魔王城の双子姫 6ー3
俺は横で力なく、地面に膝をついた少女にかける言葉が見つからなかった。
それでも彼女の表情に含まれているのは悲しみだけではなかった。
過去を振り返らないのではなく、振り返り、受け入れ、その上で前に進もうとする勇気を持っている彼女に、俺は同情はいらないと感じ取った。
そして、俺は苦境を乗り越え、作り物ではなくなった彼女の行く先を、ただ純粋に見てみたいと思った。
彼女が慕っていた主、魔王は死んだ。
それでも魔王は最後に自分を突き動かす感情を力に変え、娘達の未来を残した。
その生き様は決して汚されていいものではなく、汚れるものではない。
俺とイア、そして理解しているかは怪しいが、フェーカス。その三人の心の中に深く刻み込まれた。
翌朝、国は大いに盛り上がっていた。
昨晩から続いた宴会騒ぎは収まることを知らない、と言った状況だ。
もちろん、それは魔王が死んだという吉報が届いたからだ。
そんな宴会で飲み食い出来るほど俺は聖人ではない。
それでも俺の堪忍袋の緒が切れたのは今さっきだ。
なんやかんやでイアが全く怒りを発していないので、キレるまではいかなかった。
それでも王、サンドリア・ウィズマークの一言によって呆気なく沸点に達した。
「昨日! 魔王軍の生き残りを捕獲することに成功した! 本日の正午、捕虜の処刑を実行する!!」
ブチッ、本当に脳の血管が千切れたかと思うほど、俺の怒りは爆発していた。
だって許せるわけが無い。この国の国民を騙し、魔人の手を組んで多くの人々を殺した。
そんな奴が魔王の残したあと三人の娘達を処刑すると言ったのだ。
許せるわけが無い。無論、許すつもりもなかった。
抑えていた魔力は膨張し、外へと溢れ出さんばかりに身体中を駆け巡った。黒い何かが心の中から溢れ出てこようとしたから、力の奔流で吸収してやった。
今すぐにでも殺す、そう決意した時だった。
小さな手の温もりが俺の手に触れた。
俺の手にはイアのてが重ねられ、赤く染まっていた。
そう、イアが怒りを全く出していない訳がなかったのだ。彼女は爪が食い込み皮膚が破れ、流血するほど拳を握りしめていた。
そうまでして怒りを抑え、三人の救出、その機を伺っていたのだ。
それを理解した時、俺の頭の中は整理され、冷静になった。
そして、目的ははっきりした。
俺の目的はこの国の……元の姿を取り戻し、奪った奴らを殺すこと。その為に、魔人達の組織は一人残らず殺し尽くす。これは決定事項だ。
親玉が死んだからといって組織が潰れたかどうかは怪しい。新たな親玉が組織を牛耳り、存続していてもおかしくはない。
そんなことはーー俺が許さない。
イアの目的はなんなんだろうか。フェーカスは何も特に考えていないだろうし。
「イア、これからどうするの?」
「…………魔王になるわ」
「えっ!?」
確かに母の意志を継ぐという点では間違ってはいないのかもしれないが、それは吸血鬼、人間、獣人、様々な種族と対立するということだ。
間違ってはいないが最善の道ではないだろう。
「魔王様が死んだ直後、私達四人の中には真祖の種がまかれた。私はその種を開花させ、力を手に入れる」
「いいの? 戦いだけの人生になるわ」
「それを誰かがしないと、魔王様が忘れ去られる」
彼女の瞳は死んではいない。別に母の後を追おうとか、やけくそになっている訳では無いのは十分に伝わってきた。
「とりあえず三人を処刑から、先輩達を牢屋から救い出して、亡命するしかない」
「どこに行くつもり?」
「…………人間の国か、獣人の国」
正直なところ、情報が無さすぎて判断のしようがない。
先輩達なら何かと知っていそうだからその時に決めればいいと思っている。
「私もついていくわ」
「……魔王はどうするの?」
「全ては終わってから考えること。あの時の魔力の流れはおかしかった。それにまだ終わってない」
イアの視線の先には、貴族達と楽しく酒を嗜んでいる王がいた。
あの男の戦闘力は不明だ。指輪と剣、その両方がとても強力な魔力を帯びていた。それに、組織を利用していたことから、対等に手を結んでいたと考えられる。
最低でもニュクスと同等の戦力と見ていいだろう。
現状では厳しいかもしれない。いや、その可能性の方が高い。三人のうち一人は死ぬだろう。
そんなハイリスクを犯すことはしたくない。
それに最優先事項は別にある。
「とりあえず、処刑の阻止のことを考えよう」
「今から侵入して、ぶっ壊して助けるじゃダメなの?」
脳筋か! 確かにできなくもないが、それこそハイリスクだ。俺は残念ながら【転移魔法】は使えない。その為、緊急脱出などが出来ないのだ。
「それは流石に無理があるよ。あの王の戦力がわからない以上危険すぎる。狙うのは…………の時だ」
「駄犬の頑張り次第って事ね」
「僕頑張れ!」
不安は残るが仕方がない。これが最善だと信じよう!
イアの言う通りフェーカスが鍵となる作戦だ。
その後、俺達は細かい作戦のすり合わせをして正午になるのを待った。
太陽が頭の真上にまで登ってきた。お祭り騒ぎもこれで終わりになることだろう。
「これより、待ちに待った処刑を行う!」
その宣言とともに、落ち着きかけていた宴会場にいる人々から歓声があがる。
処刑される三人は頭に袋を被せられ、ギロチンの横に転がされていた。
「行くぞ!!」
俺達は【隠密魔法】を三人に付与し、広場に設置された処刑台の近くに来ている。
俺はフェンリルモードのフェーカスとイアに目配せし、【氷獄魔法】を王都を覆う範囲で発動した。
そして、イアは城の地下へ、俺とフェーカスは処刑台のすぐ横まで近づいた。
そして、処刑台に向かって【爆裂魔法】を放った。処刑台は派手に吹き飛ぶ。それと共に国民の悲鳴と土埃が同時にあがった。
その瞬間【隠密魔法】を解き、フェーカスが処刑台が吹き飛ぶ風圧で飛ばされた三人を口に放り込み、戻ってきた。
処刑人も、国民も何が何だか分からないという感じだが、王は眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていた。
剣を一度抜いたが、機能が凍結している事に気づき大人しくこの場を見守ることにしたようだ。
俺は戻って来たフェーカスに乗り、土埃の中から国民の前に登場した。
元第二王子、シャルク・ウィズマークの姿で。
「俺はシャルク・ウィズマークだ! 俺はこの国の王を、俺を殺そうとした輩を認めない! これはクーデターだ、俺はいずれこの国を潰しに戻る。それまで首を洗って待っていろ!!」
後ろを向いて【氷塊魔法】を発動する。氷の杭が王に向かって飛んでいく、これは宣戦布告だ。
王は前に出ようとした護衛を手で制し、同じように氷の杭を作り出した。
相殺され、崩れた氷の塊が太陽の光に反射し綺麗に煌めく。
「第二王子を名乗り、その人生を侮辱した反逆者よ! 俺はこの国の王として、何よりも兄として許しはしない!!」
よく言うぜ。こっちが完全に悪役だな。
「フェーカス、行くぞ」
「了解です!」
俺達はその場を駆け抜け、合流地点へと向かった。背中には敵への歓声が上がっているが気にしない。
別に国民に罪はないのだから。いや、無い訳では無いが命を奪われるほどのことはしていない。
「フェーカスはここで待機していてくれ、俺はイアの方に行ってくる」
「お気をつけてー」
王の注意は俺に釘付けだったが、イアの方が難易度は断然高い。見知らぬ場所に潜入し、捕まっている先輩達を救い出さなければならない。
【氷獄魔法】を使った後、魔力探知で先輩達が地下にいることは確認済みだが、牢屋が破壊不可能だった場合は終わりだ。
他にも、先輩達が自力で歩けない時もイアにはどうしようもない。
俺は元の姿に戻り、急いで走った。一分以内に風穴の空いた壁を見つけることが出来た。恐らく、イアはここから侵入したのだろう。
ここから処刑人と三人は出てきていたから地下牢には繋がっているはずだ。そう信じたい。
「っ、誰だ!」
そこに一つのシルエットが浮かび上がった。顔はその場が暗いせいで見えないが、体格からしてイアではない。
「待てって! いきなり剣を向けんな」
「ん?」
どこかで聞いたような、聞いてないような声がした。
「ゼルドミア! まさかもう忘れたー?」
あっ、最後の気の抜けた声で分かったわ。何かはっきりした声だったから違和感があったんだ。
「悪い、だらしなくなかったので分からなかった。それよりもなんでここに?」
「弟の一人が捕まってたんだよ。あっ、ついでにこいつらも拾ってきたぞー」
影から七つの人型が飛び出した。
全員無事みたいだ。これで心置き無く亡命できるな!
読んでくださってありがとうございます!!
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