25.対峙するふたり(1)
影勝が碧にホールドされていた頃、醜態をSNSで拡散されてしまった甲斐は八王子ダンジョンに近いマンションンの一室にいた。量販店で売っていそうな、あまり格式が感じられないソファでうなだれている。
「大変でしたねぇ」
琥珀色の液体で満たされたガラスのグラスを持った男が少し離れたキッチンから歩いてくる。清潔感を保った髪型。どこにでもいそうな薄い顔。平均的な身長。スラックスに白いシャツと、記憶から真っ先に消されそうな、存在感の薄い男だ。
「クソ! 邪魔しやがってあの野郎! 許さねぇ!」
「そうですとも。甲斐さんの覇道の邪魔をするなんて、身の程知らずですよ。はい、これでも飲んで落ち着いてください」
「フンッ!」
甲斐は差し出されたグラスを乱暴にとり、一気にあおる。口のわきからこぼしながらも、喉を鳴らして飲み干した。手の甲で口元を拭いた甲斐は空になったグラスを投げ返した。
「西向、もう一杯よこせ」
「飲みすぎは毒ですよ」
「うるせぇ! てめえはさっさと用意しろ!」
西向と呼ばれたの男の忠告にも甲斐は取り付く島もない。目は血走り、髪は乱れ、無精ひげが目立っている。相当の疲労が見てこれた。
「お父上は残念でしたね」
「親父は、はめられたんだ!」
「そうですとも。あのギルド長たちの悪だくみでですね」
「ッ! 許さねぇ!」
憤慨やるかたなしの甲斐に、西向がまた琥珀色に染まったグラスを渡す。甲斐はまた一気に飲み干した。
「いやぁ、甲斐防衛副大臣が汚職で辞職するのは我々としても想定外でした」
「親父は、はめられた、だまされ、たんにゃ!」
「本当に、残念です」
「くそっ。あいつら、ゆるされぇぇぇ!」
甲斐は呂律が回らなくなり、頭も左右に振れ始めた。かなり酩酊しているようだ。
「悪いのはあいつら。我々の敵、ですよ」
「てき……てき……」
「悪い奴らはやっつけませんと」
「やっつ、けりゅ……」
西向の誘導に、甲斐は虚ろな顔になっていく。まるで洗脳されていくような。
「そうですとも。この薬を飲めば、あなたは無敵になれるんです」
「むて、き?」
「そうですとも。誰よりも強く、ですよー。わかりますねぇ?」
「つよ、ころ、ころす……ぶっこ、ろす」
「そうですそうです。邪魔な存在は排除されなければなりません。さぁ、この薬も飲んでください」
西向はどこかからか錠剤を取り出し、甲斐のグラスに静かに入れる。そしてまた琥珀色の液体でグラスを満たした。
「さぁさぁ、一気にいきましょぅ」
西向がふふっと楽しそうに笑うと甲斐はまた一気に飲み干した。
「旭川じゃやられちまったが、ここじゃそうはさせねえって。ぎゃはっはははははは!」
西向は狂ったように笑い出した。
朝のギルドでストライカーズと落ち合う約束があり、影勝と碧は受付に向かっていた。
「昨日の焼肉おいしかったね! さすがクロゲダンジョンギュウだね!」
「和牛のパクリかと思ったけど違うのな」
「噛みしめると口の中が幸せ肉汁で満たされるのがステキ! 旭川でも獲れればいいのに」
「ブラッディカウも美味しいけど、黒毛ダンジョンギュウのほうが上だなぁ」
ふたりは昨晩食べた焼き肉を讃えていた。
クロゲダンジョンワギュウというのは八王子ダンジョン五階の平原にでるモンスターだ。黒毛和牛に似た牛だが、大きさは四倍ほどもありダンプ並みだ。猪突猛進型で突進すると曲がれないので足元に転ぶ罠を仕掛けていくと簡単に狩れるとあって三級探索者のいい稼ぎとなっている。ドロップする肉には等級があり、最高はA5なのだとか。
昨晩は少しだけA5の肉を楽しんだふたりだ。
「毎日食べても飽きなさそう……ん。着信だ」
思い出して涎が出そうだった影勝のスマホに着信がある。相手は綾部だ。影勝の眉根が寄る。嫌な予感しかしない、というか、そんな連絡しかないのだ。
「綾部だ。いま田畑さんから連絡があった。甲斐元副大臣の息子が近江君を狙っているらしい。問題なく撃退できると思っているが気を付けてくれ」
「甲斐……あの因縁つけてきたやヤツですか」
「ギルドのブラックリストに載っているような輩だとは知っている。反社の西岡が接触しているとの情報だ。そいつが旭川の黒幕だ」
「あのダンジョン麻薬の!?」
「そうだ。ギルドが保護していた犯人らが殺された」
「こここ殺された!?」
「おそらく西岡が所属する組織の仕業だ。厳重な監視をつけていたが掻い潜ってやられた。ギルド内にも協力者がる可能性が高い。その手が近江君に向くかもしれん。大丈夫だと思うが、くれぐれも油断せぬように」
「え……は、はい……」
通話を終えた影勝は放心している。
殺されたって、なんでそんなことを。
探索者になったとはいえ犯罪とは無縁で普通に生きていた影勝の理解を超えていた。
「影勝くん、なんて?」
「綾部ギルド長から、気をつけろって」
「それだけ?」
訝しむ碧がじっと見つめる。隠し事を疑っている目だ。彼女にとって影勝は無二の存在だ。何かがあっては遅い。
「旭川で捕まえたあの人らが殺されたって……そいつらの黒幕が昨日襲ってきた甲斐ってやつをけしかけてくるかもって」
「ええええぇぇえ!」
碧はショックで大きな声を上げたがすぐに手で口をふさいだ。それでも「もごごご!」と驚きを隠せないでいる。眼鏡の奥の瞳が大きくなって、不謹慎にもかわいいなと思ってしまうほどには影勝もアレだった。
「どどどどうするの?」
「どうって言っても……やばかったら碧さん連れて逃げるよ。狙いは俺だろうし、ダンジョンの外に行けば追ってはこれないだろうし」
「でででもそうするとバイコーンの革が手に入らないよ?」
「まぁ、なくってもどうにでもなるから。それよりは安全だよ」
重要なのはふたりの安全。装備品なんて比べるまでもない。
「一応、彼らにも情報は共有しておこう」
影勝はカウンター前に集まっているストライカーズらを見てそう言った。
「そんなことが許されるの?」
「なんだそれ、無茶苦茶すぎる」
「そーゆーのは映画の中だけにしてほしいぜ」
「わ、わたくしも巻き添えを!!??」
「ぼぼ僕はやってないよ!」
ひっそりこっそり説明したが反応はふたつに分かれた。信じられないという反応と自分は無関係だという主張だ。無責任のように感じるかもしれないが、影勝は両方とも理解できた。そもそもストライカーズとは関係ない話だ。
「だから、俺たちといると迷惑がかかる。別行動がいいと思う」
影勝は確認するように聞いた。
「そうかもしれないけどさ、だからってハイサヨウナラってのは寂しすぎやしないかい?」
「ここで引いたらストライカーズ、ひいては三日月の看板に傷がつく」
舞と亮の意見は違った。ちょっとオコっぽい。
「いざとなったらギルド長もでてくんだろ。いつも酒飲んでるけど、やばい空気には敏感だぜ」
北崎も同調するようだ。しかし金井の評判よ。
「わ、わたくしは……野々山、あなたはどうするの」
「ぼ、僕はちょっと……」
小田切はすがるように野々山を見るが、彼は及び腰だ。野々山は補助スキルの職業で戦い自体が不得意だ。自身の身の安全を第一に考えるのは当然。それとモンスターに対して魔法は使えるが人に対しては抵抗感が強い。小田切としては同じ魔法使いの野々山の動向いかんとしたかったのだろう。
「野々山の気持ちもわかるっと着信だ。誰だよって社長!? もしもし亮です」
亮のスマホに相川から通話が入る。
「亮かい? もうダンジョンに入っちまったかい?」
「まだ受付の近くです。甲斐の件ですか?」
「そうそれさ! まったく、あのガキはろくなことをしないね!」
「俺たちはどうすればいいですか? 護衛とはいえ相手はあの甲斐ですよ?」
「あぁ、甲斐は探索者の資格を剥奪されてるから、逆にとっ捕まえてほしいんだよ!」
「はぁぁぁ!!?? 探索者資格剥奪!? 捕まえるって!?」
「殺さなきゃいいって、金井ギルド長も言ってるし!」
「殺さなきゃいいっていやいやいやいやちょっと社長! 社長!? ああああ切りやがった!」
亮の反応からいろいろ察したストライカーズのメンバーは口を開きっぱなしだ。野々山は宇宙猫になっている。大声を出しているので周囲の視線も集まってしまった。




