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近江影勝は森のエルフさんで影のない男  作者: 海水


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16.北に帰る影勝(4)

 片岡は奔放な性格もあり、窘められることが多かった。良く考えずに口から言葉が出てしまうのだ。馬鹿にされることは多かった。「頑張ってるから」と褒めてくれるのは堀内くらいなものだった。


「怒られると思われてしまったか。私の口調が硬くてすまないな。と、ここからはお願いというか指示になる」


 指示と聞き、東風らは背筋を伸ばした。ここからが本題と理解したのだ。


「君らが見た火龍に関しては、口外を禁ずる。後日ギルドとして公表はするが、現地で実物を見てしまった君らに悪意の手が伸びるのを防ぐためと理解してほしい」


「わかりました」

「わかりました。ご配慮感謝いたします」

「りょうかいですー、恵美ちゃんは穏便にすごしたいっーす」

「わわわかりました!」


 四人の反応を確認した綾部は満足そうな笑みを浮かべる。


「それと、火龍の素材を使った装備だが、それはそのまま使ってくれたまえ」

「え、いいんですか? 問題になりませんか?」

「やったー、爆裂ハンマーちゃんがこの手にー!」


 思わぬ綾部の言葉に驚く堀内と喜ぶ片岡。火龍が口止めとなれば武具も没収と思ったからだ。


「葵さんから、各自の()()武器だと聞いている。錬成した高田製作所が予想したのかは不明だが、おあつらえ向きに武器はよくある意匠になっている。立派な意匠であれば君らのランクでは違和感があるだろう。節度よく、しかしその力を十全に発揮するべく鍛錬をしてくれたまえ。その力はいずれギルドの力となる」


「「「「はいっ!」」」」

「うむ」


 元気な返事に綾部は鷹揚に頷き、そして懐から名刺を取り出す。真っ赤な名刺だ。


「これは高田麗奈の兄芳樹君からのメールに添付されていたもので、高田製作所の名刺だ。高田製作所にて火龍を素材とした武具の作成が決定されてな、名のあるクランや探索者の争奪戦になるだろう。先行で作成した君たちの武具に何かあった場合には至急連絡をくれれば即対応するとのことだ。我々にとって未知の素材ではあるから、何かなくとも気が付いた点があれば教えてやってほしい。今後作成する武具に反映するとのことだ。あぁ、間違っても君らの武具を公表してはだめだぞ。一番やばい部位を使っている物があるらしいからな。いらぬ諍いに巻き込まれるぞ」


 綾部は東風に名刺を押し付けた。高田製作所(高田麗奈)と書かれ、メールアドレスのみ記載されている。一番やばい部位とは逆鱗だろう。魔法ブースターの爪もやばいが度合いが違う。

 困惑しっぱなしの東風は名刺を取りあぐねている。


「メールは芳樹君がチェックしているので漏れはないと言っていた」


 綾部は東風の手を取り、名刺を握らせた。


「近江君と関係すると大変なのは私自身よーくわかっている。がんばれ」

「あ、はい……ぐぅ」


 東風は初めて影勝を恨んだのだった。

 ギルドを出た影勝と碧は食材を買いにスーパーに寄っていた。探索者が自炊することは少ないが、門前町やもともと住んでいた人らの冷蔵庫としてギルドがスーパーを経営している。


「おかあさんにお米はあるって聞いたから、肉と野菜と卵と冷凍食品があればなんとかなる、かな」

「俺も野菜炒めくらいなら作れる、と思う」


 外食が主だった影勝と母親が調理していた碧は、揃って料理が苦手だ。何が必要かわからないので店内を歩きながら適当にカートに入れていく。

 為せば成る。たぶん。

 言葉にはしなかったがふたりの心の内だ。

 買った食材を魔法鞄に詰め込み、ふたりは椎名堂に向かう。もちろん手をつないでだ。彼氏彼女になったのだからやましいところはない。

 今日は椎名堂に泊まるのかと考えた影勝だが「そういえば」とつぶやく。


「宿は、まぁ今月分は払ってるし一週間くらい不在にするっていってあるから大丈夫か」

「そっか、影勝君はホテルで寝泊まりしてるんだっけ」


 影勝の独り言に碧が絡む。碧にしてもオークションから影勝と一緒に寝泊まりすることが多く、すっかり失念していた。


「どっかのアパートを借りてもいいんだよなぁ」


 東風らが生活環境を変えると考え出したので、自分はどうなんだと思い始めていた。

 お金は一生かかっても使いきれないほどある。なんなら家だってマンションだって買える。だが買ったところで維持が面倒だ。残念ながら高校卒くらいの若い男子は掃除などしない。

 門前町に土地はあるが空き家はあまりない。探索者は、引退して商売を始める、ギルド職員になるなどすれば定住するがそうではないのが一般的だ。影勝など東京からきている上に母親は東京にいる。探索者をやめれば帰京するだけだ。


「クランも作っちゃったし、その、いっそ、うちに来ちゃえば、宿の心配は、ないよ?」


 影勝の手をくいっと引きながら上目遣いの碧がそんなことを言う。上目遣いに弱い影勝に対する必殺技として碧が使い始めている。耐性のない影勝は激しく動揺した。


「さ、さすがにそれはまずいって。俺も一応男だし」

「わたしの彼氏さんは、悪いことするの?」

「しししたいけ……しないよ?」


 焦って顔を背けるも本心が駄々洩れである。

 先日、堀内と片岡が大人の階段を上ったことを聞いてしまってから色々悶々あれやこれやと想像してしまうことが増えた。若い男子なので当然なのだ。 

 しかも親が不在というビッグチャンスである。影勝の中の悪魔がささやくのは致し方がない。

 対する碧も、陣内と一緒に片岡に詰め寄った。やぱり痛かったか、ムードはあったのか、どうやってホテルに入ったのかなどなど、こちらも妄想が爆発している。

 「幸せいっぱい」とにっこにこの片岡を見てうらやむ気持ちもある。自分はおねえさんなんだからリードしなくては、という謎理論も手伝っていた。

 夕食は無事に用意できるのか、という目の前の課題は無視して妄想は続き、そして椎名堂についた。入り口には【所用にてしばらく外出】という札がかけられている。

 碧が鍵を開け、中に入る。


「うーん、棚が空っぽだ。これだと店を開けても売るものがないね」


 碧が店を見渡してぼやく。葵が役に立ちそうな薬を根こそぎ持って行ったのだから当然だ。葵がふたりを帰還させたのもうなづける。


「明日からダンジョンに潜って薬草をとってくるよ」

「うん、お願い」


 店の入り口は再度閉め、ふたりは居住部に向かう。台所で食材を冷蔵庫にしまう。


「洗濯物は洗うから洗濯機の前に置いといてー」


 碧から指示が飛んできたので影勝はおとなしく従う。料理と同じで掃除や洗濯もその家によってやり方があるのだ。

 鹿児島での着替えは洗っていないのでそれなりにあるのでちょっとした山になってしまった。見られても困るものはないしこれでヨシ。さて自分はどこにいれば。


「わたしの部屋の向かいにおとうさんの部屋があるからそこを使ってね」


 次の指示が飛んでくる。碧が洗濯機の前に移動していたので見てはいけないとそそくさと階段を上る。親しき間にもセクハラありである。

 勝手知ったる椎名家なので迷わない。碧の部屋の向かいには六畳ほどの部屋がある。畳敷きで本棚と机があり、押し入れには布団も見える。来客用だろうか。リュックを置き、中から矢を数本だしておく。万が一の時の武器だ。部屋着に着替えた影勝だがお尻がむずむずして落ち着かない。


「……やることはないんだよな」


 ホテルならベッドに転がってスマホでも見ているのだが碧がいるのでそれはできない。何か手伝うことがあればと台所へ向かうと、買ってきた野菜類を前にどうしようかと考えあぐねている碧を見つけた。


「俺も手伝うよ」

「ありがとう。おかず、どうしよう」

「そうだなぁ……」


 ふたりして野菜を見つめる。料理は知っているが調理は知らないふたりなので野菜を見ても思いつかないのだ。


「ここは料理本先生に教えてもらおう」


 碧が台所の棚から本を持ってきた。誰でもできる定番料理、というタイトル。期待できそうだ。


「……無難にカレーにしよっかな。失敗しなさそうだし」


 じっと読んでいた碧がため息交じりにそう言った。千里の道も一歩からである。

 食後のまったりタイム。皿は食洗器にお任せだ。洗濯は終わっているので干すのを手伝うと申し出たが碧に「ダメ!」と拒否された。部屋干しなので嫌でも目についてしまうがそこはうまく隠すのだろう。

 所在無げな影勝はリビングでぼけーっとしている。


「明日は何階に探しに行こうかなー」


 ヒール草なら二階の草原だがあそこは人も多くて踏まれていたりもする。かといって彷徨う精霊の泉を探すのは難しい。狙って到達できる場所ではない。どうしようかと考えているうちに瞼が重くなってくる。本人が気が付かないうちに疲労がたまってるのだ。


「影勝君、お風呂用意できたからー」


 碧の声に起こされた影勝はのそりと立ち上がり風呂へ向かった。

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