17.採取指南する影勝(4)
まだ夕刻前で、さほど混んではいない。一行はナイスなおっさんがいる買取カウンターに向かう。
「エルフ殿と花冠とは珍しい組み合わせだな」
「いろいろあって三階で合流しまして」
大盾らがびくっと体をゆするので、細かい詮索をさせないようにリュックから薬草を出しカウンターに積んでいく。
「おっと、今日も多いな。取り方も丁寧だし、相変わらずエルフ殿はいい仕事するな」
薬草の具合を確認するおっさんはほくほく顔だ。
「うちらはこれだ」
大盾もカウンターに薬草を積んでいく。影勝よりは少ないが、それでも採取クランの名に恥じない量ではある。
「薬草はいくらあってもいいから、次も頼むな!」
おっさんに手を振られた影勝はカウンターを離れようとしたが、飯島がリニ草を見つめ立ちすくんでいるのが視界に入った。金が欲しいと言っていたが何かあるのだろうか。おせっかいとは思ったが影勝は声をかけた。
「売らないのか?」
「うわぁぁ! び、びっくりした!」
飯島が予想外の大袈裟リアクションをしたのでギルド内の視線を集めてしまう。注がれる視線に飯島の顔が赤くなる。
「ちょっと、頭冷やしてくる」
飯島がそそくさとギルドを飛び出した。飯島が行ってしまったので大盾らが追いかけていく。周囲の探索者らは興味を失ったのか、視線を元に戻した。
影勝が追いかけるべきか迷っていると、庭師ならスキルでリニ草を栽培できるぞとイングヴァルがささやいてくる。なんでそんなことを知ってるんだと思ったがこいつは重度の植物オタクだった。まぁ知ってるよな。
貴重なリニ草を持ってるとトラブりそうなので影勝も追いかけてギルドを出た。ギルドを出て少しのところで四人が何か話をしている。
「これ、栽培できないかな」
「栽培って、ヒール草だって栽培できてないのにか?」
「だって、売ったらこれっきりだけど、栽培できたらウハウハじゃん。お金持ちだよ?」
「「それっ!」」
「売った方がいいと思うがなー」
耳に入る会話に影勝は吹き出しそうになった。皮算用だが影勝よりもよほどたくましい。だが栽培できるなら、実は影勝にとっても都合がいい。
現状、リニ草を採取できるのが影勝のみなので霊薬探しに専念できていない。母のダンジョン病は完治したわけではないので定期納入をする必要がある。
彼女が栽培に成功すれば、影勝も霊薬に向ける時間が増えるはずだ。ならば応援するしかない。
「話してるとこ悪い。庭師ならダンジョン植物の栽培も可能かもしれないんだ。庭師って何ができるんだ?」
割って入った影勝にビクリと体をゆらす四人だが相手がわかるとほっとした顔になる。
「庭師のスキルって大したものはなくて、水が欲しーなーとかお日様眩しすぎーとか植物の気持ちがわかる。そんなのしかないよ」
飯島が自信なさげに答える。栽培できたらウハウハって言ったのは誰だ。
「ならそれでリニ草の気持ちを聞いてみれば良いんじゃないか?」
「そんなので栽培できるかなぁ」
「スキルがあるんなら試してみないと。失敗してもリニ草はなくならないし、誰も損をしない」
「うーん、まーやるだけならタダだし、やってみよっか」
影勝に乗せられた飯島はリニ草を目線に挙げた。
「ねぇ、欲しいものってある?」
≪……肉≫
「肉!? 植物が肉!?」
≪……肉……肉……魔力ある肉……≫
「この子、魔力がある肉が欲しいって言ってるんだけど!? 怖いんだけど?」
飯島が「こんなの聞いてない!」と影勝に苦情を申し立てている。それでもリニ草を落とさないのは大した根性だ。
リニ草はドカン茸の毒胞子で死んだ生命体の腐肉を栄養源としているのである意味正しいのだ。三階のダンジョン外の森の端でリニ草が群生しているのは色々なものがその下に埋まっているからである。
「魔力のある肉って、牙イノシシの肉とかか?」
「ブラッディアカウの肉はどうだ?」
≪……肉……肉……≫
「ダメだこの子、肉しか言わなくなっちゃった」
飯島ががっくり肩を落とす。魔力がある肉ねぇ、と影勝は考える。
「あ」
思いだしてしまった。あるじゃないか、とびっきりの肉が。
「何か心当たりでもあるのか?」
「「なになに~?」」
「あるんですか!」
四人が影勝の次の言葉を待っている。
「心当たりがひとつあるけど、ここにはないんだよな」
どうするかなと思うが煽ったのは影勝だ。仕方ないとスマホを出す。ちなみにギルドがある場所は外部から有線でもってネット環境を整備されている。よって通話が可能だった。
電話帳から番号を選択する。プルルルとコールが始まると同時に繋がった。
「芳樹です。近江君だね、なにかあった!?」
スマホの画面には芳樹の顔が映る。ちなみに説明するためにビデオ通話である。四人も影勝の背後から顔を覗かせている。
「お久しぶり?です。いえ、何かあったわけでは……何もないわけでもないですけど、そのアレっていまどうなってます?」
「アレ……アレというとアレのことかな。試験的にいくつか鱗は使ったけど、ほぼあのままだよ。まだギルドでも公開してないから」
「そうなんですね。実はですね、アレの肉を使ってみたいんです」
「肉? 鱗とか爪とかではなく? っと、麗奈邪魔しないでってこらー」
「碧の彼氏おひさ。どうした。なにか?」
画面には真剣な顔の麗奈が映る。赤い髪に赤いツナギと、相変わらず赤に染まっている。影勝からの電話と気がついて麗奈がスマホを奪ったようだ。
「おっと麗奈さんもお久しぶりです」
「ちょ、もしかして麗奈さま?」
「「麗奈さま!?」」
「え、まじで?」
影勝の背後が騒がしくなる。向こうでは芳樹と麗奈がスマホを奪い合っているようで画面が揺れまくっている。
「あの、テーブルにでもスマホを置けませんか?」
「わかった、こう?」
麗奈の顔が映って画面が安定した。「ギルド長を呼んでくるから!」と芳樹が駆けていくような気配も感じる。大ごとにしたくないんだけどなーという影勝のつぶやきは、麗奈を礼賛する背後の黄色い声にかき消された。
「あら影勝君、後ろにいるかわいい子たちは誰なのかしら?」
突然、葵が映る。笑顔だが目が笑っていない。何なら背後に般若も見える。鹿児島ダンジョンで碧に告白したあと、葵にはお付き合いすることを報告済みだ。ゆえに般若なのである。
影勝は忘れていたが、鹿児島にはまだ葵がいるのだ。影勝から連絡がありギルド長が動くとなれば当然葵も来る。迂闊。
「三階の森で助っ人してギルドまで一緒に戻っただけです。俺は碧さん一筋です」
「あらそうなの?」
影勝は早口でまくし立てた。いわれのない疑惑は速攻で払拭せねば。
怖い笑顔の葵の横には苦笑いの玄道の姿もある。麗奈は葵の隣で、芳樹は玄道の背後に立っている。向こうが大所帯なのでこちらもスマホを固定すべくリュックから適当な矢を取り出し、キャンプファイヤーよろしくくみ上げ、その上に設置した。胡坐をかいた影勝の横に飯島らが並ぶ。女を侍らせているようにも見え、葵の額には青筋がも浮かぶ。帰ってきたらお説教だなコレと、影勝は戦々恐々だ。
「で、今度は何をしでかすつもりなのかしら?」
「そんな。何度もしでかしてなんかないですよ?」
影勝は思い当たる節だらけではあるがしれっと無視した。そういえばラ・ルゥの羽もあるな。ありすぎてわからない。
「……まぁいいわ、話を聞きましょう」
初顔がいるので自己紹介をするが、相手が鹿児島ギルド長だと知ると四人があからさまに狼狽えだした。「ギルド長なんて旭川でも話したことない」なんて言葉が聞こえてくる。慣れてしまっている影勝がおかしいだけだ。
「えっと、飯島さん、説明してもらっていいかな」
影勝は飯島にぶん投げた。「うぇ?」という声が聞こえたが無視である。そもそもリニ草の声を聴くことはできないのだし。
「あの、このリニ草を栽培しようと思って気持ちを聞いたらですね、肉が欲しいとしか言わないんです。しかも魔力がある肉が欲しいって」
額に汗を浮かべた飯島が向こうに見えるようにリニ草を掲げる。玄道が息をのみ、葵は目を細め「本物ね」とつぶやいた。飯島はじめ花冠の四人は唾をのんで反応を待っている。
「なるほどね、それでアレの肉ってわけね」
「俺が思いつくのはそれしかなかったんで」
「綾部ちゃんに話は行ってるの?」
「あ……」
影勝が言葉を失ったので葵は静かにスマホを取り出した。
「あ、葵だけど忙しいとこごめんね。いまそっちのギルド前に影勝君がいて、まーたやらかしてるから話を聞いてほしいの。うん、かなりやばい案件。ごめんね」
葵がスマホを置くと同時にギルドから綾部が駆け出してきた。パンツスーツにピンクのマフラーといつもの姿だ。綾部の姿を見た花冠の四人は泣きそうだ。
「いま葵さんから連絡があったが」
「えっと、毎回毎回すみません」
「まぁ殿下がやってしまったのだろう。で、かなりやばい案件と聞いたが」
綾部が影勝の後ろの四人に視線をやると「ひぃ」と悲鳴が上がる。影勝が飯島を見たが涙目で顔を左右に振っている。仕方がない。
「いま飯島さんが持っているリニ草を栽培しようと思うんです」
「リニ草……栽培!?」
綾部は額に手を当て天を仰いだ。




