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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十五章 サンキエム・グリモワール
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94 成長する本(ブック)

 セティはソフィーの腕にしがみついて、泣きそうな顔でソフィーを見上げている。漆黒の瞳は潤んでいて、そして真っ直ぐにソフィーに向いていた。

 セティがわかってくれている、そのことでソフィーは勇気を取り戻した。希望も見出した。

 所有者(オーナー)としてできるだけのことはやってみせる、と決意した。


「ありがとう、セティ」


 ソフィーの微笑みに、セティはほっとした顔をする。それから、泣きそうになった自分に照れたのか、唇を曲げてふいと横を向いた。

 セティは子供扱いを嫌がる。だから頭を撫でると機嫌を損ねる。それはわかっていたのだけれど、ソフィーはどうしようもなく目の前のセティに気持ちを伝えたかった。

 言葉ではなく、行動で。

 だから、そっとセティの黒い髪を撫でた。戦いで汚れてぐしゃぐしゃになった髪を、丁寧に指先でくしけずる。

 自分の頭を撫でる所有者(オーナー)の手の温度が、セティの胸の奥にまで伝わる。


(じいさんとソフィーは違う。違う手だ。でも、温かい)


 それで、セティは少しだけ大人しく撫でられていた。勝手に赤くなる頬が恥ずかしくて、うつむいて、ようやく唇を尖らせる。


「もうやめろ。子供扱いはするな」

「うん、そうだね。ごめん」


 ソフィーは名残惜しく、セティの頭から手を離した。セティが睨み上げる。ソフィーが微笑む。


「隠れても無駄だよ、いいかげん出てきなよ!」


 サンキエムの声が響いて、二人ははっと真剣な顔つきに戻った。茂みの向こうに視線をやる。


「本当にこの辺り全部焼き払ってしまったって構わないんだ。さっさと出てこいよ!」


 その声はだいぶ苛立っていた。もう少しすれば、きっとその言葉通りに周囲を焼き払うことだってしてしまうだろう。

 ソフィーとセティは目を合わせる。その時にはもう二人とも、探索者(ブックワーム)の表情をしていた。


「サンキエムはわたしがなんとか止める。セティ、あなたは写し(コピー)と戦って」


 ソフィーの言葉に、セティは悔しそうにうつむいた。


写し(コピー)に勝てるか、わからないんだ……あいつは、完璧な写し(コピー)で、だから……」

「力も互角?」


 こくりと、セティが頷く。

 悔しげに唇を噛むセティの顔を、ソフィーは優しく覗き込んだ。


「そうね、確かにあの写し(コピー)は完璧かもしれない。でも、セティ、あなたは知識を食べて成長する(ブック)なんでしょう?」


 セティがソフィーを見上げる。その視線はまだ、不安を映して揺れていた。


「でも」

「今は力が互角かもしれない。だったらあなたが成長して上回れば良い、そうでしょう?」


 ソフィーの言葉に、セティは目を見開く。


「それって……」


 ソフィーは小さく微笑むと、道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出した。


開け(オープン)音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケット


 小さな声でも、命令はきちんと届いた。ソフィーの手のひらの(ブック)が、シダの葉陰でぼんやりと光る。その光は小さくまとまって、コオロギの姿になった。

 ソフィーはその手をセティに差し出す。


「セティ、この(ブック)をあなたにあげる。あの写し(コピー)はこの知識を持ってない。だから、あなたはこれで写し(コピー)を上回れるはず」


 ソフィーの手のひらの上で、跳鳴虫(クリケット)は大人しくセティを見上げている。きっとソフィーの意思が、そうさせているのだろう。

 セティは戸惑うようにソフィーを見上げた。


「良いのか?」


 セティが(ブック)を食べてしまえば、(ブック)としての姿は失われる。ソフィーはもう(ブック)所有者(オーナー)ではいられない。

 それは(ブック)を大事にしているソフィーにとって、戦力が失われる以上の意味があるんじゃないかと、セティだってもうじゅうぶんに理解できた。

 だというのにソフィーはなんのためらいもなく、頷いた。


「ええ、これであの写し(コピー)に勝って。セティなら、きっと勝てる」


 そこにあるのは、信頼だった。ソフィーは信じているのだ、セティが写し(コピー)に勝てると。

 その意思を受け取って、セティも頷いた。その視線にはもう、戸惑いも迷いもなかった。


「わかった」


 セティは跳鳴虫(クリケット)に向かって手を伸ばす。大人しく掴まれる跳鳴虫(クリケット)を握ると、その姿は消えてぼんやりとした光になった。


「お前の知識、食らってやる。俺の一頁になれ」


 手の中の光を、セティは口元に持ってゆく。口の中に光を入れる。こくりと白い喉が動く。ぼうっとセティの体が光る。

 それでもう、知識はセティの一部になった。


「これで、この知識は俺のものだ。音迷の跳鳴虫グリヨン・ドゥ・リリュゾン・ソノール


 コオロギが一匹、ぴょんと飛び出す。また、一匹、二匹、三匹。無数のコオロギが跳ねて、シダの葉陰に紛れて広がってゆく。


「これで、俺は写し(コピー)に勝ってみせる。サンキエムにだって負けない」


 セティがソフィーを見上げる。二人は視線を交わし合って、お互いに頷いた。


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