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「婚約破棄」———華奢な王太子の魂の叫び!?

作者: 一理。

よろしくお願いします。


 煌めくシャンデリア。さんざめく着飾った紳士淑女、王宮の一番大きなホールで開催されていた夜会のその中央付近、色とりどりのドレスをまとった王国の花たちがリードされてクルクルと優雅に舞うその中で〝ドスッ〟という場違いな音が響いた。

〝ドスッ〟ではなく〝ガスッ〟だったかも、いや〝ガツンッ〟だったか? いやいやそんなことはどうでもいい。重要なのは場違いな重い音が響いて中央付近で踊っていた王太子のキャッシャーがぴょんと飛び上がりその場から走って離れたことだ。


 人々は呆気に取られて王太子を眺め、そして王太子に置き去りにされた彼の婚約者、クリスティーナ・ノーキン辺境伯令嬢に目を移した。


 クリスティーナも呆気にとられその場に立ち尽くしている。動揺しているのか両手はまだダンスをしていた姿勢のまま王太子の腕や肩があったであろう位置に上がったままだ。

 周囲で踊っていたデビュタントを迎えたばかりの令嬢令息たちは蜘蛛の子を散らすようにささっとその場から離れ会場の隅に一塊に避難する。そしてクリスティーナはその場に一人ポツンと残された。

 音楽は鳴りやみ辺りがひと時の静寂に包まれる中、走ってクリスティーナの元を離れた王太子はピンクブロンドの華奢で可愛らしい令嬢の前で足を止めるとくるりと振り返り、クリスティーナを睨みつけた。


「もう嫌だ! 僕は……僕は君との婚約を破棄するっ!!」


 王太子の言葉に皆が騒めく中、クリスティーナの悲痛な声が響く。


「どうしてです!? 私はこんなにキャッシャー殿下をお慕いしておりますのに!」

「どうしてだと? ……胸に手を当ててよく考えてみるがいい」


 クリスティーナの悲痛な訴えも王太子の心を微塵も動かさなかったようだ。彼は変わらず鋭い目でクリスティーナを睨みつけたまま低い声で言葉を紡ぐ。


「背中を殴打し全治二か月の骨折事件、噴水への突き落し事件、器物破損は日常茶飯事、獰猛な魔獣をけしかけ、先月はあわや階段から突き落そうとした、全て身に覚えがあるだろう? クリスティーナ」

「ひうっ!」


 王太子の後ろにいるピンクブロンドの令嬢から小さい悲鳴が漏れた。

 彼女は恐ろしそうに両手で口元を覆い涙目で震えている。その様は何とも庇護欲をかきたてる風情だった。


 二人を遠巻きにしている観衆はざわざわと落ち着かない様子で付近の人達と言葉を交わす。


「なんと、それは本当の事なのか?」

「ノーキン辺境伯令嬢があのピンクブロンドの可憐な御令嬢を?」

「本当だとしても何か理由があるのではございません?」

「そうですわ、きっと王太子殿下があのご令嬢と特別御親密なご関係だとか」

「クリスティーナ様は多少奔放でいらっしゃるけれど明朗で誠実なお人柄と伺っておりますわ。きっと何かの間違いですわよ」

「しかし王太子殿下も何の証拠もなくこんなことを仰らないだろう」


 観衆のさざめきも耳に入らぬようで王太子はひたすらクリスティーナを睨む。

 クリスティーナは青ざめ……てはいなかったが悲し気に王太子を見つめた。


「でも……でも……私は嫌です、キャッシャー様が好きで好きで堪らないんです」

「いくら僕の事が好きでも僕はもう我慢できないんだ、やったことは全て認めるだろう? クリスティーナ」

「認めたら婚約破棄ですか? それなら私は認めません」

「何だと? はあ……たとえ認めなくても君の罪は明白だ」

「どうしてです?」

「被害者がそう言っているんだ、これより確かなことは無いだろう」


 王太子の言葉にまたまた観衆が騒めき出す。


「え? 被害者の証言だけ? 王太子殿下はあのご令嬢の言葉だけを信じてこの場で断罪したのか?」

「いや、さすがにそんな愚かな事はせんだろう。確たる証拠があるに違いない」

「でも今王太子殿下は被害者がそう言っているからだと仰いましたわ」

「そもそも王太子殿下が仰っている事件はどこで起こったんだ?」

「それは貴族学園ではありませんの? 王太子殿下もノーキン辺境伯令嬢も先月まで通っていらしたのですもの」

「それでは学園に通っていらした方たちなら事件の事をご存じではありませんの?」

「そうだな、骨折事件や獰猛な魔獣をけしかけたなど大変な騒ぎになったのではないか?」

「ああ、彼等なら事件の事を耳にしている可能性が高い」


 紳士淑女たちの目が一斉に会場の隅に一塊になっている今宵デビュタントを迎えた初々しい令嬢令息たちに向けられる。

 この夜会は先月貴族学園を卒業した初々しい彼らが初めて大人の世界に足を踏み入れた場なのだ。それは今中央で言い争っているこの国の王太子とその婚約者も同様であった。

 大人たちの視線を向けられた彼らは両手で顔を覆っていたり、あちゃーと頭を抱えていたり、呆れたような眼差しでこの断罪劇の主役二人を見ている。彼らは事情を知っているようではあるが、積極的に関わり合いにはなりたくないらしい。


「やったことは謝りますわ! でもそれには理由があるのです!」

「言い訳は聞きたくない、僕はもう限界なんだ!」

「そんな!」


 二人の言い合いはまだ続いている。

 と、そこに重低音の声が響き渡った。


「何の騒ぎだ!!」


「「「陛下!!!」」」


 既に退出していた国王陛下の再登場に人々がザッと道を開けた。

 そしてその国王の背後に聳え立つのは


(((ノーキン辺境伯!!)))


 人々が震えあがる強面辺境伯、二十年前の戦争の英雄であり今も国境を守る王国の守護神。長身の国王より頭二つ分高い巨躯に鋼の肉体、その眼光はジャッカルより鋭く頬にはしる傷跡が男の渋みを演出している。そして末娘であるクリスティーナを溺愛しているという噂のマスマッスル・ノーキン辺境伯その人の登場に会場は再び水を打ったようにシーンと静まりかえった。


「何があったのじゃ?」


 再び国王がたまたま近くに居たモーヴ伯爵に問いかけるとモーヴ伯爵は恐る恐る事の顛末を国王に耳打ちした。


「何じゃと?」


 国王の顔が険しくなりキャッシャー王太子の元へ歩み寄ろうとするが、それを制して一歩歩を進めたのはノーキン辺境伯だった。

 辺境伯は眼光鋭く王太子を睨みつけると地を這うような声で問いかけた。


「小僧、うちの可愛いクリスたんと婚約破棄をすると言うのは本当か?」


 不敬な物言いであるがとがめだてする者は誰もいない。いや、できない、だって怖いんだもん。

 それでもキャッシャー王太子は足をガクガク震えさせ涙目になりながらも辺境伯を見返して「ほほほ本当だっ」と言い返した。


「ほほう、俺に言い返すとはなかなか見どころがある」


 辺境伯はニヤリとした後更に眼光を強める。


「だがな、吹けば飛ぶような小娘の戯言を信じて可愛い可愛いクリスたんに冤罪を吹っかけるのは許せんな」

「えええ冤罪ではないっっ!!    ……誰の戯言だって?」


 キャッシャー王太子は勇気を振り絞って叫んだ後に首を傾げた。


「小僧の後ろにいる小娘だ、大方色仕掛けでたらし込まれたんだろうが……」


 辺境伯の言葉でキャッシャー王太子が振り返るとピンクブロンドの可愛らしいご令嬢とばっちり目が合った。


「……誰だ?」

「……お初にお目にかかりますだ、山五つ向こうのカッペーラ男爵家の三女セイナ・カッペーラと申すます」

「……で?」


 二人で首をかしげるとそれを見ていた辺境伯も首を傾げた。


「その小娘をウチの可愛い可愛い可愛いクリスたんが苛めたと言ったのではないか?」

「「は?」」


 王太子とセイナは二人でもう一度阿吽の呼吸のようにそろって首を傾げた後またまた同時に「「誤解だ(ですだ)!」」と叫んだ。


「そんなぁ! 私は今日初めて王都さやって来たっちゅうのに……」


 言葉使いにさえ耳を塞げば、ヨヨヨ……とセイナが泣き崩れる様は可憐で不憫で男性たちの庇護欲を刺激する。近くに居た何人かの令息がうーん……と迷った末にハンカチを手に駆け寄ろうとした。

 しかしその可憐な様も全く心に響いた様子もなく辺境伯が問いかける。


「ではお前は何故王太子の小僧と寄り添っているのだ?」

「はぁ寄り添ってなんぞおらんです。私はここで王都の夜会ちゅうのは吃驚するような見世物があるもんだなぁと見物しとっただけです! 王太子殿下さまがどうしてだかちーっとずつ後ずさってくるもんだでもうちょっとばっかし下がったら私にぶつかるだに、とは思っとりましたけど」

「お前は無関係だというのか?」

「もっちのろんですだぁ! 王太子殿下さまは初対面だしはっきり言って私の好みではねえですだ!」


 セイナは泣き崩れながらもはっきりと要らないことまで叫んだ。


「すまなかった!!」


 潔く辺境伯は頭を下げると改めてキャッシャー王太子に向き直る。


「……で? 小僧、では被害者とやらは誰の事だ?」


 王太子はその相変わらず凄い眼光にビクッとしながらちょっと拗ねたような気持ちになる。鋭い眼光も浴び続けていると慣れてくるらしい。だから他の事を考える余裕が出てくるのだ。


(……あんなにはっきり好みじゃないなんて言わなくてもいいじゃないか……そりゃあ初対面だけど僕はこの国の王子なんだし眩いサラサラの金髪だし肌だってすべすべだし顔だって整っているってみんなが言ってくれてカッコイイって言ってくれて……そりゃあ今までは婚約者がいたからスキって告白してくれる娘は居なかったけど……ああそう言えばクリスティーナは毎日『好き』って言ってくれたなあ……あの太陽みたいな眩い笑顔で『キャッシャー様、大好き』って……いやいや絆されるな、ここで婚約破棄できなければ僕は……)


「小僧、聞いているのか?」


 辺境伯の再度の問いかけにキャッシャー王太子はハッと我に返り胸を張って答えた。


「被害者は僕だ!」


 その堂々たる宣言に辺境伯も周りの観衆もポカンとし、クリスティーナはばつの悪い笑みを浮かべホールの片隅でかたまっていたデビューを迎えたばかりの元学友たちはうんうんと頷きあっていた。


「骨折事件や魔獣の被害者が小僧……王太子殿下だと?」


 あ、辺境伯の言葉がちょっと不敬じゃなくなった、と観衆は少しホッとする。国王もちょっとホッとしたような顔をしている。


「そうだ、クリスティーナは二年前の入学当初、僕の背中をどついて骨折させ———」

「えー! あれはキャッシャー様が『クリスティーナと毎日登校出来て嬉しいよ』とか言うから照れちゃって『やあだー』って背中を軽く叩いただけじゃないですか―」


 王太子の言葉をクリスティーナが急いで修正する。

 国王は「あの時か……」と呟いた。たしかに二年前王太子が学園で怪我をして暫く寝込んだことがあった。不慮の事故と聞いていたが……


「一年半前は僕を噴水に突き落とし———」

「ボールが飛んできたのよー!だから危ないって思ってキャッシャー様にぶつかるって思って軽く押しただけなのにキャッシャー様が飛んでっちゃっただけなのよー」

「五メートルは飛んだぞ」

 国王はまた「あの時か……」と呟いた。たしかに一年ほど前、王太子が肺炎で寝込んだことがあった。


「魔獣をけしかけ———」

「ええー! ペットのワイバーンのキョロちゃんを紹介しただけじゃないですかー」

「僕はあの時全身を嘗め回されて全身よだれまみれになったんだぞ!」

「ううぬ……小僧出来るな……俺でさえキョロちゃんに嘗められたのは上半身どまりだというのに……」


 辺境伯の悔しそうな独り言は無視して国王は過去に思いを馳せた。

 そう言えばキャッシャーの全身から異様な匂いがして王妃など一週間ほどは鼻をつまみながらキャッシャーと話をしていたことがあったな。


「僕の執務机を粉砕し———」

「蜂を叩き潰したら机までわれちゃったんですー」

「立太子の儀式の折に使った宝剣を折り———」

「あれはっ、キャッシャー様が見せてくれたのが嬉しくて一振りしたら折れちゃったんですー」


 えっ、あの国宝、折っちゃったの? と国王は青くなる。いい接着剤を探さなくては……


「僕を階段の最上段から突き落し———」

「蹴つまずいてぶつかっちゃっただけじゃないですかー。その後一番下まで飛び降りてキャッシャー様を抱き止めたんだからそれは無しですよー」

「わかった、じゃあそれは無しだ。あのときはありがとう」

「どういたしましてー」


 無しでいいのかと国王は微妙な顔になった。


「しかし、しかしもう僕は我慢できないんだ。今日の夜会、僕はデビュタントのダンスをそれはそれは楽しみにしていたんだぞ! 愛しのクリスティーナと初めて公の場で踊れるんだから」

「私もですー、えへ、キャッシャー様と気が合いますねっ」

「うん!……じゃなくってそれなのに君はこともあろうに僕の足をダンス中に踏んだじゃないか!」

「えーと……それはごめんなさい、まだダンスに慣れていなくって―」


 頭を下げるクリスティーナに変わって今度は国王がとりなしを買って出た。


「キャッシャー、クリスティーナは今宵がデビューだ。ダンスに慣れていなくてもそこは大目に見てあげるべきだあろう」

「違うんです父上」


 国王の言葉にキャッシャーは首を横に振った。


「足を踏まれることを想定して僕は靴の甲の部分に薄い鉄板を二枚仕込んでいたんですよ。二枚ですよ、二枚。それなのにクリスティーナはたった一回でその二枚を破壊したのです。あのままダンスを続ければ次に破壊されるのは僕の足の骨です!!」


「僕は……僕は……」


 全身を震わせ涙目になりながらキャッシャー王太子は叫んだ。


「僕はまだ生きていたいんだーーー! 自分の足で歩きたいし、手や身体の一部分がもげるのも嫌だ! どこかに吹っ飛ばされて全身打撲や病気にもなりたくない! だから……だから……どんなに愛しくてもクリスティーナとは婚約破棄をするしかないんだあーーー」


 それは魂の叫びだった。

 聴衆は感銘を受け、この悲恋に涙した、と同時に巻き添えで怪我をしないようにと一早く避難した今年のデビュタントたちの行動にも納得した。


「……そうか……そんな事情があったのなら仕方がない、この婚約は———」

「嫌です!」


 国王の言葉を遮ったのはクリスティーナだ。不敬なのは承知、でもここで遮らなければ婚約破棄になってしまう。彼女は涙目で彼女を愛する父親を見上げた。


「お父様、何とかして」

「お安い御用だ、可愛い可愛い可愛い可愛いクリスたん。パパが見事解決してあげよう」


 辺境伯はズカズカとキャッシャー王太子に歩み寄るとひょいっと肩に担ぎ上げた。


「ひゃわっ! ふへっ?」

「国王陛下、この小僧、しばし俺が預かることとする。では皆さらばだ、五年後にまた会おう! わっはっは」


 人々が呆気にとられる中(国王含む)ノーキン辺境伯は「放せ―—下ろせ―――」と喚くキャッシャー王太子を肩に担いだまま悠々と王宮を去って行った。


「え? 暫し? 五年?」

「あなた、何があったのですか?」


 呆然と呟く国王に声を掛けたのはこの国の王妃だ。傍に辺境伯夫人のフィクサーヌが控えている。

 しどろもどろに国王が説明すると「まあ……」と王妃は目を丸くした。


「わたくしが旧友とお喋りを楽しんでいる間にそんなことが起こっていたのですね」


 対して辺境伯夫人は怖い笑みを浮かべる。


「んまあ、あの人ったら可愛いクリスティーナにお願いされて舞い上がって私を置いて帰ってしまったのね。これは領地に戻ったらお仕置きをしてあげなくては」

「お母様、お仕置きはお父様が喜ぶだけだと思います―」

「ふっふっふ、あの人が泣くようなお仕置きを考えるのも辺境伯夫人の仕事の一つなのよ。クリスティーナもよく覚えておいてね。それでは私たちも帰りましょう。国王陛下、王妃殿下、失礼いたしますわ」


 辺境伯夫人が見事なカーテシーを披露すると続いてクリスティーナもこれまた見事なカーテシーを披露した。

 去って行く二人に王妃が声を掛けた。


「フィクサーヌ、キャッシャーはピーマンとニンジンが食べられないの。それから、牛乳を飲むとお腹を壊すのよ。それとお気に入りのぬいぐるみが無いと眠れないし、虫を触れないし、それと———」


 辺境伯夫人はくるりと振り返りにっこりと微笑んだ。


「全て承りましたわ。ご安心なさって王太子殿下を我が家にお任せくださいませ。それでは」


 優雅に再び礼をして二人は去って行った。







  ———五年後———


 王太子帰還の報を受け、急いで国王が謁見室の椅子に座ると同時に扉がバーーン!! と開いた。


「あ、壊れた……まあいいか、ガッハッハ」


 後ろで倒れ掛かる扉を必死に支える衛兵に目もくれず室内に入ってきた一組の男女。

 女性は間違いなく辺境伯令嬢クリスティーナ・ノーキンだ。以前から見た目()()は極上の美人だった彼女は五年の間に更に美しさを増し妖艶な色気も感じさせる。

 そして男の方は……


「……誰?」

「嫌だなあ父上、五年ぽっちで耄碌しちゃったんですか? ガッハッハ、あなたの息子です、キャッシャー、只今戻りました」


 いやいや……うーーん……目を凝らしてよく見れば顔立ちはキャッシャーだ。声も……似ているかも……喋り方が以前とあまりに違うから確信が持てないが……

 背丈はあまり変わっていないけれど身体の厚みは以前の三倍? 四倍? 身体をすっぽり包む大きなマントでよくわからないけれど肉の圧の様なものを国王はひしひしと感じた。


「キャッ、キャッシャーよく戻った。クリスティーナも長旅ご苦労だったな」


 国王がいたわりの言葉を掛けるとクリスティーナはにっこり微笑んだ。


「ありがとう存じます。キョロちゃんに乗ってきたのですぐでしたわー」

「そ、そうか。やはり王宮の中庭に降り立った二頭のワイバーンというのは……」

「ああそれはクリスティーナのペットのキョロちゃんと僕のペットのチョロちゃんですよ。これから王宮で飼うのでそこんとこよろしく! ガッハッハ」


 国王の問いかけにこともなく答えたキャッシャーは高笑いの後ウインクを飛ばした。

 国王の傍に控えていた侍従が「ワイバーンって何食べるんだ?」と呟きながら退室していく。


 ゴホンと空咳をして国王は王太子に向き直った。


「何はともあれ、無事に帰還したこと、余は嬉しく思うぞ」

「はい、僕は生まれ変わりました。もうクリスティーナに足を踏まれても突き飛ばされても大丈夫です。問題は全て解決です。これからは王太子としての責務に励み、妻のクリスティーナ共々父上を、ひいてはこの王国を支える所存です」

「うむ……それは頼もしい———って妻?」

「そうですよ、結婚したって手紙に書いたでしょう?」


 確かに手紙は来た。『はずみで結婚しちゃったからみんなに言っといてー』という冗談みたいな手紙が。キャッシャーはこの国の王太子で、王太子っていうのは次の国王になる人で、その王太子の結婚の儀は国を挙げての行事になるような重大な事で———


 目を白黒させている国王に向かってクリスティーナは悪戯っぽく微笑んだ。


「それでー国王陛下にご報告があるのです」


 そう言いながらマントの紐を解いてするりと落とす。女性用の乗馬服の前に抱っこ紐で括り付けられた———


「赤子ではないかっ!」


 国王の叫びに応えるようにキャッシャーもマントを落とすとそこにも二人の赤ん坊が。

 一歳をいくばくか過ぎた丸々太ったいかにも健康そうな三人の赤子は気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。


「三つ子で名前はトーンキッチ、チンペーター、カンタールですー。みんな、じいじですよー……って寝てましたねえ」


 国王は真っ赤になってブルブルと震えた後に今日一番の声量で叫んだ。


「でかしたっ!! これで王国も安泰だっ!!」


 本当に? これでいいのかこの国は? 

 筋肉で全てを解決しようとする王太子夫妻と歩くようになってミニ怪獣と化した三人の王子に翻弄される王宮の人々。だけどご自慢の髭をむしられながらニコニコとトーンキッチの顔にキスをしまくる国王と、ありとあらゆるお菓子をチンペーターに与えそうになって侍女に「まだ早いです」と止められる王妃、カンタールを背に乗せて「ヒヒ―ン」とパカパカ走る辺境伯、孫たちに与えるおもちゃを両肩いっぱいに担いだ辺境伯夫人、みんなが笑っているからそれでいいのかも。

 

 うん、多分……




  ———(おしまい)———


 お読みくださりありがとうございました。

 ちなみに辺境伯と夫人は月一王宮に孫に会いに来ます。ペットのワイバーンに乗って。

 辺境伯のワイバーンはキョロちゃんの親で名前はシュワちゃん、夫人のペットはその番で名前はジョリちゃん。

 辺境ではクリスティーナの三人の兄が寂しくお留守番です。

 父の辺境伯にそっくりな厳つい脳筋の三人のお兄様のお嫁さんと皆様の暖かい評価、ブクマを募集中です!


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― 新着の感想 ―
お父さんが不敬してからの叙述トリックからのビックリ展開で、怒涛の勢いでした! くすっと笑ってしまいました。
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