ショートストーリー6
「それで? なんで?」
翌朝、野営地でテツヤ=ヒノモトとフラン=オーケストラの報告を受けたハルキ=レイクサイドはもっともな質問を返した。
「いや、飽き……やみくもに合流するよりは野営地というはっきりしている地点に帰った方がいいと思ってよ」
「飽きたって言おうとしたよな? 飽きたって」
「いや、別に」
飽きたというのはサソリを追いかけることである。そしてテツヤはフランが切り落とした爪を持って帰って茹でて食べてみたくなったというのが真相だった。
地下を進んだフラン=オーケストラはテツヤ=ヒノモトとの合流を優先した。そのためにサソリが逃げていく方角がなんとなくではあるが分かったものの、テツヤを見つけた時にはすでにすっかりと分からなくなっていたのだ。これはテツヤ=ヒノモトがフランとの合流を優先せずに闇雲にサソリを追っていたのも原因である。地面を掘ることのできるサソリを追うのは難しい。今までそこにあった穴がなくなり、壁であったところを進む魔物をどうして人間が追いかけることができるだろうか。
「あー、もう帰ろうぜ」
テツヤ=ヒノモトが飽きるのは早かった。すでに周囲にはサソリの魔物の気配がないのである。おそらくは地上に出れば日が傾きかけているだろう。地下にいて明かりを灯す魔法を使っているフランと、暗闇でもある程度は視界が明瞭な魔王はとりあえずは地上に出ることにしようと相談する。
そして、爪を茹でたらうまいんだろうなという考えが頭の中を占めていたことも諦めることになる原因の一つだった。
「問題はショートとどう合流するかということなんだけどな」
「あのまま上空待機を指示しましたから、おそらくは最初の地点にいるでしょう」
「よし、それじゃあ帰るとしようか」
しかし、地上に出たところ、今まで飛んできたどの地形にも似ていない地点であることが判明し、しかも日が傾きかけているどころかどっぷりと沈んだ後であり、とりあえずは北に向かって最北端を目指せば野営地にたどり着くのではというかなり適当な思考のもと、ショートのことは考えないようにして帰ってきたのだった。
「まあ、ショートならば大丈夫でしょう。……たぶん」
「たぶんって、おい」
「ああ、あいつなら生き残ってるさ。たぶん」
「……まあ、そんな気はするけども。とりあえずは捜索隊を出すぞ」
***
時は遡って、ショートは竜の襲撃を撃退したのちも上空に待機し続けていた。しかし、フランたちと別れてから約3時間。さすがのショートも日が落ち始めてきてこのままでよいのかと焦り始める。
「とは言っても、あの人たちがやられるとは到底思えないから」
人に認識されることのすくないショートは独り言が多い。それによって認識してもらえることもあれば、その独り言すら認識してもらえないこともあるが。どちらにせよ誰かに聞かれるのではないかというような事を気にしなくてよいのはショートという男の特性であり、それによって思った事を口に出すことの多い人間になっていたのだった。
「どうするかな。とにかくこのままだと魔力量の消費も激しいし、とりあえずは地上に降りるとするか」
ウインドドラゴンをずっと召喚し続けていると魔力が回復するわけもない。もしかしたら持久戦になるかもしれないと考えたショートはとりあえずは魔力が回復するようなやり方でフランたちを待つこととした。それは上空待機という命令から厳密には外れてはいたが、フランたちが帰ってくるのを待つというおおまかな目的からはそこまで外れていないというショートの判断である。
「召喚」
地上におりてウインドドラゴンを送還したショートは別の召喚獣を呼び出す。
「ハルキ様の逃避行先での行動を参考にさせていただこう」
これまで何度かハルキ=レイクサイドの逃避行先での捕縛に成功しているショートである。かの大召喚士がどのようにして追手から逃れようとし、さらには逃れた先でどのようにして生きていたかというのを知っていた。その中でも召喚獣を用いたサバイバル術というのはかなりのものであるとショートは評価している。
そして召喚されたのは5体のノーム。もちろん消費魔力はかなり少ない。
「穴を掘ってくれ。あっちにある穴とはつなげないように」
ショートに命じられたノームは穴を掘り始める。もともと土の妖精であるノームは穴を掘るのが得意であるためにあっという間に数メートルの穴を掘り終えてしまった。底の部分を広げて穴を直接のぞき込んでも見えない場所を作る。
「では、俺は仮眠を取るから、1匹はここで待機。あとの4匹は四方の偵察に向かってくれ」
フラン=オーケストラたちが戻ってこれない状況だとすると、道に迷っている可能性というのは捨てきれない。地下を通るのを諦めて地上に出ることも考えられる。そして地上に出たとしてもここの場所が分からなければ帰ってこれないのではないかとショートは考えた。それはほとんど真実に近く、ショートのとった方針も間違ってはいない。ただ、フランもテツヤも途中であきらめて野営地に帰るという選択をし、置き去りにされるショートとしてはさすがにそんな事はないだろうという希望的観測が運命を決めたのだろう。そしてノームの移動速度はそこまで速いものではないために、結局フランもテツヤも見つけることはできなかった。
そんな事になっているとはつゆ知らず、ショートは穴の奥でフェンリルを召喚すると仮眠を取り始める。フェンリルの召喚魔力分は回復が遅れるのであるが、それ以上にあのサソリと思われる魔物が地下を通って帰ってきた場合に振動を感知しショートを起こす見張り役が絶対に必要だった。ついでにハルキ=レイクサイドの真似をしてベッドの代わりにもして仮眠の質を上げている。
「これは、確かにくせになる……」
フェンリルの寝心地というのはショートの思った以上のものであり、それによって次の日の朝まで起きられなかったというのもショートの誤算の一つだった。
***
「まずい……、やってしまった……」
次の日の朝、起きたショートはすっかり一晩を越してしまったことに気付く。何故起こしてくれなかったとフェンリルに逆切れしようとしたが、さすがにみっともないのでやめた。
ノームたちは3体が帰還しており、1体は魔物にやられたという。どの方角にもフランとテツヤは見当たらなかったらしい。
「考えろ、考えるんだショート=オーケストラ。このままでは非常にまずい。どうせフラン様もテツヤ様もやられるなんてことありえないから、俺が上空待機していなかったのがばれる」
上空での待機命令を無視して仮眠をとり、仮眠が本眠になってしまったなんて報告できるわけがない。そもそも本眠という言葉があるのかどうかもあやしい。様々な言い訳を考えれば考えるほどに、ショートはこの状況を打破できるような言い訳がないという事に気付く。
「くそっ、だから俺はダメなやつなんだ……」
最果ての南の大陸の奥地に一人置き去りにされて、さらには周辺の探索を召喚獣で行いつつも魔力の回復を行うような騎士を駄目だと評価する者は少ないのだが、ショートは自己嫌悪に陥っていた。イツモノコトである。
しかし、どこかの領主と違いショートのメンタルは強かった。このまま言い訳をしたところでやらかしてしまった事には変わりない。ならばどうすれば怒られずに済むか。
ショート=オーケストラは行動を開始した。




