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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十一章 本(ブック)の少年と友達
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69 職人の子

「セティは本当に探索者(ブックワーム)だったんだな。すごいよ」


 クレムはまるで重大な秘密のように、セティに向かってそう言った。その言い方に、セティは瞬きをした。


「信じてなかったのか?」

「だって、セティは俺より小さいじゃないか。そんな子供が探索者(ブックワーム)だ、なんて、普通は信じないよ。ジェイバーだってまともに(ブック)を開けないのにさ」


 セティは唇を尖らせたけど、でもふと気づいた。


「クレムは、俺が探索者(ブックワーム)だって信じてないのに、馬鹿にしないでくれたんだな。お前の父さんだって、子供扱いしないで道具袋(ポーチ)を売ってくれた」


 クレムは照れたように目を伏せた。


「まあ、そりゃ……セティはお客さんだったからな」


 そして、誤魔化すようににっと笑った。つられて、セティも口の端を持ち上げた。


「でも、今はちゃんと信じてるよ。まあ、あんなの見た後なら信じるしかないけどな。本物はやっぱすげえな」

「それはまあ……本物だからな」


 セティは得意げな顔で、顎をあげた。その様子に、クレムは笑う。


「そういえばセティって、なんで探索者(ブックワーム)になったんだ? 子供なのに」

「子供扱いするな」


 得意顔から一転、セティはむすっとクレムを睨んだ。それから、自分のことを思い返す。探索者(ブックワーム)になりたかったわけじゃない。単に探索者(ブックワーム)に見つけられただけ。

 でも、と記憶を辿っていくうちに、アンブロワーズのことを思い出す。


「言われたんだ、じいさんに。知識を集めろって。たくさん知識を集めて、そうしたら俺は……」


 大魔道書になる。自分はきっとそのために造られたのだと、セティは考える。

 でもそれをクレムには言えなかった。セティは困ったように眉を寄せてクレムを見た。


「とにかく、俺は知識をたくさん集めたい。だから(ブック)を探して手に入れるんだ」

「すげえな……あんなに危ないのに」


 クレムは自分のつま先を見た。


「クレムは……探索者(ブックワーム)にならないのか?」


 セティの質問に、クレムは顔をあげて笑った。


「俺が? 無理だよ俺なんか」


 明るく笑った後に、クレムはふと真面目な顔をする。


「そりゃあ、さ。ガキの頃は憧れたこともあったよ。かっこいいって。

 でも、ほら、うちの店って探索者(ブックワーム)の人が来るだろ? 一回来たっきりで二度は来ない人も多いんだ。

 もちろんさ、書架(ライブラリ)でいっぱい儲けて中古品なんか買わずに新品の店で買うようになった人もいるだろうけど……そうじゃなくて、書架(ライブラリ)に入ってそれっきりの人だっているんだなって……気づいたからさ」


 クレムはセティの顔を見て、そばかすの顔をくしゃっとさせた。笑ったような、泣きそうなような、不思議な表情だった。きっとクレム本人も、自分がどんな顔をすれば良いのかわかっていないのだろう。


「だから俺は、書架(ライブラリ)に潜るのは怖いし、潜りたいとも思わない。父ちゃんと同じなんだよな、きっと」

「でも……でも、クレムはジェイバーと一緒に書架(ライブラリ)に入ったじゃないか」


 セティの言葉に、クレムはバツの悪そうな顔をした。


「あれはさ……だって、ジェイバーのこと、勝手にしろって思ったけどさ、でも放っておけなかったんだ。本当は嫌だったよ。思った通りに怖い目にあったし。

 やっぱり俺には向いてないんだ。書架(ライブラリ)なんかもう二度と潜りたくないね」

「ふうん」


 書架(ライブラリ)が怖いというのは、セティにはない感覚だった。セティは書架(ライブラリ)の中しか知らなかった。

 だから、どんな(ブック)がいても、どんなことがあっても、セティは書架(ライブラリ)が怖くない。そこが居場所なのだとすら思う。

 セティにとっては、書架(ライブラリ)の外の方がずっと不安だった。


(別に怖いわけじゃないけど。今はもう全然平気だし)


 でもきっと、自分が外に向けて感じていたのと同じことなんだろう、とセティはクレムのことを理解した。


「セティはいつも、書架(ライブラリ)であんな目にあってるんだな」


 クレムがセティの顔を覗き込む。セティは何も言えずに、ただ瞬きをした。


「セティもさ、うちの店で買い物しなくても良いけどさ、用事がなくてもさ、また来てくれよ。来なくなったらきっと、心配になるから」


 それは、懇願だった。クレムは大真面目に、セティを心配してくれていた。

 セティは大丈夫だと言いたかったけれど、その言葉ではクレムの不安はなくならないような気がして、言えなかった。代わりに頷いた。


「きっと、また来る。道具袋(ポーチ)だって修理が必要になるだろうし、それに……用事はないかもしれないけど、それでもきっと、また来る」


 セティの言葉に、クレムはほっとしたように笑った。

 ちょうどそのときだった。店の扉が開いて、クレムの父親が顔を覗かせた。


「修理が終わったから受け取りにおいで」


 クレムは立ち上がってお尻の埃を両手で払った。


「セティはこの後の用事は?」

「パン屋。それからデイジーの店で牛乳とチョコレート」

「よし、俺もついていってやる」


 セティも立ち上がって、クレムを見上げた。そして、少し迷ってからその言葉を口にした。


「えっと……うん、ありがとう」




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