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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第四章 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)
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20 新しい作戦

 迫ってくる大鷲の鉤爪に、セティは後ろ向きに倒れながら手を伸ばす。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 氷色の兎が、セティの目の前に飛び跳ねて、大きな氷を出す。それは、さっきまでセティの頭があった場所だった。そして、ソフィーとリオンの目の前だった。

 透き通った氷が太陽の光を跳ね返し、きらきらと輝く。


紡ぎ手の蜘蛛ティセランド・アレニェ!」


 鉤爪が氷を砕く。細かくなって飛び散る氷の中、たくさんの蜘蛛が糸を吐きながら降ってくる。細い糸は空中に溶け込むようにほとんど見えないけれど、時折光を反射してきらりと光った。小さな蜘蛛たちは、その丈夫な糸で大鷲の動きを封じようとする。

 ソフィーとリオンが大鷲に手を伸ばす。

 それらの手を拒むように、大鷲は高く鳴き声をあげ、激しく羽ばたいた。セティは顔を歪めて、意思の力で糸を絡ませるが、大鷲の羽ばたきはそれよりも強く、蜘蛛と糸を吹き飛ばした。

 それでもと伸ばしたリオンの手に、暴れる鉤爪が触れる。


「っつぅ」


 舌先に漏れる声を、リオンは堪える。手の甲が切れて、流れ出した血で手袋が濡れる。


「リオン!」


 ソフィーが声を上げる。そしてそのときにはもう、大鷲は上空に飛び上がっていた。

 もう片手で手の甲の傷を押さえて、リオンは笑った。


「大丈夫。手袋もあるし、傷は深くない」


 リオンは真面目な顔になると、深く溜息をついた。


「それよりも、所有者(オーナー)になれなかった。セティがせっかく目の前で足止めしたのに逃した。すまない」


 倒れ込んでいたセティは地面から起き上がると、びっくりしたように瞬きをしてリオンを見上げた。

 リオンはいつもの明るい表情になって、セティを見下ろした。


「ん? なんだ、そんな顔して」

「いや……」


 セティはわずかに目を伏せて、それからまたリオンを見上げた。睨みつけるように。


「俺だって、(あいつ)を抑えておけなかった。もっと……もっと長い間、あいつを止められたはずなんだ。捕まえられなかったのは、俺のせいだ!」


 リオンは手袋を口に咥えて脱ぐと、道具袋(ポーチ)から応急処置テープ(パッチ)を出して、傷口に貼る。その上から、また手袋をはめた。

 ちらりとセティに視線を向ける。


「自分のせいだって言うなら、何が駄目だったのか、わかってるのか?」

「ちょっとリオン、セティは……」


 リオンの厳しい物言いに、ソフィーが割って入ろうとする。セティがソフィーを振り返る。


「ソフィーは黙ってて!」


 その言葉は思いがけず強く、ソフィーは言葉を呑む。

 セティは悔しそうな表情を浮かべている。失敗したのが悔しい、逃したのが悔しい、何よりもうまくできなかったのが悔しい。

 それでも、その悔しさを食いしばって、力強くリオンを見上げる。


(ブック)の知識を二つ以上使うのが、思ったよりも難しいんだ。特に、さっきの(ネット)を作るみたいな細かいことをやろうと思うと……なんていうか、こう……」


 セティはもどかしそうに言葉を切って視線を揺らしたあと、またリオンを見上げた。


「大変……そう、すごく大変なんだ」


 認めるのは気に入らないけど、とセティは小さく呟いた。


「そう。じゃあ、別の方法を考えなくちゃ」


 セティの言葉に思考を切り替えて考え込むソフィー。対照的にリオンは、にやりと笑ってみせた。


「そうか? 俺はさっきの、良いセンいってたと思うけどね」

「どういうこと?」

「蜘蛛の糸で(ネット)を作るだろ、それを罠みたいに固定して仕掛けておくんだ。そして、(やつ)をそこに突っ込ませる」

「罠みたいにって……」


 ソフィーはその姿を想像して、首を振った。


「どこに固定するつもり? この何もない草原で」

氷華の兎フロストブルーム・ラビットの氷を使えば良い。それを柱にして、間に蜘蛛の巣を張るんだ」

「それは……」


 ソフィーは口ごもってセティを見下ろす。一度に二つの知識を使うのが大変だと、本人が言ったばかりだ。リオンはそれを今からやれと言っている。

 リオンはまっすぐにセティを見下ろした。


「お前ができないって言うなら、この作戦はナシだ」


 セティはぐいと顎をあげて、リオンを見返した。


「やる。やってみせる」

「じゃあ、決まりだな。罠を作ってる間の囮は、俺がやる」


 リオンは道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を出した。


開け(オープン)斥候の蝙蝠(スカウト・バット)


 そうして開かれた(ブック)は、両の掌を開いたくらいの蝙蝠の姿になって、リオンの周囲をぐるりと飛んだ。


「それが、囮?」


 ソフィーが目を細めて斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を見る。


「ああ、あの(ブック)がセティばっかり狙ってる理由が体の大きさなら、より小さい獲物を狙うようになってるのかもしれない。斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が囮になれたら、セティは罠作りに集中できるだろ?」


 リオンは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を頭上に飛ばす。そのはるか上に、相変わらず大鷲の影が大きく翼を広げていた。


「ここまでやるんだ、できないとは言わせないぞ」


 リオンの視線を、セティは受け止める。受け止めて、ぐいと見返した。


「やってやる。お前こそ、ちゃんと持ちこたえろよ」

「それこそ、やってやるよ。ソフィー、お前はセティの補助をしてやれ」


 ソフィーは眉を寄せて、腰に手を当てた。


「ちょっと、勝手に決めないでよ。囮なら複数いた方が」

「まあ、ここは俺に見せ場をくれよ」


 冗談めかして、リオンがウインクする。ソフィーは呆れたように溜息をついて、それから仕方ないと言わんばかりの顔で肩をすくめた。


「今回は譲ってあげる。これ以上、怪我しないでよ」

「大丈夫だって」


 明るく軽くリオンは笑って、けれどすぐに真面目な顔で空を見上げた。


「次に(やつ)が降りてきて斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が囮になれるとわかったら、作戦開始だ」




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