第十六話 アンナの身の上話
「ふう……なんとか戻ってこれたわい」
「あと少し遅かったらあたしたち、衛兵に捕まってたわね」
ワシとアンナが月の盃亭に駆け込んだ瞬間、衛兵の一隊が空き地へと走っていくのを目撃した。
さすがに暴れすぎて住民にでも通報されたのじゃろう。
しばらくはあの空き地には近づかない方が良さそうじゃな。
「あっファルコさん、お帰りなさい。どこ行ってたんですか?」
受付に立っていたミランダが、ワシらに声をかけてくる。
「おお、ミランダ。ちょいとアンナと近くで稽古をしていたんじゃよ」
「へえ……こんな可愛い子と夜にねえ……ファルコくんも隅に置けないなあ」
ミランダは意地悪そうにニヤリと口元をゆがめる。
その顔はどうせ逢引きでもしていたのではと疑っておるのじゃろうなあ。
「そんなことよりも、すまんがこのアンナのために何か軽いものでも出してはくれぬか?」
「はいはい、いいですよ。それじゃ食堂のテーブルに座って待っててくださいね」
ミランダはそう言って受付を離れ、厨房へと入っていった。
「ふう……」
ワシとアンナは向かい合うようにテーブルに着いた。
「ねえ、あんた一体どこでそんな剣技習ったの?」
アンナが唐突に話を切り出す。
「ワシの剣か? ほぼ独学じゃよ」
「はぁ? そんなのうそでしょ!? あれだけの技をほぼ自力で身に付けたってこと!?」
まぁ自力というか片っ端から強い奴に戦いを挑み、そやつらの技で良さそうなものを覚えていったというのが正解なんじゃがな。
「別に驚くことでもなかろう。お主とてその若さで恐ろしいまでの強さではないか」
「若さって……あんた何歳?」
「15じゃ」
「私より若いじゃない……」
正確には70過ぎじゃがな。
「ところでお主、さきほどは女でも強くなれることを証明したいと言っていたな。それにギルフォードからもお主はもとさる良家のご令嬢だと聞いていた。なぜそんな身分の女性が槍で強くなろうとするのじゃ?」
この世界では身分の低い女性が、実力でもって身を立てようとするのは稀なことではない。
冒険者や武芸者などで一発山を当てて有名になれば貴族や国から兵士としての雇用、優秀な子供の誕生を狙ってあわよくば妻として貴族の側室になることも可能であるからだ。
だがアンナはおそらく貴族の娘。
わざわざ槍で身を立てる必要はなく、美人な彼女の容姿もあって良縁なんぞいくらでもくるのは疑いない。
「……そうね」
アンナは小さくため息をつく。
「あたしはこの国の男爵家の長女でね、小さい頃から槍が大好きな女だったの。暇さえあれば家の兵士たちと一緒に槍を振る毎日だったわ」
男爵の娘か……なかなかお高い身分じゃのう。
「幸い家には槍使いで結構有名な師匠がいてね。その人から色々と技を教わったわ。『絶槍』からヒントを得た『赤雷』は私独自の技だけどね」
「あの技はすごかったのう。ワシでもちょいと冷や汗が出たわい」
「ふふっ、そう? それを破ったあんたに言われるとちょっとシャクだけど」
「あれは足場を崩して無理やり破った感じじゃからのう……初見の技とはいえ単純に受けきるのはちと難しいわい」
「……そういうことにしておくわ。とりあえず、そんなあたしも大きくなるにつれて親からお前は女性なのだからいい加減に槍なんかにうつつを抜かさず、貴族の娘としての立ち振る舞いをしろって言われるようになったの」
当然と言えば当然のことじゃのう。
貴族の娘なんぞ家を残すための道具のようなもの。
妙齢になれば他の貴族の男と結婚するのが定めじゃからな。
「でもあたしはそういう貴族の生活ってのが大嫌いだった。着たくもないドレスを着せられて、嫌な奴にもニコニコ笑顔でいなきゃなんない。自分を押し殺していく生活なんて真っ平ごめんよ。やっぱりあたしは槍を振っているときが一番頭がスッキリして楽しくて仕方がないの」
ニコニコと槍の柄を撫でるアンナを見ていて、思わずワシも頷いてしまった。
「分かる……分かるぞその気持ち!」
ワシも偉そうな態度で雇ってやるとかほざいてきた貴族連中は大嫌いじゃったし、嫌なことがあったら剣を思いっきり振って気分転換を図っておった。
なんじゃ、彼女も同類じゃったんじゃな。
「そっそう? ……まぁそんなわけであたしは家を飛び出して知り合いだったギルフォード閣下の軍に入って今に至るってわけ」
「なるほどのう……」
「いずれ閣下の後を継いであたしはこの国で女性初の将軍になるつもりよ。そして世の女性たちに知らしめて上げるの。女性でも強くなれば将軍になれるんだぞってね」
すべてを語り終えた後、アンナは深く息をつく。
「ああ……こんなに胸の内を誰かに話すのって初めて。なんだかスッキリしたわ。ありがと」
「別に礼を言うことでもなかろう。むしろお主を負かした相手なのじゃし、愚痴の一つでも言う所ではないのか?」
「そりゃあ負けたついさっきまではそう思ってはいたけれど……なんだか今はもうどうでも良くなっちゃった」
アンナはあっけらかんに笑う。
「はーい、お待たせ!」
ちょうどその時、ミランダが食事を持ってきた。
じゃが軽いものと言っていたはずなのに、牛のステーキやら大盛サラダやらオニオンスープやら、ミランダが持ってきたのは明らかに軽いの範疇を超えているものばかり。
「ふふっ、こういう時はしっかり食事をとってお互い仲を深めるべきよ?」
「いらぬ気づかいじゃなあ……」
やはりミランダはワシとアンナの関係をなにか誤解しておるようじゃな
「まぁよい……ちょうど腹も減っておったことじゃ。食べるとしようかのうアンナ」
「そうね……あんたに負けた腹いせでやけ食いしてやるわよ!」
早速アンナは熱々のステーキに手を出す。
それからワシとアンナは話に花を咲かせつつ、食事を楽しんだ。
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