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獣人の国 3ー1

「おはよう。昨日はよく眠れた?」

「ええ、おかげ様で」


 昨日は紹介された宿で夜を越した。もちろん睦月先輩達とも同じ宿だったので、この地下室に来ていない人はいないはずだ。


「急な話で悪いが、事態が悪化した。それも大幅に」

「どういう事だ? 何があった!?」

「この国の王妃が亡くなられた。病死ということにはなるだろうが、……暗殺されたのだろうな」

「っ!? 流石にその情報は出回ってないみたいだな」


 国の状況がこんなにも悪い時に、王族に連なるものが死んだとなれば、その影響は計り知れない。その動揺を狙って魔族たちはさらに進行してくるだろう。


「じゃあ犯人は十中八九、王女の中の誰かだね」

「……どういう事か説明してもらえるか? ラプラスちゃんだったかな?」

「あなたと同じくちゃん付けされるような年齢じゃないけどね。私はちょっと特別な能力的なものがあってね、それを使ったんだよ。服装から見ても王族、性別は女。そいつが昨日の夜に魔族と取引してたんだよー。タイミング的に見ても間違いないと思うけどね」

「挑発的な態度をありがとう、とても便利な能力だね。……これではっきりした。魔族は、王族の誰かと繋がりを持った上でこの国を侵攻している。つまり、……その王女の台本通りの展開に収まっているということだね」


 この国の半分以上を失う事までを見越し、王座を奪おうとする王女の皮を被った化け物に、誰もが戦慄した。


 ◇◇


「お父様、お父様っ! そ、そんな、う、うぁぁぁああ!?」


 豪華なベッドの上で安らかに目を閉じ、ピクリとも動かない男性が1人。その亡骸の上に伏せるように泣きじゃくる少女が1人居た。

 純白のシーツは鮮血に染まり、心臓の部分がえぐり取られたことで腐食のペースが上がったのか、酷い匂いが部屋に充満していた。


 王室、そう呼ばれる獣人の国の中で最も堅牢な私室。その中で歴代最強と呼び声高い獣王が亡くなった。


 親族は誰もがその涙腺を崩壊させ、地面にシミを作っていたが、それも一時の静寂を経て、様子を一変させた。


「……さぁ、次はお母様、あなたの番です」


 泣きじゃくっていた様子は嘘のように消え去り、その顔には微笑が浮かんでいた。まだ20歳といかないその少女の瞳の先には、白髪が混じり始めた髪を後ろでまとめたこの国の王妃がいた。その顔に浮かぶのは諦めと、激しい怒りを込めた皺だった。


「……やはり、貴女なのねーーシャラ。何が目的なの!? 第1王女の貴女ならこの国を牛耳るくらいの権力なら手に入るでしょう?」

「権力? この場に及んでまだそんな見当はずれな回答しか思いつかないのですか? そもそも、私だけでここまで出来るとでも? ねぇ?」


 王妃を真正面から捉える少女の横には同じ顔をした2人の少女がいた。その目は虚ろで、この世の像を写してはいなかった。


「「ええ、お姉様」」


 無機質、虚無を感じさせる声で答えた2人の少女を見て王妃はその膝を折り、地面に落ち崩れた。


「……貴女達も殺されていたのね。可哀想に」

「安心してください。お父様とお母様の死体を冒涜するような真似をするつもりはありませんよ。静かに眠ってもらいましょう」


 既に王城内で瞳の中に光を宿しているものはそう多くはない。もちろん大きな権力を持っている者達の中での話だが。


「お兄様、これでやっと始められます。さぁ断頭の一刀を」

「ああ、よくやってくれたなシャラ。だが、ここがスタートラインだ。奴らは既にこの何倍も先を進んでいる」

「分かっています。その軌跡を打ち崩す為にここまでしているのですからね。さあ始めましょう、私とお兄様の世界をっ! その第一歩を踏み出しましょう!!」

「じゃあな。世話になったな母上」


 どこで道を外してしまったのだろう、なぜそれに気づいてあげることができなかったのだろうと後悔の念に胸が痛む中、その首は宙を飛んだ。

 なんの皮肉か、自身の首を落としたのは、息子へのプレゼントとして与えた白刃の宝剣だった。


「イヤー、素晴らしい家族劇もここで終演、幕間の物語へと突入ですか」

「……いたのか、メーザス。お前にはまだまだ働いてもらうぞ」


 音もなく部屋の中に現れた一人の魔人に警戒しながらも言葉をかける。彼もこの計画の中で大きな役割を担っている。もし、計画が上手くいった場合、報酬金以外にも、魔人族に領地を与えるという契約だ。この契約が生きている限りは裏切られることもないだろう。


「幕間とは言ってくれるわね。物語の序幕が終わったところよ?」

「オオ、それは失礼しましたね。っと、こんなやりとりの時間も終わりにしましょう。本題ですが、不安要素であった精霊族と魔人族の件ですがねー、これがまた厄介なことになりそうです」

「何か動きがあったのか?」

「昨日、数十人の元奴隷たちがこの国に入国し、預けられたらしいのですが、その連帯人が人間だったのデスよ」

「なんだとっ!? 人間族がこの国に侵入してるのか!」


 激しい怒気を見せる王子を嘲笑う様にその魔人は続ける。


「そんな彼らの宿を取りに来たのは件の女主人だったんですよ。もうお分かりでしょう?」

「……すでに人間族と精霊族に繋がりはあるってことか。だが、なぜ奴らがこの国に侵入してきた? 特に害する様なことはしていないはずだ」

「ここからは私の推測です、軽く聞き流してください」


 真剣味を帯びた顔を自分はできているだろうか?

 そんなことを気にしながら昨晩の視線のことも踏まえて話を進める。


「彼らは吸血鬼の国に赴いた人間族の使者でしょう。そして彼らは奴隷達を奪い去り、この国に立ち寄った。そして、立ち寄ったついでに()()()()()。そんな所でしょうか」

「まさかっ! 片手間で潰されるほどこの国は柔くない! そもそも、国境を超えた時の関門や、国の警備はどうなっている!? お前達の管轄もあったはずだぞ」

「そこは向こうが優秀だったと思って諦めてください。それよりも、これからの事ですよ」


 適当に責任逃れの為の戯れ言を紡ぎ、薄く笑みを浮かべた。あながち間違ってはいないだろうが完全ではない。

 奴隷達を解放するには人間族達だけでは無理があるだろう。そのため、向こうの、吸血鬼の中にも協力者がいたはずだ。ならば、そのままこの国に侵入してきている可能性もある。

 更には単体で国を滅ぼしかねないパンドラとかいう化け物まで国の外を彷徨いている現状だ。それに気づかないようでは彼らも潮時だろう。


「もう一度見回りに行ってきますよ」


 そう言ってその場を離れた魔人は小さく、はっきりと呟いた。ーーこの世界を滅ぼすのはオレ様だ、と。

 しかし、その呟きはどことなく吹く風にさらわれ、少年と少女には聞こえなかった。

読んでくださってありがとうございました。

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