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ショートストーリー8

「なかなかに厳しかったな。純粋な戦闘力ってやつも高い上に慎重な性格をしているのは種族全体の話なんだろうか」


 大召喚士ハルキ=レイクサイドの黒騎士がサソリの尾を跳ね飛ばした。そこまでにかなりの時間がかかっている。すでに周囲を威嚇してまわったテツヤ=ヒノモトどころか、その近くにいたのが知れ渡っているフラン=オーケストラの気配があればサソリはまったく姿を現さなくなって1日が経っていた。

 まず、見つけるのが大変であり、そして仕留めるのはもっと大変なのである。結局、かなりの数の召喚獣が召喚されて人海戦術的にサソリを見つけ、大量の魔力が消費されてようやく1匹の討伐に成功した。


「意外と爪を茹でても美味しくなかったしよ」

「問題はそこではありませんよ、テツヤ様。ショートのやつがいくら影が薄いからって、こんなところに3日もいたらやばいんじゃねえのかよ」

「カーラ、それ以上は言わなくてもいい」

「ふぉっふぉっふぉ、ショートなら大丈夫でしょう」

「いや、待って。なんでお前らそんな絶対的な信頼をショートにしてるの?」


 さすがに上司としてハルキ=レイクサイドはショートのことが心配になってきた。3日も音信不通であり、しかもその場所はこの最果ての南の大陸なのである。襲い掛かってくる魔物は基本的に巨大であり、親衛隊の中でも単独で対処できる者というのは少ない。おそらくはハルキ=レイクサイド、フラン=オーケストラ、テツヤ=ヒノモト以外ではやられてしまうだろうし、ルークのような特殊な能力を使って逃げ切ることができないのであれば生存は絶望的と思われるのが一般的な考えだったろう。


「え? だって、ショートだぜ? ハルキさまはあんまり知らないかもしれないけどさ、あいつ演習の時なんて誰一人見つけることはできないし、気づいたら目的達成されてるなんてこともざらだし、ソモソモオレダッテドリュアスガイナケリャアイツヲニンシキスルコトナンテデキルワケナイホドニソンザイカンガナイトイウカナントイウカモウチンジュウナンジャネエノカッテオモウホドニオカシナ……」

「……」


 ルークの言葉は途中から聞いてはいなかったが、とにかくショートの影の薄さというのはハルキ=レイクサイドも分かっている。しかし、3日も野営地に帰ってこないという状況がおかしい。少なくともフランとテツヤと合流ができなかったのならば、周辺の探索をしたとしても翌日辺りには野営地に戻ってもよいのではないか。


 実際は周辺の探索は小さなノームに任せて眠っていたのだが、それ以上探索をしようという考えがショートにはなかったのである。


「坊ちゃま、スコルピオの涙は入手できましたし、召喚獣の契約をされますか?」

「あ、ああ。その間に他の隊員は周辺の捜索を行っていてくれ」

「かしこまりました」


 他の素材は持ち込んである。ハルキ=レイクサイドは用意された羊皮紙の上にスコルピオの涙とその他の素材を並べると、魔力を流し込んだ。




 ***




「5匹めっ!」


 サソリの尾を切り飛ばしてショートは叫んだ。叫ばれるまでそこにショートがいることを認識できていなかったサソリは突然尾を飛ばされた衝撃で隙ができ、アイアンゴーレムに体を掴まれてしまう。急所にも剣を突き刺したショートはサソリが動かなくなることを確認してから額を拭った。


「さすがにこれだけあれば足りるとは思うが」


 そこに突っ込みは不在である。涙状のサソリの毒針を確保しつつ、そろそろ野営地に帰還することを考える。さすがにテツヤとフランがどうなっているかも心配になってきた。二人がすでに野営地に帰還していたとすれば自分のことを心配している者もいるかもしれない。帰ってないことに気付かれていない可能性も考慮しつつ、ショートは野営地の方角を見やる。


 その時、後方の気配にショートは振り返った。送還しようとしていたアイアンゴーレムを現世に維持する。いつでも逃げることができるようにワイバーンかウインドドラゴンのどちらかを召喚する心づもりで、自分の直感に従ってその場を避けた。


 ずがっと鈍い音がしてアイアンゴーレムが貫かれる。赤色の尾、いままでの個体よりもかなり大きなその先端は涙状でありショートの両手程度では抱えきれないほどの大きさである。


「なるほど、こいつが成体というわけか。今までのは子供だな」


 明らかにサソリの中でも群れのボスとでもいうべき個体に対して、ややずれた認識のショートはつぶやく。アイアンゴーレムが強制送還されるまでに時間はかからなかったが、それでもショートが行動を起こすまでには十分だった。


 持っている武器はミスリルソード。それにいくつかの召喚をしているために魔力は減ってはいるがほとんどの召喚は可能な状態である。あらゆる想定をしながら、最短距離で赤色のサソリに近づいたショートは自分とは反対側にフェンリルを召喚する。


「シューー」


 鳴き声とも言えない音を出してサソリがフェンリルの方を向く。威嚇ともとれるその行動に対してフェンリルは尾と爪の攻撃を軽やかにかわしていた。


「こっちだ」


 後方から魔力を込めたミスリルソードを振り下ろす。しかしそこにあったはずの脚はするりと交わされ、続けざまにサソリは回転するように尾を振るった。毒針の先端ではなく、尾の中心部分を鞭のようにしならせて地表を薙ぎ払う。しかし、その尾はショートの胴体よりも太いものである。


「!?」


 自分の存在に気付かれていたことでショートに隙ができた。しかし、尾の薙ぎ払いは上方へと跳躍することでギリギリかわす。着地と同時にサソリの爪が降り注ぎ、回転してそれをかわし続ける。防戦一方となったショートの反対側ではフェンリルがなんとかサソリに取りつこうとするも尾で払われてしまっていた。強制送還こそされていないが、かなりのダメージが入ったようである。


「やはり、大人は強いのか」


 重ねて言うが、今までの個体も大人である。赤色のサソリは的確にショートに対して攻撃を継続する。今まで、攻撃の途中でショートを見失う魔物も多かった中、矢継ぎ早につり出される爪と尾をさばくショートの口角がいつの間にか吊り上がっていた。


「……楽しいな」


 赤色のサソリの色の正体が魔力であることに気付いたにはミスリルソードが爪にはじき返されたからである。人間でも魔力をこめることができる存在がいるのだから、魔物でもいるのは当たり前だとショートは少しも動揺しない。これがいかに稀な事象であるのかは誰もが認識できるはずだが、ショートが気付くことはなさそうだった。ちなみにこの後に魔力を帯びた魔物というのは約10年後に「紅竜」と呼ばれる幻獣が出てくるまで確認されてはいない。

 このままであれば尾を切り飛ばすことも難しいだろうとショートは考える。先に息の根を止める必要がある。


 確実な方法を選ぶべきだった。しかし、魔力をこめたミスリルソードを越える威力を発揮する攻撃というのはショートだけではなくレイクサイド領の召喚騎士団の中でもそうそうあるものではない。


「ハルキ様ならば、どうするか……」


 魔力の残量を感じとり、ショートは唱えた。




 ***




「えっ、ちょ、まっ……え? なんで? え? 現世だよね、ここ? あるえぇ?」

「おい、なんか変なの出てきたんだが」

「ごほんっ、いや、ちょっ……、わ、我が名はゴッド。我を召喚せしものよ。望みを言うが良い」

「いや、まあ、契約を結んで欲しいんだが」

「えっ、マジ? じゃなかった、現世への干渉は我も望むところである。魔力の続く限り力になろう」

「……まあいいか。契約成立な」

「おっしゃぁ! キタコレ! ……ごほん。では、召喚されることを待っている」


 12枚の羽根を持った5メートルを超える巨人、その姿は神々しさがあると言ってもよいが呼び出された際に横に転がって何かをしていたのが理由で翼の一部に寝ぐせがついている。圧倒的な外観であたはずのそれはかなり損なわれた印象とともに、言動も含めると大召喚士ハルキ=レイクサイドは一抹の不安とほんのちょっとの後悔を覚えるが、膨大な魔力から感じられた力はどの天使系召喚獣のそれよりも偉大であることは確実だった。


「なんか、四大精霊よりも強いんだろうけど、なんというかなぁ」

「ふぉっふぉっふぉ、馬鹿とハサミはなんとやらと言いますし、坊ちゃまであれば特に問題なく使いこなすことができるでしょう」

「ああ、性格はあれだがかなりやばい雰囲気を感じたぜ」


 事実、ゴッドの唱える「メギド」と呼ばれる光の魔法は究極の召喚獣をして耐えきれそうにもないと言われるほどの攻撃であった。大召喚士ハルキ=レイクサイドはこの後、ゴッドを召喚することは少なかったが、それでも歴史書にはその召喚の記載がないわけではない。ただし、この召喚獣はその真価を発揮することはなく限定的な使われ方をしたと思われている。そうでなければ最強の召喚獣の候補として後世の歴史家に評価されていたかもしれない。レイクサイドを詳細に記録した歴史書の作者はあまりこの召喚獣を好きでは無かったのではないかという学説もある。


「あのう、ハルキ様」

「うぉっ! ショート!? いつの間に!?」

「もう契約は終わってしまったのですね? せっかく取ってきたのに」


 ショートの持つ袋の中には黒色のスコルピオの涙が5本と赤色の大きなものが一つ入っていた。


「お、お前、いつの間にこんなに……。というか、生きてて良かったよ」

「ふぉっふぉっふぉ、ですからショートは心配ありませんと言ったではないですか」

「ああ、こいつなら大丈夫だと俺も思ったぜ」


 ショートを置き去りにしたことをちょっとだけ後ろめたく思っている二人がごにょごにょと何かを言う中、ショートは赤色のスコルピオの涙を取り出す。


「こいつ、魔力を帯びててミスリルソードでも切れなかったんですよ。本当に苦労して取ってきたのに」

「お、おう。それで、どうやって切ったんだ?」

「ええ、ウインドドラゴンでフライアウェイしました」


 ショートは3頭のウインドドラゴンを召喚すると、両方の爪と尾をそれぞれ掴ませ上空へと連れて行き、高度数千メートルから落下させたのである。空を飛んだり滑空することができる形状をしていない魔物に対して確実に仕留めるこの方法は大召喚士ハルキ=レイクサイドが考案したもので、ウインドドラゴンを召喚することのできる召喚士にとっては基本中の基本となっていた。


「そ、そんな事よりもこいつの爪を茹でて食おうぜ! あんまり美味しくなかったけどよ」

「ふぉっふぉっふぉ、帰還の準備を始めるといたしましょうか」


 ショートを置き去りにした事を話したくない二人が全力で話題をそらす。当の本人のショートは置き去りにされたとは思っておらず、むしろ上空待機をすっぽかしたと思っているために頭の中はこのままどうやったら怒られずに済むかと考えていたのが相まって、完全にうやむやになった。ハルキ=レイクサイドはそんな様子を見ながらため息をつく。


「ま、いいけどよ」



 ショート=オーケストラ。記録にあるのはレイクサイド領親衛隊隊長という役職のみである。その人物が何をなしたのかを覚えている者は少ない、というか認識できていないものがほとんどである。しかし大召喚士ハルキ=レイクサイドはこの後、彼をフラン=オーケストラの後継として親衛隊長に任命する。

 実際に領主の護衛を直接していたのは「勇者」フラン=オーケストラと「宝剣」マリー=オーケストラなのだが、これはハルキ=レイクサイドがある人物の警護という最重要任務を彼に与え続けていたからであった。






「ショート! どこにいるの!?」

「はい、ここにおります。お嬢」

「騎士団を二つほど集めて頂戴! お兄様を捕獲しに行くわよ!」

「はあ、分かりましたが。私の任務はお嬢の警護ですので捕獲には参加いたしませんよ?」

「それでいいわよ! 捕獲はシルキットにでも頼みましょう! それで、お兄様はどこにいるの?」

「カヴィラ領です。ついでにハルキ様もそこにいます。それでは第2、第7騎士団を手配しますね」



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