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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第二部 本(ブック)の少年と友達 第七章 はじめてのおつかい
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43 行方不明の子供たち

「あの、わたし、デイジーです。何日か前にセティに会った……クレムと一緒に」


 ドア越しに名乗る声があまりに頼りなく聞こえて、ソフィーは何事かと慌ててドアを開けた。デイジーはソフィーを見上げる。

 枯れ草色のおさげは、いつもよりも乱れて見えた。泣いていたのか、青い目の周囲が厚ぼったくむくんでいる。


「とりあえず、中にどうぞ。話を聞くから」


 ソフィーはその小さな背中を押して、部屋の中に促した。デイジーは、持ち上げられた目隠しの布をくぐって部屋の中に入る。

 椅子に座って修復した(ブック)の表面を確認していたセティは、首を傾けて不思議そうにやってきたデイジーを見た。

 ソフィーはデイジーを自分の椅子に座らせる。それから自分のマグカップに牛乳を注いで、デイジーの前に置いた。


「どうぞ」


 ソフィーに言われるまま、デイジーはマグカップを持ち上げて、こくりと一口飲む。飲み込んで、小さく息を吐いて、こわばっていた体がようやく動いて、顔をあげた。


「セティ……大変なの……」


 セティはテーブルの上に置いていた(ブック)を自分の道具袋(ポーチ)の中にしまうと、改めてデイジーを見た。


「どうしたんだ? 何があったんだ?」

「クレムが……ジェイバーと……」


 デイジーの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。涙をこらえようと唇を引き結んだデイジーだけれど、涙は止まらなかった。うつむいて、ぐず、と鼻を鳴らす。


「大丈夫、ゆっくりで良いから。話せるところから話して」


 ソフィーがデイジーの背中を優しく撫でる。デイジーは何度か頷いて、また顔をあげた。


「あの……あのね、ジェイバーがクレムを……連れて行っちゃったの。書架(ライブラリ)に潜るんだって……。それで、昨日から……二人とも帰ってこなくて……」

「子供二人だけで?」

「止めたんだけど、ジェイバーが(ブック)を開いて……わたし、止められなくて……。クレムはすぐに戻るからって言ったけど、全然戻ってこなくて……わたし、わたし……」


 セティは最初ぽかんとしていた。けれど話を聞くうちに、眉を寄せて唇を結んで曲げていった。

 書架(ライブラリ)の構造は入るたびに変わる。中で行方不明になった者を探せる気はしない。

 でも、泣いているデイジーの前でそれを言う気にはなれなかった。それを言ってしまったら、デイジーはもっと泣くような気がしたから。

 それでセティは何を言って良いかわからずに、ただ黙ってしまっていた。


「どうしよう……わたし、もっとちゃんと止めたら良かった……」

「落ち着いて、デイジー」


 ソフィーがデイジーの背中に手を当てたまま、優しくささやく。


「あのね、デイジー。その話は家の人たちは知ってるの?」


 ソフィーの問いかけに、デイジーはこくりと頷いた。


「クレムの家も、ジェイバーの家も、二人が帰ってこないからって騒ぎになって。わたし、それで、みんなにこのことを話して……。書架(ライブラリ)を探すって言ってたけど、でも、書架(ライブラリ)で行方不明になった人って、見つからないんでしょ? 二人も、見つかるかどうかわらかないんでしょ?」


 ついにデイジーは、声をあげて泣き出した。両手で顔を覆って、ああ、うう、と声を漏らす。

 ソフィーはできるだけ落ち着いた声で、デイジーに語りかける。


「そうね、書架(ライブラリ)はわからないことが多いから、いなくなった人を見つけるのは大変だけど……でも絶対に見つからないってわけでもないの。

 大人たちが書架(ライブラリ)を探すなら、きっと探知の知識だって使われるだろうし、二人はきっと見つかる。だから、落ち着いて、デイジー」


 デイジーはしばらく泣き続けていたけれど、ソフィーは穏やかに呼びかけ続けた。やがて、泣き声は落ち着いて、ぐずぐずと鼻を鳴らす音だけになる。


「きっと大丈夫だから、デイジーは家に帰りましょう。わたしたちも、二人のことを探してみるから。ね、セティ」


 セティは何度か瞬きをして、戸惑いながらも頷いた。


「そう……だな。うん、俺も二人のことを探したい」


 デイジーは顔を上げて、じっとセティの顔を見た。書架(ライブラリ)で行方不明になった者はそうそう見つからない。それはデイジーも知っていること。

 それでも、探したいと言ってくれるセティの言葉が、デイジーには嬉しかった。

 デイジーの話を聞いて、そう言ってくれるセティの存在が、デイジーにはとても心強かった。


「うん、ありがとう、セティ」


 デイジーはちょっとだけ笑みを浮かべることができた。セティの気持ちが嬉しかったから。

 ソフィーはなだめるように軽くデイジーの背中をぽんぽんと叩いた。


「さ、落ち着いたなら帰りましょう。ちょうど買い物もあるし、あなたの家まで送るから」


 泣くだけ泣いて、デイジーは少し落ち着いていた。こくりと頷いて、椅子から立ち上がる。それでセティも一緒に、三人で部屋を出た。

 デイジーの家まで、誰もほとんど喋らなかった。それでもデイジーはもう泣いたりせずに、落ち着いて歩いていた。

 セティはずっと黙って考え込んでいた。どうやったらクレムとジェイバーの二人を探しだせるのかを。

 そんな二人を見守りながら、ソフィーも考え込んでいた。これからどうするべきかを。

 戻ったデイジーは母親に抱き締められた。クレムとジェイバーが行方不明になった直後にふらっと出かけたデイジーのことを、母親はとても心配していた様子だった。

 それからソフィーはデイジーの母親に頭を下げられた。ソフィーは困ったように「大丈夫」と繰り返す。

 そのまま卵だとかベーコンだとかをちょっと買って、チョコレートをおまけに少しもらって、ソフィーとセティは店を後にした。

 帰り道、先を歩くソフィーから何歩か遅れて歩いていたセティは、おまけにもらったチョコレートを手に、ふと立ち止まった。


「俺、クレムを探したい。書架(ライブラリ)に潜って……見つかるかはわからないけど、それでも、潜りたい」


 荷物を抱えて先を歩いていたソフィーが振り返る。セティの真剣な表情を見て、それから自分も真面目な顔をして頷いた。


「ええ、できることはやってみましょう」


 セティはほっとしたように笑って、先を歩くソフィーに駆け寄って、追いついた。




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