8話 決壊
私が一番書きたかった話です。お付き合いください。
マサと花が加わり、総勢七人になった俺たちは勉強会を始めた。勉強会といっても、テスト範囲でわからないところを誰かに教えてもらう程度のものだ。
今日は俺たち以外図書室に生徒がいないようなので全員遠慮なく近くの人に聞きに行く。
「はなちゃん、ここどういうこと?」
「ここはこの公式を使うの」
「高音さん、この問題なんだけど……」
「その問題は一回積分するんです」
当然こういう時に頼られるのは花だ。彼女は基本的にどの教科も高得点を取るが、特に理系科目は他の教科よりも高い点を取っている。小さいころからずっと一緒にいたが、彼女が理系科目のテストで九十点を下回ったところを俺は見たことがない。俺を含めた全員が花に聞きに行く。
これじゃあ、”花先生の”勉強会だな……
その後も皆黙々とペンを進めた。わからないままの問題もすぐに教わるため、いつもよりも勉強が捗った気がする。
時計を見るとすでに十八時を過ぎていた。いつの間にか勉強会を開始してから約九十分経過していた。それに気づいた西野さんはいきなり立ち上がった。
「ヤッバ! もうこんな時間じゃん! うちもう帰んないと!」
「お疲れ真莉。また来週」
「またね天ちゃん。皆もバイバイ!」
西野さんは手を振りながら走り去っていった。手を振り返した後、俺たちはまたノートに向き直った。しかし、さっきほど集中はできず俺はペンを置く。周りを見ると白石さんと花、マサの三名は変わらずペンを動かしているが、鈴宮と天は俺と同じように集中力が切れたようだった。
「そろそろお開きにしましょうか」
集中力が切れた俺たちに気づいた花は勉強会の終了を提案した。それを聞き、白石さんとマサもペンを置く。
「あー、やっぱテスト勉強は疲れるな」
「でも結構進んだ気がするわ。花のおかげだ」
「そんなことないわよ」
勉強をやめると、皆話し始めた。そんな皆を横目に俺はただ座っていた。向かいの席の天も話に入らずこちらを見てくる。それが何を意味しているか俺は理解っていた。
「じゃ、今日はここで解散ってことで。皆さんお疲れさまでした」
この会の企画者の鈴宮がきちんと終わらせる。言い終わると、皆机の上にある勉強道具を片付け出口に向かう。
「黒川、途中まで一緒に帰ろうぜ」
「待って鈴宮君。これからはるちゃんとーー」
鈴宮が俺を誘う。それを天が慌てて止めようとするが、天が言い切る前に俺は答えた。
「悪い鈴宮。俺これからやることがあるから先帰ってくれ」
俺の言葉は二人の予想と違ったようで二人とも驚いた顔をしていた。俺はそのまま全員に聞こえる声で続ける。
「天、花、マサ。話があるんだ。いいか?」
図書室を出ようとしていた花とマサは足を止めてこちらを見る。
「ええ、いいわよ」
「いいぜ」
二人とも即答だった。俺が天を見ると、彼女は首を縦に頷いていた。三人の了承を得た俺に鈴宮が口を開く。
「……大丈夫か」
「ありがとう。大丈夫」
「わかった。じゃあな」
皆に手を振り、鈴宮は図書室を出て行った。
「またね、黒川君」
「バイバイ、白石さん」
鈴宮に続き、白石さんも出て行った。図書室に残ったのは俺たち幼馴染の四名だけ。
三人は俺の周りに集まる。俺は一度深呼吸をしたのち、話し始めた。
「俺が最近、お前らを避けてた理由を教えるよ」
俺の言葉に三人とも真剣な表情になる。
「俺がお前らを避けてきたのは……、周りのやつらからひそひそ言われるのが嫌だったからだ。」
できるだけ彼らの顔を見る。
「中学二年くらいから三人ともすごくなった……。顔は整ってきて能力が秀でていった。周りの皆が、三人を一目置いていた」
だんだんと目線が下へ落ちていく。しかし、俺は口を止めなかった。
「……でも俺だけ何も変わらなかった。俺だけ……秀でた能力がなかった。周りから俺だけが場違いだと言われてる気がしたし、実際言われてたと思う。俺自身、何度もお前らと一緒居ていいかと考えた。だけど気にしないようにした」
俺は目を瞑った。三人の顔が見たくなくて。それでも俺は続けた。
「……高校に入って猶更お前らとの違いを感じた。最初の一週間は気にしないようにした。でも、俺がお前らと幼馴染だと知られてから、周りの反応が怖くなった。周りの目が怖かった。それ以上に、……お前らに嫉妬している自分がいることが嫌だった。だから、……俺は逃げた。お前らの誘いを断ってきた。」
「「「……」」」
「これが俺がお前らを避けてきた理由だ……」
俺が言い終わっても三人は何も言い出さない。三人が何を言ってくるのかに怯え、俺は手を握りしめる。俺が静寂の時間に耐えられなくなった時ーー
「……クッ、ハハハハハハ!」
ーーマサが笑い出した。マサに続き、天と花も笑い出す。俺は彼らの反応に目を点にする。
「あーよかった。てっきり俺は知らないうちにハルが避けるようなことをやっちまったんじゃないかとひやひやしてたぜ」
「私ははるくんに嫌われたんじゃないって思ってたよ」
「私も二人と似たようなことを考えてたわ」
俺は三人の反応に戸惑いながら尋ねる。
「三人とも何も言ってこない……のか?」
「別に何も言うことなんてねーよっ。深刻に考えすぎだ」
俺の質問にマサが答えた。彼の発言に少し口元が緩んだが、すぐに元に戻った。
「何に悩んでいるかと思えばそんなことかよ」
ーーパリンーー
俺の中で何かが割れる音がした。
「……そんな……こと?」
「周りのことなんて全部無視すればいいんだよ。それを真面目に考えやがって」
マサが何を言っているかわからない。
「そうだよ。何を言われてもはるちゃんははるちゃんだよ」
「私たちはあなたと居たくて一緒にいるんですもの」
天と花も続けて言うが俺の耳には届かなかった。
「……にが、そん……ことだよ……」
「……はるちゃん?」
「何が! そんなことだよ!」
俺は吠えた。
「俺がどれだけこのことを悩んできたと思ってるんだ! 毎日毎日、自分がお前らと釣り合っていないと思い知らされる! お前らを見るたびに劣等感に押しつぶられそうになる! お前らと居るたびに俺の中で嫉妬心が渦巻く! それをそんなことだ? ふざけるな!」
溢れ出る言葉が止まらなかった。
「お前らを見るのが苦しいんだ! お前らと話すのが辛いんだ! お前らに嫉妬してしまう自分が醜くて仕方がない!」
頬を何かが伝う。三人の顔がよくわからない。
「こんな想い、感じたくなかった! 言いたくなかった! 知られたくなかった! お前らにだけは!」
言うはずのなかった言葉が溢れ出す。
「もう、俺はーー」
言ってはいけない言葉も溢れた。
「お前らの隣にいることがーー耐えられない!」
俺はすべてを吐き出した。図書室が静寂に包まれる。
「ごめんなさい……、はるちゃんがそんなに思い詰めてたなんて思わなくて……」
「……ッ!」
「待って! 遥君!」
「ハル!」
俺は天の言葉を最後まで聞かずに図書室を出た。花とマサが止めようとしたが無視した。
俺は廊下を走る。
……言ってしまった。言うつもりがなかったのに。
……言ってしまった。言えばもう戻れないというのに。
……言ってしまった。彼らを傷つけることをわかったいたのに。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は下駄箱まで来ていた。自分の靴に手を伸ばす。
「黒川君」
声が聞こえた。俺は声の方を向く。
「……白石さん」
そこには白石さんが立っていた。彼女はいつものように微笑みながら俺を見る。
「……なんでいるの?」
「言ったでしょ。またね、って」
『またね、黒川君』
図書室での言葉が思い浮かぶ。
「黒川君」
白石さんはもう一度俺の名前を呼んだ。
「話をしましょう」
今までで一番書けた気がします




