028 五人目の記憶
向かい合う復讐者とその対象。
しかしアルトはまだ、挽回の手段を見つけられていなかった。
「待て、シン!」
せめて少しでも時間を稼ごうと、アルトは口を開く。
「……まだ信じられない。本当に貴様が、こうしてまた俺の前に現れるとは。まるで夢でも見ている気分だよ」
「……そうか。二年前の俺も同じような気持ちだったよ。だけど残念だが、これはれっきとした現実だ」
「っ!」
ゆっくりと、しかし確かに距離を詰めてくるシン。
それを見て、アルトは慌てて言葉を紡ぐ。
「それで、貴様は……あの時の恨みを晴らすため、ガレンやシエラまで殺したんだな!?」
ピタリ、と。
シンの歩みが止まる。
「ああ、そういえばパーティーリーダーのお前なら、リアルタイムで仲間の死を確認できるんだったな。そうだ、アイツらはもうこの世界にいない」
「っ! ……ふ、ふざけるな! かつての仲間を殺しておきながら、何だその態度は!? 貴様には人の心がないのか!?」
「……人の心、か」
アルトからすれば、少しでも時間を稼ぐために出た筋の通っていない言葉。
しかしシンにとっては思うところがあったのか、彼は何かを考え込むようにして天井を見上げた。
「そんなものは、きっととうの昔になくした」
そう呟いた後、鋭い黒の視線をアルトに向ける。
「その場から逃げ出したお前にも教えてやる。セドリックはもちろん……ガレンやシエラの死に様はこの上なく惨めだったよ。いつの日かお前が、俺に向けて言ったようにな」
「……貴様っ!」
「そして――」
少し間を置いた後、シンは告げる。
「これからお前も体験するだろう。奴らと同じ苦しみを――それ以上の恐怖を」
「ッッッ!?!?!?」
殺気が、アルトの全身を襲った。
考える余裕もなく、彼は反射的に長剣を体の前に掲げる。
しかし気が付いた時にはもう、シンはアルトの目の前にいた。
「なっ! 貴様、いつの間に――」
「遅い」
「がはぁっ!」
直後、彼の腹部にシンの拳が突き刺さった。
これまでに感じたことのないほど重い一撃。
アルトの肋骨が一気に10本以上折れる。
さらに、それだけでは許さないとばかりにその矮躯を軽々と吹き飛ばした。
ドォォォオンと。
背中から、ダンジョン内の内壁にぶつかる。
その拍子に追加で何本も骨が砕けた。
痛みと衝撃で気を失いそうになる中、しかしシンは手を緩めない。
「おい、その程度で力尽きたりするなよ」
「なっ!」
瞬き一つの間で、再び彼我の距離が潰れる。
回避を試みる暇すらなく、怒涛の連撃がアルトを襲った。
「ぐわぁぁぁあああああああああ!!!」
一つ一つが、アルトに苦痛を与えるためだけに放たれる殴打の連撃。
そんな攻撃を浴び、アルトはただ痛みに叫ぶことしかできない。
シンはその時間を少しでも長引かせようとしているのだろう。
どこまでも丁寧に、優しく。
決してアルトが死んでしまわないよう、最大限の注意と手加減の中で攻撃を続けていた。
残りの肋骨が砕けた。
左腕が逆向きに曲がった。
大腿骨が肉から突き出した。
ただ純粋に、最上級の痛みがとめどなく押し寄せ続けた。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 何だ、なんだこれは――!)
心の中で悪態をつくも、それがシンの耳に届くはずもなく。
圧倒的な暴力による蹂躙は、それから3分近く続いた。
「……ひとまず、この程度か」
シンにはこの先の目的があるのか、ここで一度攻撃の手を止める。
彼の前には、辛うじて人の形を保っているだけのアルトがいた。
「あ、ああぁ…………」
もはや、まともな言葉を紡ぐことすらできない。
そんな彼から視線を外し、シンは「ふむ」と呟く。
「ガレンが思ったより早く力尽きたおかげで、回復薬には余裕があるが……情報を聞き出すなら早い方がいいかもな。また先に魂が力尽きても困る」
ブツブツと呟くシンだが、もはやアルトの耳には届かない。
彼はただ、これからも復讐が続くことだけを恐れていた。
そんな時、ふと。
横たわるアルトの口元に、心臓の形をしたそれが転がってきた。
(これ、は……)
先ほども少しだけ確認した、とあるマジックアイテムだ。
度重なる殴打で荷物袋は破け、武器や回復薬は全て失ったが、どういうことかこれだけは傷一つ負っていなかった。
朦朧とする意識の中、アルトは思い出す。
このアイテムを手に入れたあの日のことを――――
あれはシンを置き去りにし、【黒きアビス】から脱出した直後。
たまたまあの依頼には同行していなかったもう一人の仲間に、ことの経緯を話した時のことだ。
彼は、シンの無様さを嘲笑うアルトを柔和な笑みで見届けた後、こう言った。
『そうか、それは災難だったね。しかしまさか、レベル1000のエクストラボスが現れるだなんて……今後はその辺りの保険もちゃんと用意しておいた方がいいんじゃないかな』
『ん? ああ、そうだな。けどまあ、また別の固有技能持ちを連れ歩けばどうにかなるだろ。どっちみちシンを失った分、また別の稼ぎ口は必要なわけだしな』
『確かにそうだが、万が一があるだろう……ふむ』
少し考え込むような素振りを見せた後、彼は保管用のマジックアイテムから、心臓を象った何かを取り出した。
それが纏うただならぬ気配に、アルトは少しだけ圧倒された。
『アルト。君にこれを譲ってあげよう』
『それはいったい……』
『マジックアイテムだよ。もっとも、少しだけ特殊なものだけどね。これを使用した者は、一時的に莫大な力を得ることができる。君が使えば、レベル1000の魔物くらい簡単に倒せるだろう』
それはアルトにとって、あまりにも衝撃的な言葉だった。
『なっ! それは本当か!?』
『もちろん。もっとも、このアイテムには効果の大きさに応じた代償がある。使用後、反動で命を落とす可能性はあるが……それでも100%死ぬよりは遥かにマシなはずだ。そうだろう?』
『あ、ああ!』
――そんなやり取りのあと、アルトは彼からそのアイテムを貰った。
彼が語るデメリットは非常に恐ろしかったが、それでも万が一に備えて持っておくにはいいと思ったからだ。
彼はその後すぐ、とある理由でパーティーから抜けてしまったが……このアイテムだけはアルトに残してくれた。
これを使うべき状況があるとすれば、ここしかないだろう。
(いずれにせよ、このままだと間違いなく死ぬ! だったらまだ賭けに出る方が何倍もいい! 後悔しろシン! これを使って、俺がお前を殺す……!)
そんな覚悟のもと、アルトはとうとうそれを口に含むのだった――――




