獣人の国 2ー3
「今日の宿は取ってあるのか?」
フェーカスのお腹が悲鳴をあげたので作戦会議、のための情報交換は中断された。
時刻は七時前、これから宿をとるのは少し難航するかもしれない。
「すっかり忘れてたわ。元奴隷たちの彼らを無事に届けられて気が抜けちゃってたわね」
「なら、こちらで用意しよう。あっ、もちろんこんな薄暗い所じゃなくて、きちんとした宿だから安心してくれ」
「なら、そこにお世話になるわ」
「夕食もそこで用意させよう」
「何から何までありがとう」
構わんよ、と言い残して地下室の階段を上っていった。宿が取れ次第戻ってきてくれるらしい。
「時間が出来たわね。情報を個別に入手した人は教えて」
「んにゃー、その前にこの国の王族の現状を少し教えて欲しいなー。ここは多分来たことなかったし」
「分かったわ。この国の王は今、病に伏せているのよ。結構なお歳だと聞いているし、次期王の派閥争いがあると聞いているわ。第1候補は唯一の王子ね。王は子供には恵まれたんだけど男の子が1人しか生まれなかったのよ」
「ならその王子で決定じゃないの?」
「それがそうでもないのよ。王子自身は野心家でもなくてね、それ以外の王女たちの方がよっぽど野心に燃えていると言われているわ。第2候補が長女、第3候補が次女、第4候補が3女。それ以外にも2人王女がいたはずだけど、他のところに嫁いだはずよ」
「どこに?」
「主に有力な公爵家ね。自分の支持してる王女の味方作りのために近いわ」
「一番野心に燃えているのは?」
「第二王女……かしら? そこまで詳しくはないのだけど、暗躍部隊の一つや二つは持っているって話よ」
「ひゃー怖いねぇ〜」
男1に女5……さぞ難しい人生を送ってきたことだろう。
「女王様もいるのだけど、王になる気はないそうよ。余生はゆっくり過ごすのが一番って公言してる方だから深くは干渉してこないでしょう」
「ふー、ここまでの話を聞いた上で情報を開示するよ。けど、これは……シールさんもいた方がいいねー。少し外に出てくるよ」
「俺も行く!」
「いいよー」
完全に俺っ子状態だが、もう口調を帰るのは無理かもしれない。というか、あのヘンテコ魔王の魔法ならそろそろ自力で解くことが出来るだろう。
しかしその場合、俺がどうなるのかが問題だ。魂の器が無くなることで俺の魂はこの世界をさまよい……怨霊にでもなるかもしれない。
魔法を解除する時は、前もって俺の魂に合う器を用意しておかなければならない。
その時まで女の子の口調を続けるのには精神的にしんどいものがある。
過去を見たことで俺の気持ちは完全に男だ。その上で続けるのは……。
「ラプラス、目で見たのか?」
「ああ、こういう時のための目だからね〜」
「デメリットは?」
「特にないよ。等価交換、その能力に見合った魔力を支払っただけさ」
「はぁ、内容は?」
「魔族と手を組んでいる者がいる。恐らく……王女の中にいるはず」
「……なら、既にこの王都にも?」
「可能性は高いと思うよ」
この国の王に近い誰かが魔人を手引きしている。
ならば、この国の王都に魔人が潜んでいても何らおかしくない。
「それにね、その魔人は……強かった、正直フェーカスじゃ相手にもならないだろうねー」
「ッ!? ……そこまでなのか?」
「直接会った訳じゃないけどね。千里眼と潜在眼の視線に気づくのは大したものだよ。君でも気づくかどうかのレベルだと自負していたんだけどねぇー、根っこから自信を掘り返された気分だよ」
フェーカスは腐ってもフェンリルだ。ペットの彼を戦力としてカウントするのは間違いだと思っているが、その実力は充分戦力になるだろうと思っていた。
しかし、そのフェーカスが相手にもならない、ならば正直なところカラミア先輩でも無理かもしれない。
タイトなんて瞬殺されてしまうだろう。
タイトは学園の同学年の中では確実に両手の指の数のうちに入るくらいの実力者だろう。
しかし、それは全くもって実力が足りているという訳では無い。
本来の魔法も未だに使いこなせていない彼は戦場で1番はじめに死んでしまうだろう。
もし使いこなせれば優秀な諜報員に慣れそうなものなんだけどなー。
「……それなら戦闘は少数精鋭が望ましいか……?」
「そうだろうねー。けど、自分の国を守ると言い張って聞かないと思うけどなぁ」
「……仕方ないな、できるだけ前線で攻撃を撃ち落として戦うしかないか」
「イアちゃんもシールさんもいるし大丈夫だとは思うけど、油断できるほどの相手ではないからねー」
吸血鬼の国を襲った奴らは、パンドラの解放という明確な理由があったが、今回のは別だ。
王女に協力せずとも国ごと落とせそうなものだが、それをしないのにはそれ相応の理由があるのだろう。
例えば、国を落とすことは副産物で、何かを探しているとか? 魔人族は国を作らないが、その思考を持った変わり者はいつの時代にもいた。今回もその手の者だったら楽なのになー。
「魔人たちの目的が知りたい。出来ればどの王女が繋がっているのかも」
「まっーたく、人使いの荒い人だなー」
「頼む。俺にはできない事だから人の手を借りるしかないんだ」
「まぁいいけどね」
隠密行動は得意だが情報集めといった下準備がうまい訳では無い。下準備を怠っても何とかなるだけの実力があったから……いや違うな。
俺の気づかないところで俺はいつも助けてもらっていた。
落ち着いたら礼を言わないとな。
昼間との気温差のせいで肌寒く感じた俺に追い打ちをかけるように肌の表面をなぞる様に夏風が吹き抜ける。
その風に乗ってとある精霊の声が聞こえた。どうやら無事に宿は取れたようだ。
暖かい笑顔で彼女を迎え、その後ろ姿に追随する様に地下への階段を降り始めた。
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