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近江影勝は森のエルフさんで影のない男  作者: 海水


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25.対峙するふたり(4)

 そんな様子を背で感じている影勝と北崎。ふたりの視線はよろめきながらも立ち上がり、ぼろぼろの剣を離さない甲斐に向いている。


「あの野郎、まだ動きやがるな。()()()()もうとっくに動けなくなってなきゃおかしいんだが?」

「……スキル、というか、魔法とかであんなのにあるんですか?」

「聞いたことはねえが、野々山、そんなバフ魔法ってあるのか?」

「ええええっと、僕が知らないだけかもしれないけど、そんな魔法はないよ」

「薬であーなるとかはねーのか?」

「俺の知る限りは……」


 心配になった影勝はイングヴァルに問うた。ないこともない、という聞きたくなかった答えが来た。

 痛覚を消す植物はある。筋力を増幅させる植物もある。精神を高揚させる大麻もある。悪魔的に混合させた場合においては不可能ではない、とのことだ。使用者がどうなるかは不明だが。


「言い淀むってことは、あんだな?」


 北崎は視線を甲斐に向けたまま、影勝に問う。


「可能性の話でいえば、あります」

「それをあいつ(甲斐)が、できると思うか?」

「無理ですね。材料がそろったとして、やれるとしても、ダンジョン植物の知識がある俺と突き抜けた調薬技術がある碧さんが揃うのが最低条件ですね。そんな薬は作ろうとは思わないけど」

「ってことは、やべえバックがいるってことか。いやだねぇ。知りたくもなかったぞ」


 北崎は、セリフとは真逆の、やる気を見せた笑みを浮かべた。甲斐にしこたま蹴り飛ばされたのに闘志の炎は燃え盛っているようだ。


「死なせちゃまずいんだろ、()()でも」

「捕まえて、葵さんに見せればもしかしたら何をされたのかがわかるかも」

「ってことは、ほっとくと用済みで始末されるってことだよな」

「まぁそうでしょうね」


 影勝の頭には、ダンジョン麻薬の件で処理されたことが思い浮かぶ。黒幕が同じならやることも同じだろう。薬物を使うことは許せないが、それによって殺されてしまうのも許せない。影勝はまだまだ子供で、大人の事情など顧みないのだ。


「さて、いっちょやるか」

「北崎さん、怪我はいいんですか?」

「あ? あんなもん気合で何とかするんだよ」


 意外にも根性論者だった北崎は両手に持つ剣を握りしめる。


「うちのリーダーにしてくれたことの落とし前をつけないとな」

「援護します」

「頼むわ」


 北崎は少し腰を下ろし前傾姿勢になると、砲弾のように飛び出した。


「【狂気】!」


 飛び出した北崎はスキルを発動させ、更なるスピードアップをし、あっという間に甲斐の目の前に到達した。【狂気】スキルとは職業狂戦士のスキルで、体のリミッターを外すことでパワーを上げるものだ。当然脚力も上がる。


「さっきは油断しただけだ!」


 それ負けフラグと突っ込まれそうなセリフを吐いて北崎は【怪力】スキルを併用する。【狂気】スキルに【怪力】スキルの併用が北崎の売りで、そこを買われてスカウトされている。

 北崎に気が付いている甲斐だが、ダメージの蓄積か動きが鈍く、剣を構えているが剣先は揺れてしまっている。


「ガ、ガァァァ!」


 甲斐が獣の雄叫びを上げ、剣を頭上に振り上げる。その剣に矢が()()()()る。突き刺さった矢は無理を強いていた刃を粉砕する。


「最高のアシストだぜ!」


 狂気を抑えつけられない北崎はその勢いのまま甲斐の懐に入り込んだ。剣を下に向け腕をクロスさせる。


「死なねえ程度にぶっ殺してやる! ウラァァァァ!!」


 北崎は腕を力の限り振り上げた。剣の腹で甲斐の顎をかちあげ身体を浮かせた北崎はその場でバク転し、オーバーヘッドシュートの要領で甲斐の腹を蹴り上げた。全力全霊ボディアッパーだ。


「ゴブゥゥゥ!!」


 【狂気】+【怪力】のダブルスキルで蹴り上げられた甲斐は体を折り曲げた姿勢のまま、胃の内容物を吐き出しながら空に飛んでいく。そこに待ち構えたいたのは、影勝だ。北崎が蹴り上げた甲斐を、捕まえるべく空中歩行の魔法で動いていたのだ。

 くの字に曲がる甲斐の頭をつかみ、涎と吐しゃ物まみれの口に錠剤をぶち込んだ。


「碧さん特性の解毒剤だ。()()()()()を消してくれるぞ」

「ムグゥゥァ」


 札幌でも使った即効性の解毒剤はすぐに効果を発揮する。甲斐の顔が途端に歪んだ。


「ギャア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」


 甲斐の体に激痛が襲う。亡者が鬼に甚振られているような絶叫が一階にこだまする。あまりのうるささに影勝は手を放してしまった。


「おっと落としちゃまずいな」


 影勝は甲斐の左足を掴み宙ぶらりんにした。痛みに悶絶する甲斐は芋虫のごとく暴れているがそんなことはお構いなしだ。


「イデェェェェェアアアアア!!」

「さてもどるか。にしてもうるさいな。睡眠薬でも混ぜときゃよかったか」


 影勝はのんきにそんなことをぼやきつつ、うるさい甲斐を振り回した。


「おいおいなんだよそれ。反則だろうが」


 甲斐を片手に空中を歩いて帰ってきた影勝に北崎がこぼした言葉だ。舞も野々山も小田切も「はぁ?」という顔でお出迎えだ。


「こいつをギルド長に引き渡したいんだけど」

「空中を歩いてるのはスルーかよ」

「企業秘密なんで」

「クソが。あの(模擬戦)時は思いっきり手を抜いてたってわけかよ」


 北崎はニヒルな顔でこれ以上なく脱力した。影勝は激痛に悶える甲斐を地面に投げ捨てた。「ォグゥェ」と表記不可能な呻きをこぼすがみな無視した。意識がない亮は舞が背負う。


「さてこいつはギルド長に渡さないと」

「そいつを持ち帰られちゃ困るんだよなぁ。殺してくれないとー」


 テルテル坊主のようなローブ姿の人物が影勝の背後にいた。顔は仮面で覆われているが声から男だろうと推測はできる。背丈は成人男性の平均というところだ。だがその身から発する圧は影勝が後ずさるレベルだった。

 気配も感じなかったしなんにせよのこの圧はやばい。

 影勝の背に嫌な汗が流れる。


「オッとっそこまでだ、西向」


 頭上から金井の声が落ちてきた。直後、金井はすとんと地面に降りてくる。いつものアロハシャツにビーチサンダルだ。夏男金井はどこでも金井だ。


「そいつは大事な証拠品だ。なくされちゃ困るんだよ」

「おやおや、出不精なギルド長自らとは恐れ入る」

「お前ほど出不精じゃねーぞ、西向」


 仮面の男と金井が睨みあう。


「近江、そいつをもってギルドに行け。()()()()()()()()()()


 視線は西向に向けたままの金井が指示を出す。


「仕方ない、処分するか」

「させねーよ」


 西向が何かしようとして金井が阻止したのか、地面で悶える甲斐の周りで爆発が起きた。吹き飛ばされた甲斐が影勝の足元に転がってきた。


「近江、早くしろ!」

「は、はいッ!」


 強く言われた影勝は反射的に甲斐の足をつかんだ。と同時に【影のない男】と空中歩行を発動させる。


「き、消えた!?」

「ねぇ、彼消えちゃった……あれ、椎名さんも消えちゃった?」


 舞らの背後にいた碧の姿も消えていた。姿を消した影勝が回り込んで片腕で抱き上げていたのだ。碧を放置できる影勝ではない。


「影勝くん、あの仮面の人って金井ギルド長の知り合いなのかな」

「なんか面識があるって会話だよな」

「西向って言ってたね。お母さんなら知ってるかな」

「聞きたいところだけど、まずはこいつをギルドに投げ込んでからだ」


 左腕に碧、右手で甲斐の足首をつかんだ影勝は空中を駆けている。ゲートまではすぐだった。惨劇のお陰か探索者の姿はない。影勝はスキルを発動させたままゲートをくぐった。

 ダンジョンでは仮面の男と金井が睨みあっている。お互い身じろぎもしないが、周囲では激しい音や閃光が飛び交っている。


「西向、相変わらず厄介なスキルだなーお前のは」

「お互い様だろ? 俺の手をことごとく潰しやがって」


 金井と西向がけん制しあう。西向の何かを金井のスキルがどうにかしているのだ。


「チッ、ジリ貧なのはこっちだな。しかたねー、そろそろお暇するぜ」


 西向がストライカーズの方に視線をやると金井の意識が一瞬彼らのほうに向いた。その隙に西向の姿が消えた。何かに吸い込まれるように、後方に溶けていったのだ。


「……ッチ、逃がしたか。あいつ(西向)が裏で糸引いてるとなると、めんどくせーな」


 金井はがりがりと頭をかいた。

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