクロキは自分の物だと言っているらしい。

 だからきっとその子がクロキに魔法をかけ、暗黒騎士に変えて操っているのだろう。だけど、支配が不完全だから完全には言う事を聞かせられない。

 それが今までの話を元に推理した結論だ。

 案外クロキと話すよりもその子と会った方が話しが早いかもしれない。

 クロキとクーナは今どこにいるのだろう?

 もしかすると既にアルゴアの近くに来ているのかもしれない。

 一応、アルゴア王国の人達には上空を警戒するようにお願いをしている。クロキはドラゴンを飼っているから空から来る可能性が高い。

 ドラゴンなんて目立つ物が来れば、すぐにわかるだろう。


「待ってるから……。早く来なさい、クロキ……」


 私はそう呟くのだった。





◆アルゴアの王子オミロス


「あの女達は厄病神だな、本当に……。こんなのを連れ込むなんてよ……」


 台車に乗せられた人狼を見て、マキュシスが不平を言う。

 マキュシスと自分は台車で人狼を運んでいる。

 人狼は鎖で体を拘束され動けなくされている。

 最初はアルゴアでもっとも堅固な建物である、貯蔵庫に閉じ込めていたのだが、貯蔵庫の管理者から出来れば他に移して欲しいと言われて別の場所へと移している途中だ。

 アルゴアには牢屋に当たる物がない。牢屋に閉じ込めるぐらいなら死刑にするか追放にするからだ。

 しかし、一時的に監禁する場所なら一応ある。だけど、そこは人間を閉じ込める事は出来ても人外を閉じ込めるには適さなかったりする。


「そんな事を言うべきじゃないよ、マキュシス。彼女は女神様に愛されし勇者様の妹君なのだから」


 不平を言うマキュシスを窘める。

 アルゴアでもっとも信仰されている神様は女神レーナ様である。マキュシスの言葉は、その女神に対する不敬に思えた。

 アルゴアはナルゴルに近いのだから、魔王と敵対する女神を信仰するのは当然と言えた。

 その勇者様と敵対したことでキュピウスのアルゴアの人達から支持を失った事が、内乱の火種の1つになっている。


「そうは言ってもよ、オミロス……。あの女達がアルゴアに来たせいで、暗黒騎士にオーガがここに来るんだぜ。下手をするとアルゴアは滅びるかもしれねえぜ……」


 マキュシスが言いたい事はわかる。この2つの内の1方だけでもアルゴアは滅びかねない程の脅威だ。


「マキュシス。僕たちはアルゴアの戦士だ。暗黒騎士やオーガを怖れてどうするんだい」


 アルゴアの人々はナルゴルに攻め入るために集まった戦士達の子孫だ。その子孫が魔物を怖れてどうするのだろう。


「そうは言ってもよ……」


 アルゴアの戦士達は、時代と共に軟弱になっているのかもしれない。マキュシスが弱気な事を言う。


「心配するなよ、マキュシス。それに彼女達がなんとかしてくれるさ。見ただろう?彼女達の1人がミュルミドンを簡単に倒すのをさ……。マキュシス、君はその場にいなかったから知らないだろう

が、その彼女が言うにはオーガぐらいならなんとかなるそうだ」


 つい先程まで彼女達は父であるモンテスと謁見していた。その時にカヤとか言う女性が父にそう言ったのだ。


「そうか……。ならこれに関してはこれ以上は何も言わねえが、リジェナの事だけはまた別だぜ」


 マキュシスのその言葉に心が暗くなる。

 やはりだめなのか。

 もうリジェナを守る事はできないのだろうか?

 そう思うととても悲しかった。マキュシスだけではない。皆がリジェナを疎んでいる。

 キュピウスの手により多くの人が死んだ。直接手を出してはいないとはいえ、その娘のリジェナもまた皆の仇なのだ。

 リジェナはアルゴアにいない方が良いのかもしれない。

 リジェナと再び出会えて本当に嬉しかった。再び元のように戻れるのではないかと夢想した。

 暗黒騎士の事を考える。リジェナを助けた暗黒騎士はとても優しかったらしい。

 同じ人間がリジェナを殺そうとして、ナルゴルの暗黒騎士がリジェナを助ける。何という皮肉なのだろう。

 だけど、リジェナに不幸になって欲しくはない。だから決断をしなくてはならなかった。

 暗黒騎士はどこにいるのだろう?リジェナを取り戻すために、すでにこのアルゴアの近くに来ているかもしれない。

 そんな事を考えていると目的の場所に着く。

 そこは一軒の空き家である。元は砦の外壁だったところを改修して家にされた所だ。

 そして、キュピウスの一族の家だった所でもある。この家は内乱で唯一無事であり、捕えられたリジェナも一時ここに拘束されていたらしい。

 この家の木製の突き上げ窓は板で打ち付けられ、2か所あった出入り口の1つも板で塞がれている。

 人間ならともかく、人狼を閉じ込めるには少し不安があるが、他に拘束する場所は無い。とりあえずはここに人狼を置くしかないだろう。


「おや、若君じゃないですかい。また誰かを入れるんですかい?」


 この家の前に立つ者に声を掛けられる。明らかにこの家の見張りである。

 なぜ見張りがいるのだろう。そして、発言も気になる。


「また?」


 自分は見張りに聞く。


「ああ、すまねえ。言ってなかったな」


 答えたのは見張りではなくマキュシスだ。


「お前さんが、おじさん所に勇者の妹達を連れて行っている間に怪しい奴を捕えたんだよ」


 初耳である。


「何でも、ミュルミドン達の様子を見に外に行った奴らが偶然見つけたみたいでな。ここからかなり南にあるロクス王国から来たらしいんだ」


 ロクス王国の事は知っている。過去に1度立ち寄った事がある。そこからここまでかなりの距離がある。一体何をしに来たのだろう?


「本人はただの旅人だと主張しているけどな。状況が状況なだけに拘束させてもらった」


 マキュシスの言うとおり、今は緊急事態である。暗黒騎士とオーガが攻めてくるかもしれないので皆戦々恐々としている。

 そして、今拘束している者もエチゴスとかいう者のように手先になっているかもしれない。だから、拘束したのだろう。


「そうか……どんな人なんだ。吟遊詩人か?」


 吟遊詩人は試曲を作り、各地を訪れて歌う人の事だ。

 娯楽が少ないアルゴアでは吟遊詩人は歓迎される。こんな状況じゃなければ拘束されなかっただろう。運が悪い。


「ああ、本人も自分は吟遊詩人だと名乗っていたぜ」


 代わりに答えたのはマキュシスだ。


「荷物を検査したら壊れているけど、楽器も持っていたしな。ああ、そうだ。他にすげえ物を持ってたんだ」

「すげえ物?」


 マキュシスはそう言うと見張りの横に置いている物を手に取る。


「ほら、見てみろよそれ」


 マキュシスが差し出した物を手に取る。


「盾?」


 それは円形の盾だった。

 所々に宝石が埋め込まれ模様があり、かなり高価な物に見える。

 そして、ある事に気付く。


「これは……。もしかして、魔法の盾かっ!!」


 盾は外からの光を反射しているわけでもないのに、ほのかに輝いている。

 確かにすごい物だ。魔法の道具なんて簡単に手に入る物ではない。

 キョウカ様達が持っている物に比べれば見劣りするが、それでも珍しい物だ。

 魔法の武器防具は人間には作る事ができず、ドワーフに作ってもらうしかない。そのドワーフでも材料が無ければ魔法の武器防具を作る事ができない。そのため、魔法の武器防具を持つ事が出来る者は少ない。

 拘束された吟遊詩人の事を考える。一体何者なのだろう?


「それ、お前の物にしちまえよ、オミロス。これから暗黒騎士やオーガと戦わなきゃなんねえかもしれねえんだからよ」


 確かにマキュシスの言うとおりである。これから戦いになるかもしれない。だから、魔法の防具を持っていた方が良い

 しかし、自分はマキュシスの言葉に首を横に振る。


「駄目だ、マキュシス。それは誇りある戦士のする事じゃない」


 たとえ、どんなに苦しくてもそんな事をするべきではない。

 他人の物を奪ってはならない。旅をしている時に思った。ゴブリンやオーク達という敵がいるのだ、人間同士で奪い合ってはいけない。

 だから、この盾は持ち主に返すべきだろう。


「そうか……。お前がそう言うんじゃ仕方がねえな」


 マキュシスは仕方が無いと手を上げてしぶしぶ了承する。


「だから、この盾と荷物は持ち主に返すよ。扉を開けてくれないか、中の人に会いたいんだ」

「わかりました、若様」


 見張りの者が扉を開ける。

 中に入ると中には何もない、家具類は全て持ちだされたのだろう。その部屋の隅で座っている者がいる。おそらく彼が、吟遊詩人だろう。

 自分達が入って来た事に気付いたのか立ち上がる。


「すみません。旅のお方よ。このような目に会せてしまって」


 吟遊詩人に頭を下げる。


「いえ、顔を上げてください、王子様。別に構いませんよ。どうやら間が悪い時に来たようですから」


 吟遊詩人が許してくれる。そしてなぜ王子だとわかったのだろう?


「そうですか」


 顔を上げて吟遊詩人を見る。

 年齢は自分と同じぐらいの男性だ。黒い髪に整った顔立ちをしている。よく見るとパルシスよりも美形かもしれない。

 だけどあまり目立つ容姿はしていない。

 服装も地味だ。着飾れば女性にもてるかもしれないが、派手な服装が好きではないのかもしれない。

 そんな事を考える。

 容姿からは彼が何者かわからない。だけど取りあえず荷物を返そう。


「荷物はお返しいたします」


 見張りの者に楽器と彼が持っていた荷物を渡すよう促す。

 彼は楽器と荷物を手に取る。


「そして、これも……」


 手に持っていた盾を差し出す。

 だけど彼はそれを受け取らない。


「その盾はあなたに差し上げます、王子」

「「「えっ?!」」」


 後ろの2人も同じような声を上げる。


「何か大変な事が始まるのでしょう。だったらその盾が役に立つはずです」

「もしかして、外の会話が聞こえていました?」


 別にこの家は防音になっているわけではないはずだ。だから外の話し声が聞こえたのかもしれない。

 吟遊詩人は「ははは」と笑いながら後ろ頭を掻く。


「いえ、このような大切な物を貰うなんて……」


 魔法の防具は貴重な物だ。金貨をどんなに積んでも売らない者もいるくらいだ。

 しかも貸すのではなく、くれるなんて信じられなかった。


「その盾はあなたが持つべきですよ、王子。あなたの助けになると思います。それであなたの大切に思う人を守ってあげて下さい」


 しかし、吟遊詩人は首を振って答える。本当に何者なのだろう?


「もらっとけよ、オミロス! それにしても良い奴だな、お前! 俺んちに来なよ、豆料理を御馳走してやるよ!!」


 マキュシスが吟遊詩人の肩を叩きながら言う。

 豆料理が御馳走かどうかは疑問に思うが、この国で出せる料理はそれぐらいしかない。


「そうですね。この家には人狼を入れます。ですから、あなたは私共の家に来て下さい。盾のお礼をいたします」


 マキュシスと同じように食事に誘う。

 この者が何者かはわからない。だけどマキュシスの言うとおり、お礼をするべきだろう。


「いえ、ここで良いですよ。何か大変な事が始まるみたいですし」


 しかし、吟遊詩人は首を振って断る。


「しかし、ここには人狼が入りますよ」

「大丈夫ですよ。人狼は鎖で拘束されているみたいですから……。それに人狼とも話しをしてみたいですからね」

「そうですか……」


 人狼と話をしてみたいとは変わった人だと思う。しかし、吟遊詩人は好奇心が強い者が多いと聞く。彼もそうなのかもしれない。


「ですからお気になさらず」


 吟遊詩人は笑って答える。


「へえ。人狼と話しをしたいだなんて変わった奴だな。じゃあ後で妹に飯でも持って来させてやるよ」


 マキュシスが笑う。自分が思ってても口にしなかった事を代わりにマキュシスが言う。失礼ではないだろうか?


「そういや、あんた名前何て言うの?」


 マキュシスが言葉を続ける。

 そういえば吟遊詩人の名前を知らない。

 名前を聞かれた吟遊詩人は少し考える仕草をした後で答える。


「私の名前はクロと申します」


 クロという名前はあまり聞かない名だ。ロクス王国から来たと言っていたが、本当はもっと遠い国の生まれなのかもしれない。


「クロか、変な名前だな」

「マキュシス!!」


 マキュシスがまた失礼な事を言う。


「連れが失礼をいたしました、クロ殿」

「いえ、特に気にしてませんから」


 クロは手を振って答える。


「ところで王子様。この国にはパルシスという英雄がいると聞いたのですが……?」

「なんだ、お前さん。パルシスが目当てか?」


 吟遊詩人は英雄を歌う事を好む。

 パルシスはゴブリン退治で近隣諸国でも有名になっている英雄と呼ぶにふさわしい男だ。

 吟遊詩人に謳われても不思議ではない。

 彼はパルシスに会って歌を作りたいのだろう。


「確かにパルシスはこの国にいます。ですが今は留守にしています」

「そうですか……」


 クロは少し残念そうだ。きっとパルシスに会いたかったのだろう。


「はは、クロ殿は本当はパルシスにこの盾を渡すつもりだったのではないですか? もしパルシスが帰ってきたら私からパルシスに渡しましょうか?」


 英雄にこそ魔法の武器や防具はふさわしい。特に能力がない自分がこの盾を持つよりもパルシスが持っている方が良いのかもしれない。

 だから笑いながらそう言う。


「いっ、いやっ! それは駄目です! 王子様! 絶対にその盾をパルシスに渡してはいけません! あなたが使うべきです!!」


 突然、クロが慌てたように言い出す。先程までの落ち着いた態度が嘘みたいだ。


「えっ?あっ、はい?わかりました……」


 勢いに押されてそう答える。


「すみません、王子様。取り乱してしまって」


 クロはそう言って、はははと笑う。やはり彼は何者なのだろう?少し怪しく思う。

 だけど、考えてもわからないだろう。

 少し話し過ぎた。そろそろ行くべきだろう。暗黒騎士やオーガが来る前に守りを固めておかなくてはならない。


「ではクロ殿。私共はこれで」


 そう言ってクロに頭を下げる。


「いえいえ」


 クロも頭を下げる。

 そして自分達は家を出る。


「マキュシス。クロ殿をどう思う」


 家を出てしばらくしてマキュシスに聞く。


「さあ……。ただ何となくだけど只者じゃない気がするぜ」


 どうやらマキュシスもクロを只者ではないと思っていたようだ。


「でもさ、盾もくれたし良い奴なんじゃねえの?」


 しかし、続けて気楽な事を言う。


「お前なあ……」


 でもマキュシスの言うとおり悪い人には見えなかった。


「どうする。あの女達の所に連れて行くか? 体内に蟲を埋め込まれているかもしれねえぜ」


 確かに彼は怪しかった。だから彼女達に報告すべきなのだろう

 だけど、その言葉に首を振る。


「いや、やめておくよ……」


 オーガの手下ならば連れて行くべきだろう。

 だけど、何か違う気がする。オーガの間諜と言うには彼は逆に怪しすぎる。

 それに、蟲を埋め込むなら直接アルゴアの誰かにした方が速い。その隙ならいくらでもあるはずだ。わざわざ外の人間を使う必要はない。

 だから、彼はオーガの手下では無いと思う。

 では彼は何者だろう?オーガの手下ではないなら暗黒騎士の手下だろうか?

 まさか暗黒騎士本人ではないだろう。だけど、手下の可能性はある。盾をくれた理由はわからないが、何らかの意図があるのかもしれない。だけど、あえてそれに乗ろうと思う。

 だからこそ彼女達には何も言う必要はない。


「そうか……お前がそう言うなら何も言わねえ」

「すまない……」

「良いぜ。お前の好きにしろよ……」


 マキュシスは言葉は悪いが自分の事を考えてくれている。それに感謝しなくてはならない。


「行こうか、マキュシス」

「ああ」

 

 そう言って歩き始める。




◆吟遊詩人クロキ


「何とかうまく会えたな……」


 吟遊詩人に変装してアルゴアに潜入したのはオミロスに会うためだ。

 1度どんな人なのか会ってみたかったのだ。なかなか良い人のようだ。彼ならばリジェナを任せられそうな気がする。

 だからドワーフのダリオ殿に特別に作ってもらったのだ。

 それにしても少し予定が狂った。まさか拘束されるとは思わなかった。もしもシロネ達の所に連行されるのならば逃げなければいけない所だった。

 壊れた楽器を触る。元は竪琴だった物だ。


「吟遊詩人なら楽に入国できると聞いたんだけどね……」


 リジェナの婆やから、吟遊詩人だと簡単に入国できると聞いた。そして変装してアルゴアまで来た。

 隠形を使わなかったのは正面から堂々と会って話しをしたかったからだ。彼がどんな人なのか知りたかった。

 隠形で近づいて会っても警戒されてまともに話ができるとは思えず、人となりを知る事ができないだろう。

 まあ結局、どこか怪しまれたみたいだ。だけど人となりは知る事が出来たと思う。

 後はパルシスを排除して、リジェナの意志を確認するだけだ。

 だけど、パルシスはどこにいるかわからず、リジェナの側にはシロネ達がいる。

 パルシスの狙いは自分とシロネ達が争っている間にリジェナを攫いに来るかもしれない。だから、手を打たねばならない。

 クーナがシロネ達を何とかすると言って飛び出したけど、どこに行ったのだろう?正直嫌な予感しかしない。

 自分はクーナやシロネの事で手を離せないかもしれない。パルシスが動いた時に自分は何もできないかもしれない。

 もし、リジェナを救える者がいるとすれば、それはオミロスだろう。

 リジェナの事は出来る限りは助けてあげたいと思う。でも、自分にはそこまでの力がない。自分にもっと力があればもっと助けてあげられるのだけど、うまいやり方が思いつかない。

 だから、オミロスに頑張って欲しい。

 オミロスに盾を渡したのはそのためだ。

 元々、盾はリジェナが自分の元を去る時に餞別としてあげようと思っていた物の1つだ。

 オミロスに与えても問題は無いだろう。

 また、障害となる物はなるだけ排除してあげておこうと思う

 この部屋に運び込まれた人狼を見る。この人狼はこの国の人間が話しているのを横から聞いて知ったが、確かオーガの手下らしい。

 オーガ達の事はよくわからない。なぜシロネ達を狙っているのだろう?

 もしかするとリジェナ達の障害になるかもしれない。だから、オーガの情報が欲しいと思った。

 人狼に近づき口を塞いでいる鎖を外す。


「くはっ!!」


 口元が自由になり人狼は大きく息を吐く。


「おい、お前。俺を自由にしろ! そうすりゃ、クジグ様にお前の命だけは助けてもらえるように言ってやるぜ!!」


 人狼の言う名に聞き覚えがある。ヴェロスで会ったオーガの名だ。


「えっと、すみません……。そのクジグってオーガの事で聞きたい事があるのですが」


 自分は頭を下げて人狼に聞く。


「ああ! てめえ頭がおかしいのかよ! 早く解けって言っているんだよ!!」


 どうやら普通に聞き出すのは無理のようだ。

 人狼は命だけは助けてやると言っているが、自分に向けて殺気を放っている。鎖を解いたら自分を殺すつもりのようだ。


「仕方がないか……」


 人狼とはいえあまりこの手段は使いたくなかった。

 恐怖の魔法。

 魅了の魔法と同じように精神を操る魔法だ。この恐怖の魔法を受けた者は相手に耐えがたい恐怖心を抱くようになる。

 だからこの魔法は好きになれない。たとえどんな相手でも心を操るのは良くないと思う。

 だけど、状況によっては使う事にためらいを持つことはしない。

 人狼の頭に手を置き魔法を発動させる。


「おお……おま……あなたは……」


 人狼が震えだす。目が限界まで開かれ口がぱくぱくと動いている。


「人狼よ、名前を言え」

「ダっ……ダイガンです! 怖ろしいお方よ!!」

「そうか、ダイガン。これからは自分に従え」

「はっ、はいいいい!!」

「それではダイガンよ。知っている事を……」


 ダイガンに知っている事を聞こうとした時だった。

 突然扉が開かれる。


「食事を持って来たよ」


 扉から入ってきたのは10歳くらいの女の子だ。その女の子が押している台車の上には、2つの皿が乗せられている。


「ありがとう、御嬢さん」


 お礼を言う。

 この子がいたのでは聞き出す事は不可能だ。食事を置いたら早く出て行ってもらいたい。

 女の子が持って来たのは豆のスープのようだ。

 広い耕地を必要とせず、城壁の中でも栽培が可能な豆はこの世界のどこの国でも食べられている。


「なんだ豆かよ。肉を寄こせよ……」


 匂いから豆のスープだとわかったのだろうか?ダイガンが食事を持って来てもらいながら贅沢な事を呟く。少し睨む。


「いやー、おいしそうな豆だな。豆大好物なんですよ!!」


 自分が睨んだせいだろうか、ダイガンが言い直す。


「豆が好きだなんて……、狼は肉が好きだと思ってた」


 女の子が不思議そうな顔をする。

 女の子はスープを自分達の前に置くと自分の前に座る。


「えっ!?」


 なんで自分の前に座るのだろう?


「ねえ、吟遊詩人なんでしょ。何か歌ってよ!!」


 女の子は期待した目でこちらを見る。そういえば吟遊詩人に化けているのだった。


「前に来た吟遊詩人の歌は面白かった。おじさんも何か歌って!!」


 おじさんと呼ばれ少し傷つく。だけど、この年齢の少女から見れば自分でもおじさんなのかもしれない。

 吟遊詩人の歌とは、音楽に合わせて物語を話す歌物語の事だ。それはこの世界の神話であり、英雄譚であり、恋物語だったりする。


「ごめんね……。旅の途中で楽器が壊れてしまってね。今は歌えないんだ」


 自分は壊れた竪琴を見せる。

 嘘である。壊れてなくても歌う事はできない。ここには、わざと壊れた楽器を持って来た。

 吟遊詩人に変装して歌う事を求められたら、壊れた楽器を見せて乗り切るつもりだった。


「えー、つまんない! みんな忙しそうだし、誰も相手してくれないし……。ねえ、何かお話しぐらいはできるでしょ」


 少女に言われて戸惑う。

 正直魔法で眠らせようかと思うけど、こんな少女に魔法を使う事は躊躇われる。


「うーん、そうだね……。それじゃあ、雲海に住む雷竜の話しをしてあげようか……」

「雲海の竜?何それ聞きたい!!」


 少女は目を輝かせる。

 自分は前に会った雷竜の話しをする。


「えーっ、嘘だ。竜が力をくれるなんて」


 少女はまったく信じてくれない。本当の事なのに。


「でも話としては面白かったよ!!」


 そう言って笑ってくれる。

 よっしゃ!!心の中でガッツポーズを取る。

 最近怖がられてばかりだから、少女の反応は嬉しい。


「ねえ、もっと話をしてよ、おじさん!!」

「そうだねえ……」


 次の話しをしている時だった。

 ダイガンが暴れ出す。


「どうしたの? 人狼さん」


 少女がダイガンに尋ねる。


「匂うぞ! 来た、来たぞオーガが来たぞ!!」


 ダイガンは叫ぶ。


「そういえば何か甘い匂いがする……」


 少女の言うとおりだった。何か甘い良い匂いがする。


「オーガのクジグが来やがった!!」


 人狼は鼻が良い。おそらく、本当にオーガが来たのだろう。

 少女と話すのに夢中になって忘れていた。

 立ち上がる。

 どうやら自分も動かなくてはいけないようだ。




◆剣の乙女シロネ


「何、あの城? 近づいて来る」


 私は窓に近寄り外を見る。

 雲一つなく月が明るいため遠くまで見る事ができる。

 月明かりの中、巨大な何かが近づいて来る。


「あれって御菓子のお城かしら?」


 キョウカさんの言葉に私は頷く。この世界での私達の目はすごく良い。城はまだ遠いけど、どんな城なのかはっきりとわかる。


「おそらく、あれがオーガのクジグの城でしょうね。確かお話しだと壁がレープクーヘンで、屋根は菓子類、窓は透き通った砂糖で作られているはずです。この世界の御菓子類の事はよくわかりませんが、似たような物で出来ているみたいですね」


 カヤさんが解説してくれる。

 ちなみにレープクーヘンとは蜂蜜・香辛料、またはオレンジ・レモンの皮やナッツ類を用いて作ったケーキの一種の事だ。


「なんですの、あれ。蟻が城を運んでいますの?!」


 キョウカさんの言うとおり、沢山の蟻人ミュルミドン達がお神輿のように御菓子の城を運んでいる。

 せっかくのメルヘンさが台無しだ。

 御菓子の城はアルゴアの近くまで来ると止まる。

 近くまで来るとさらに良く見える。

 クリームで出来た尖塔。窓は色とりどりの砂糖菓子。壁はレープクーヘンのような焼き菓子。飴細工の灯篭が月明かりの中で御菓子のお城を妖しく浮かび上がらせている。

 その尖塔の1つから光が浮かび上がる。その光は歪み、まるでスクリーンのようにある映像を映し出す。

 間違いなく魔法の映像だ。その魔法の映像が人影を映し出す。

 浮かび上がった人影には見覚えがあった。


「あれは、クーナ様!!」


 一緒に見ていたリジェナが叫ぶ。

 リジェナの言うとおりだ。浮かび上がった人影はヴェロスで会った白銀の髪の女の子に間違いない。

 でも何でオーガの城にあの子がいるのだろう?

 よく見ると映像の端にはオーガらしき物が映っている。

 良くわからないけど、オーガと手を組んだみたいだ。


「出てこい!!シロネ! クーナと勝負だ! もし出てこないなら! 蟻達をその国にけしかけるぞ!!」


 映像の中の少女が叫ぶ。

 見ると御菓子の城の周りにはミュルミドンが蠢いている。


「ご指名みたいですわよ、シロネさん」


 キョウカさんが私を見て言う。


「みたいだね……。ご指名なら行かなきゃいけないかな」


 私は腰の剣を抜く。

 丁度良い、クロキとも話しをしたかったけど、あの子とも話しをしたかったのだ。


「1人では危険です、シロネ様」


 カヤさんが心配してくれる。


「ううん、大丈夫。危なくなったら逃げるよ。それよりもカヤさんはもし、クロキが来たら足止めをお願い!!」


 私はそう言ってカヤさんが止める間も与えず、窓から飛び出す。そして、翼を出して御菓子の城へと向かう。

 飛んでいると羽の生えたミュルミドン達が行く手を阻む。


「どきなさい!!」


 剣を一閃させてミュルミドン達を斬り落とす。


「勝負しようってんなら! 乗ってあげようじゃない!!」




ちょっと長くなりました。

次回はシロネ対クーナです。

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