ショートストーリー7
ショートは怒られたくないという一心で行動を起こした。その不純な動機は別としても、今何をすべきかということを冷静な頭で考える。
作戦の根本にあるのは「スコルピオの涙」と呼ばれるサソリの尾についた涙状の毒針の入手である。それが手に入りさえすればショートは怒られることはないのではないかと予想した。若干、希望的観測が入っているがおおむね間違ってもいない。怒られる前に褒められる状況を作ることで、やらかした事実をもみ消す作戦だった。
であるならば、どうすれば「スコルピオの涙」を手に入れることができるのか。つまりはあのサソリをフランやテツヤよりも先に討伐して、もしくは少なくとも尾を切り飛ばさなければならない。さすがにフランやテツヤが討伐してしまっていたのならばショートを迎えに来るだろうという、根拠のない信頼がその考えの根底にあり、それですべてがすれ違っているのだが間違いを訂正する者はこの場にはいない。
「ノーム召喚!」
当初は大量のノームを召喚して広範囲に索敵を行うことを考えた。土の中を移動することができると思われるサソリに対して、ノームも土の中に入っていけば見つけることができるのではないか。しかし、昨晩四方に派遣したノームは何も発見していない。フランやテツヤが地上に出てきた形跡すら発見できていなかったのだ。つまり、サソリの行動範囲はショートが思っている以上に広い。そんな範囲をノームで索敵していては魔力も時間も足りなくなる。ならば、どうすればよいか。
考えついたのは罠である。あのサソリはウインドドラゴンの気配を感知して襲い掛かってきた。ならば、上空にいるウインドドラゴンを地下から認識できる何かがあるはずだった。それが視覚や嗅覚、聴覚であるはずがなくましてや空を飛ぶものを地下から触覚で認識するわけがない。ならば、サソリは魔力、もしくはそれに似た何かを感知している。
地上周辺に散ったノームはそれぞれ地中に潜り始める。すでにショートは前の晩から召喚し続けているフェンリルに騎乗して地表まで登っていた。上空で待機するならばウインドドラゴンでなければ魔物に対処することはできそうにないが、昨日テツヤとフランが乗っていたことを覚えていたらおとりとして使えないのではないかと考えてのフェンリルである。魔力量としてはウインドドラゴンにはおよばないものの、囮としては十分だろうと考えた。
ノームたちが周囲の地中に潜り、サソリが近寄ってきたら知らせてくれる。それまでは周辺から寄ってくる他の魔物の対処をしなければならないが、上空待機中に襲ってきた魔物に比べて地上にいる魔物たちは弱いものが多かった。ほとんどは飛ぶ竜のような魔物から逃げ隠れているものたちが地上付近に生息しているのだろう。そんな魔物たちを地下から襲うのがあのサソリだったに違いない。
昨日に襲撃を受けた場所からは離れた場所である。ついでにテツヤとフランが帰ってきた時の事を考えてすぐに駆けつけることのできる距離にはしてあった。もちろんノームを待機させているので見逃すということはない。
「よし、これで、なんとか……」
この囮罠が成功してサソリを誘い出すことができ、尾を切り飛ばして初めて作戦は成功である。すでにこの周囲からサソリがいなくなってしまっているのではないかという一抹の不安と戦いながらもショートは辛抱強く待つことにした。
用心深い性格の魔物であったならば今日は隠れ家で動かないかもしれない。食事の頻度というのがどのくらいなのかも分からない。
不確定要素が多すぎて、成功するイメージが全く分からないショートの胃がキリキリと痛み始めたころ、南側に配置してあったノームが何かの存在を感知した。
***
「もしかしたら、一匹では足りないかもしれない……」
地下のトンネルを掘るという作業はかなり高度な技術が必要とされる。例えば砂地にトンネルを掘る場合を考えればすぐに想像がつくように、上から砂が落ちてきてトンネルどころか掘っている者が生き埋めになる。そのため、モグラなどの生物は掘った穴の周辺を固める作業というのも並行して行っており、それをして初めてトンネルというものが成立するのである。
まだ名もつけられていないサソリ型の魔物というのは巨体である。その体はウインドドラゴンを餌と認識できるほどであり、つまりは同じくらいの巨体である。そんな存在がトンネルを掘るためには大量の土砂をどこかに廃棄する必要もある。地上に散在している土砂の山はサソリが穴を掘ったあとに吐き出された残骸であり、ショートたちはそれを認識してはいなかったが、つまりはサソリが新しいトンネルを掘るには、穴を掘り、周辺を固めて、余った土を地上に吐き出す、という行程が必要になるのだ。そのためにテツヤから逃走した際にはあらかじめ掘ってあったトンネルの中を進み、一部のみを掘ったり埋めたりすることでテツヤを撒いた。
そんなトンネルの真上に獲物がいれば話は早いのであるが、常々そうとは限らない。近くのトンネルまで移動し、獲物の直下まで掘り進めるのだ。
何が言いたいかというと、新しいトンネルを掘るのにはそれなりに時間がかかるということである。そしてそれをノームで感づかれて後ろの穴に回ったショートに大量の薪に火をつけられて風の魔法を使われると、トンネルの中は煙で充満する。もちろん、その間は囮のフェンリルは動かない。
さすがに煙で一杯になったトンネルの中でサソリが生きていくことは難しい。しかも左の爪が斬り飛ばされていていつもよりも迅速な行動ができないのもサソリを焦らせた。そのためあわてて地上に出るのだが、地上へ逃げようと出てきた所をアイアンゴーレムで押さえつけられてしまうのである。
サソリの尾がアイアンゴーレムに刺さるが、もちろん毒が効くわけもない。ショートは魔力ののったミスリルソードで尾を切り飛ばすとサソリの脳天にも同じ剣を差し込んだ。脳神経を破壊され指令の行き届かなくなった手足が動かなくなるのを確認してから、ショートは切り飛ばした尾の回収へと向かう。
そして、気づく。一匹では足りないかもしれないと。
あまりにも手ごたえがなさ過ぎたのだ。この程度の魔物にテツヤやフランがてこづったはずがないという謎の信頼が原因である。逃げ回る魔物と罠にかかった魔物とでどちらが仕留めやすいかなどというのはショートの頭の中にない。今あるのはテツヤとフランは大量の「スコルピオの涙」を入手しているのではないかという恐れである。一匹仕留めたあとに元の場所に戻ったが、上空待機しているはずのショートがおらず、怒ってそのまま次の獲物を狩りに行ってしまったのではないか。もちろん、この時点でサソリの左の爪が斬り飛ばされているのに気づく冷静さはどこかに飛んでしまっている。
「やばい……」
一匹で安心はできない。せめてもう一匹……。
もちろん、ゴッドの召喚に必要な「スコルピオの涙」は一つだけである。




