第二十話 決着、それから~
「それでは勝負……始め!」
フランクの合図によって戦いの火ぶたは切られたが、ワシもカインも剣を構えたまま微動だにしない。
お互いどのような手を使うのか分からない以上、まずは様子見ということじゃな。
「……」
「……」
しばらくの間、相手から目を離さず自分の息遣いだけが聞こえてくる静けさに空気は支配されていたが、おもむろにカインが先手を取ってきた。
「『縮地』」
カインが足を一歩踏み出した瞬間、その姿が掻き消える。
ほぼ同時に目の前には両手の小剣を振りかざす彼女。
「ほっ!」
すんでのところで剣を受け止めるが、すぐにその圧力は消え気づけば彼女は会場の端まで移動していた。
「恐ろしき速さじゃのう」
ワシではなく並みの相手ならば確実に姿を見失っているほどの速度。
おそらく『赤雷』を使ったアンナ以上かもしれぬ。
「まだだ! 私の強さはこれだけじゃない! 『千撃』!」
叫ぶカインの姿が再び掻き消え、次の瞬間には目の前に現れ剣を振り下ろしてくる。
だが今度の攻撃は移動と同じく尋常ではない速度。
あまりの速さに腕の残像すら見える。
剣撃の数も2,4,8,16と、カインが剣を振るたびどんどん増えていく。
「ほほっ! やるのう!」
鋭い振り下ろしを反らし、斬り上げを弾き、横なぎを受け止める。
アンナの槍による一点を狙った攻撃とは違う、カインの線のように切れ目のない攻撃の嵐をさばきつつ、ワシは思わず口元をゆがめてしまう。
さすがワシの弟子とのたまうだけのことはある。
『縮地』はもちろん、この目にも止まらぬ連撃を繰り出す『千撃』もワシが編み出した技。
それを寸分の狂いもなく使いこなせておるわい。
「まだまだ!」
カインの手数がいよいよ増していく。
双剣ということもあってか一撃の重さはそれほど感じないものの、一瞬でも気を抜けば剣を見失ってしまいそうになる。
むう……正直このままではちと厳しいかもしれんのう……。
少しばかり本気を出すとするか?
そう考え魔力を使い始めると、ワシが何かしてくると察知したのかカインは剣を止めて、後ろに下がった。
「『千撃』をしのぐとはさすがです。今までこの技にこれほど長く耐えきれた者はいなかったというのに。フランクからの手紙では歳は15だと聞いていましたが……その若さでその強さ。どうやら教えを受けたのは本当のようですね」
カインは素直に感心したような表情。
「だから言うたじゃろう。ワシこそがファルコの弟子じゃと」
「……いいでしょう。それならばここでどちらが真の弟子か決着をつけるとしましょうか!」
カインが再び剣を構えると、今度は間合いの離れた所から腕を交差させるような構えをとる。
「むっ! あの構えは!」
「『斬空』!」
カインが空中にバツを描くように剣を振った瞬間、魔力の刃が瞬時に飛び出し迫る。
「おっと!」
すんでのところで地面を転がってかわしたワシはすぐに起き上がり剣を構え直す。
「これも避けるとは……!」
カインはワシを睨んで歯噛みしていた。
「危なかったのう……」
『斬空』もワシが編み出した技である。
剣に魔力を込め、刃として打ち出す技。
この技は滅多に人に見せたことのない技で、今まで披露したことのあるやつじゃと……。
そこまで考えたところで、ワシはある人物のことを思い出していた。
おお! そうじゃそうじゃ。
そういえば以前賊から助けた一家に世話になった際、そこの子供に剣を教えてくれとせがまれてしばらくの間剣を教えてやったことがあったのう……懐かしい思い出じゃ。
「なにを考えているんですか! 戦いに集中してください!」
「ぬおっ!?」
気を反らしていた隙をつかれ、カインが『斬空』を繰り出してくる。
おかげでさきほどよりも回避が遅れ、髪の毛が数本斬り刻まれてしまった。
「危ない危ない……」
斬られた髪の部分を気にしつつ、ワシはカインに向き直る。
「すまんのう……ならば本気を出すとしようかのう」
ワシは魔力をありったけ吐き出し、身体能力を限界まで引き上げていく。
身体中から熱を感じ、まるで血が沸騰しているような感覚。
「では行くぞい……『疾風』!」
極限まで魔力で移動速度を上げ、影をも留めぬ速さで一気に間合いを詰め斬りかかる。
「なっ――!? くぅっ――!」
ワシの攻撃にカインは慌てて剣を前に出し一撃を防ぐ。
ほほう、どうにか防げたようじゃな。
じゃが当然ワシがそれだけで攻撃を終えるはずもないぞ?
「はああぁぁぁ! 『千撃』!」
「くっ――!? 負けるものか! 『千撃』!」
序盤とは打って変わり、足を止めて剣技を打ち合う。
周囲には激しい金属音と火花が飛び散った。
「おおおぉぉぉ――!」
「はああぁぁぁぁ――!」
吹きすさぶ剣風でワシもカインも身体のあちこちに斬り傷を作るがお互い気にしない。
集中すべきは相手よりも速く、そして多く手数を出して打ち勝つことだけ。
そして……。
「……ふぅ」
永遠とも思えるような長い時間、剣を合わせ続けたワシはカインから間合いを取った。
疲れと身体中の傷から少々血を流しすぎたのもあってか、若返ってから今までにないほどの疲れを感じている。
「はぁ……はぁ……」
だが向こうも同じ状況のようで、ワシが下がっても追撃してくることなく肩で荒い息を吐きながら額から流れる血を拭っていた。
「さて……次で決めるとしようかのう」
息を整えたワシはカインに言い放つ。
向こうもそのつもりらしく、無言で剣を構え直す。
「……」
「……」
再びの静寂。
「せいっ!」
「はぁっ!」
ほぼ同時に足を踏み出す。
「これでっ!」
カインは剣の間合いに入るなり、双剣を上下斜めから振るって挟み込むような一撃。
ほぼ同時に迫る剣は、正確にワシの首と胴体を狙っている。
じゃが――!
「疲れが出ておるようじゃのう!」
わずかに下からの斬り上げが遅い――!
瞬きする間もないような一瞬の間にワシは上からの剣を弾き上げ、その勢いで下の剣を叩き落す。
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるカイン。
がら空きになった懐に潜り込んだワシはそのまま剣をカインの胴体にピタリと寄せた。
「ワシの勝ちじゃな」
両手を広げた格好のまま立ち尽くしていたカインは観念したように手を下ろした。
「……負けました」
その瞬間、周りにいた数人の観客たちから歓声が上がる。
彼らに応えるように、ワシは剣を高く掲げた。
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「さてと……ではいくかいのう」
荷物をまとめたカバンを背負い、ワシは月の盃亭の玄関を出た。
「もう行っちゃうのね」
「寂しくなるな……」
ミラルダとマイクが後ろに続く。
「ああ、フランクの話では隣国に百発百中の弓の名手がいるとのことじゃからな。ぜひ手合わせをしに行かねばならん」
月の盃亭は居心地は良かったが、ここにいてはいつまで経っても強者と戦えんからのう。
「ファルコがいつ戻ってきてもいいよう、一部屋は必ず開けておくからね!」
「帰ってきたら色々話を聞かせてくれよ!」
「おう!」
2人に手を振りながらその場を離れる。
しばらく歩いた城門近くで見つけたのは見知った顔の2人。
カインとアンナだ。
「見送りにでも来てくれたのか?」
「一応ね」
「私もです」
2人に向かい合うように立ち尽くし、しばしお互いの顔を見つめあう。
おもむろにカインが口を開いた。
「帰ってきたら再戦といきましょう。あなたが帰ってくるまでにさらに力をつけておきますよ」
「あたしとももっかい勝負だからね! ちゃんと帰ってくるのよ!」
「うむ、お主らとも再び剣を交える日を楽しみにしておくわい」
こうしてワシは2人に見送られながら一歩を踏み出す。
歩く先にはまだ見ぬ数々の強者がいるであろう。
それらと戦う日が来るのを頭に思い浮かべながら、ワシは隣国へ向けて歩みを進めるのであった。
これにて完結です!
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すでに1巻ご購入の方は是非2巻を、まだの方はこれを機に1巻と2巻をぜひご購入ください!




