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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十四章 破壊顎の大百足(ミリパット・モルシュール・ブリズーズ)
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84 リオンの覚悟

 二体の破壊顎の大百足ミリパット・モルシュール・ブリズーズに挟まれて、狭い洞窟内でソフィーとリオンは追い詰められつつあった。大ムカデの長い体がうねり、がちがちと顎の鳴る音が二人を囲む。

 洞窟内のじっとりと湿った空気に、ソフィーの背中を冷や汗が伝って流れる。

 大ムカデに対しては不利と判断して、ソフィーは早々と鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオンを閉じていた。今は音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットの鳴き声で大ムカデを撹乱して、逃げる隙を作ることしかできていない。

 星灯の蛍スターライト・グロウワームはでこぼこした地面を照らす役にしか立っていない。獲物を追いかけることに夢中の大ムカデは、(グロウワーム)のわずかな光を避けるようなことはなかった。

 リオンは大ムカデの顎から逃げながらも鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインで反撃しているが、トドメを刺せるほどにはダメージを与えられていない。

 二人とも疲弊が蓄積して、苦しい戦いを強いられていた。特にソフィーは、さっき写し(コピー)につけられた腕の傷、その痛みが集中力を削いでいた。

 そして、それだけではない。


(セティの写し(コピー)は……)


 ソフィーは大ムカデの向こう、出口の光が見える方へと視線をやる。写し(コピー)が逃げた先、そこにセティもいるのだろうか。セティは今、どうしてるのだろうか。無事だろうか。ソフィーの胸の中に不安が膨れ上がる。

 不安が連れてきた弱気を、ソフィーは無理矢理心から追い出した。がちがちと鳴る大ムカデの顎が近づいてくる。壁際でぎりぎりそれをかわすと、大ムカデの顎は苔むした壁に突き刺さった。長い体がうねる。

 リオンも大ムカデの顎を避けて、後ろに飛び退る。その体勢のまま、鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインの棘を大ムカデの顎に打ち込んだ。

 大ムカデはのけぞるように伸び上がって、大きく頭を揺らした。

 その隙に、リオンがソフィーの隣に立つ。リオンの背がソフィーの肩にぶつかった。それぞれに大ムカデの動きを警戒しながら、言葉を交わす。


「セティは?」

「あれは写し(コピー)。本物じゃない」


 リオンの短い問いかけに、ソフィーも短く答える。リオンは注意深く大ムカデの様子を見ながら、そうかと頷いた。


「ソフィー、お前は写し(コピー)を追え。こいつらは俺がなんとかするから」

「それは……でも!」


 ソフィーが反論するよりも前に、大ムカデが顎を開いて向かってきた。ソフィーは地面を転がって、大ムカデの体の下に潜り込む。

 リオンは山荒(ポーキュパイン)の棘を放ちながら、横に跳んだ。大ムカデはリオンに狙いを定めて頭を動かす。もう一体の大ムカデもリオンの動きを追いかけていた。


「俺なら大丈夫だ! 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)を開けば勝てる!」

「でも!」


 ソフィーは跳鳴虫(クリケット)の鳴き声を響かせる。大ムカデが二匹とも、音の出所を探るように頭を動かした。


「とにかく写し(コピー)を追うんだ! セティもきっとそこにいる!」


 ソフィーは大ムカデの体の下から這い出すと、リオンを振り返った。リオンは二体の大ムカデ相手に、鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインを構えて立っている。

 写し(コピー)を追いかけるなら、二体ともリオンを狙っている今が好機だ。でも、本当にリオンを置いていってしまって良いものか、ソフィーはためらっていた。

 リオンは向かってくる一体に棘を撃ち込んで、地面を転がる。そこを狙ってきたもう一体は、転がってかわす。

 ソフィーはリオンに向かって一歩踏み出しかけた。


「ソフィー! 行け!」


 地面を転がりながら、リオンが叫ぶ。その声に、ソフィーは足を止める。リオンの叫び声には、確かに覚悟があった。


(リオンの覚悟を無駄にはできない!)


 ソフィーは拳を握り締める。


「リオン! 無事で!」

「すぐに追いつく!」


 迷いを振り切ってリオンに背を向けると、ソフィーは走り出した。せめて最後に、と跳鳴虫(クリケット)の鳴き声を奥から響かせる。

 それがどれほどの隙を作れたかはわからない。それでもソフィーはもう、振り向かなかった。

 音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットはひと鳴きしたあと、ぴょんぴょんと跳んでソフィーを追いかけると、肩に飛び乗った。


閉じろ(クローズ)


 ソフィーは走りながら音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットを閉じる。肩の上の跳鳴虫(クリケット)はぼんやりと光る。

 その光はソフィーの手のひらの上に集まって、(ブック)の姿になった。手早く道具袋(ポーチ)(ブック)をしまう。

 ソフィーはもう振り返らない。リオンの覚悟を受け取って、ソフィーも覚悟を決めたのだ。


(今は写し(コピー)を追いかける! そしてセティを見つける!)


 星灯の蛍スターライト・グロウワームが照らす中、ソフィーは出口の光を目指して走る。

 光がだんだん大きくなってくる。眩しさに、ソフィーは目を細めた。


閉じろ(クローズ)


 じゅうぶんな光量を感じて、ソフィーは走りながら星灯の蛍スターライト・グロウワームも閉じた。この先何があるかわからない。(ブック)の力はできるだけ温存したい。

 そしてソフィーは、光の中に出た。

 洞窟の外も空気はじっとりと湿っていた。重たい空気が肌を撫でる。

 石混じりの地面はあちこち苔に覆われている。周囲にはソフィーの背よりもずっと大きいシダ植物が生えている。シダ植物はまるで木のように伸びて、葉を広げ、空を覆い隠していた。


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