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ショートストーリー5

「まさか上空もこんなに騒がしいことになってるとは」


 ウインドドラゴンで上空にあがったショートの視界には、複数の竜が飛んで近づいてきているのが見える。その大きさはそれぞれウインドドラゴンよりも大きく、形状はワイバーンをそのまま大きくしたかのようだった。それは十頭近くの群れである。もしかするとショートの召喚したウインドドラゴンよりも速く飛ぶかもしれない。


「上空待機と言われても、これはちょっときついかもしれないな」


 単独であれらに対処するためには冷静にならなければならない。命令は上空待機であるが、一時的に離れるという選択肢を考えなければならないかもしれないとショートは思う。なにせ、あれだけ大きな竜と戦ったことはなく確実に倒せるかどうかは分からないのだ。しかし、地上にいるテツヤ=ヒノモトとフラン=オーケストラを置いて帰るわけにもいかない。彼らは大型の飛行召喚獣を召喚することなどできないから簡単には野営地に帰ることができないからだ。


「えっと、なんだったっけか。ハルキ様が言ってたのは……そうだ。省エネだ。しょうえね」


 よく分からない単語を繰り返しつぶやきながらもショートはできるだけ魔力を使う事無く竜と戦うことを考える。彼の主は、普段は無駄に魔力を消耗して召喚を繰り返すこともあったが、非常時には本当に少ない魔力で戦闘をこなす。あれを参考にしなければ一度ウインドドラゴンを強制送還されているショートの魔力が持たないに違いない。


「よっと」


 ウインドドラゴンは竜たちから逃げるように飛ぶ。鞍のシートベルトを外すと、ショートは跳躍した。しかし、その跳躍に反応できた竜はいない。腰のミスリルソードを抜くと、そこにショートは魔力を込める。

 首を切り離された竜は何が起こったか分からずに墜落していくしかなかった。そしてウインドドラゴンはショートを回収すると、さらに複雑な軌道で上空へと上がり、竜たちを攪乱するように飛行を繰り返す。


 三頭がやられた時点で竜たちは何が起こっているのかをようやく把握した。相手はウインドドラゴンだけではなかったのだ。そしてその背に乗っている小さな生物の方が数段やっかいな存在だったことも。


「あっ、逃げるのか?」


 四頭目がやられた時点で竜たちは逃走を開始する。ショートとしてはとくに追う理由もないために、命令であった上空待機を継続するだけだった。地表には墜落していった首のない竜の亡骸が点在している。土埃もずいぶんとおさまったようだった。竜の位置を確認し、フランたちがいる場所に落ちなくてよかったとショートは思った。しかし……。


「あれ? フラン様とテツヤ様はどこだ?」


 サソリ型と思われる魔物と戦っているはずの二人の姿はなく、そこにはどこまで続いているかわからない地割れだけがあった。




 ***




「これは困りましたね」


 フラン=オーケストラが呟いた場所というのは地下である。それも先ほどいた場所からそれなりに離れていると思われる。思われるというのは正確な距離が分からないということでもあった。


 当初、テツヤ=ヒノモトがサソリの魔物と戦闘を開始したのならばそれを補助しようというのがフラン=オーケストラの想定していたことである。そのために少し離れた位置から全体を見渡せるようにとあえて中心地点に突撃することは控えた。しかし、地割れというのは思いのほか広い範囲で起こっており、テツヤ=ヒノモトがどこにいるのかは分からない。仕方がないので土埃が収まるのを待つかと思っていたのだ。テツヤ=ヒノモトがやられるとはこれっぽっちも思っていない。なぜなら、あの魔王はそういう存在だからだと、他人が聞けばお前がそれを言うかと言われそうな考えをしながらフラン=オーケストラは「待機」をした。結果、それが悪手だったと分かったのは巨大な爪に捕獲される形で地割れに引き込まれてからだった。


「本当に困りました。それにしても、これは坊ちゃまが見れば味を確認したいとおっしゃられるのでしょうね」


 冗談交じりにそんな事を言うフラン=オーケストラの目の前には、先ほど切り落とした「爪」が落ちている。まるで蟹の「爪」だと思わないでもない形状のそれは、フラン=オーケストラを掴んでいたものだったが、もちろん殺すつもりで繰り出されたものだった。紙一重で避けることができず、鎧にひっかけられたために地割れの中に引きずり込まれたと言ってもいい。理不尽に移動させられた怒りの矛先が魔物に向き、爪が吹き飛ばされたのは地下の洞窟をかなりの距離移動した後のことだっただけだ。ちなみに本体は逃げ、それを追うようにして魔王らしき影が走っていったのをフランは視認している。 


「テツヤ様を追うべきなのでしょうが、すでにどちらへ行ったのか分かりませんしね」


 服と鎧についた砂を払うと炎の魔法を唱える。若干ではあるが風が吹いているのが分かるために、酸欠にはならないだろうという判断からだった。思った以上にこの地下洞窟は広く、複数の地上の出入り口があるのかもしれない。


「進むべきか、退くべきか……」


 テツヤ=ヒノモトを追うべきか、ショート=オーケストラのもとに戻るべきかという判断をしなければならない。ここに待機というのはあり得ないだろう。であるならば、最終的にもっとも効率のよい選択肢を選ぶべきだとフラン=オーケストラは思う。ここまで部下を信頼することになるとは思わなかったが。


「ショートなら、なんとなくなんとかするでしょう。イツモノヨウニでしたか」


 本人が聞いたら卒倒しそうな曖昧な表現で、フラン=オーケストラは魔物の本体と、それを追っていったテツヤ=ヒノモトが走っていった方へ歩み始めた。なんとなく、この無責任な感じを自分が使えている領主は楽しんでいたのではないかと思いながら、たまには自分がそれをしてもいいだろうと無責任に思いながら。




 ***




「でぇあぁぁっぁぁぁああああああ!?」


 洞窟を疾走し、魔物のあとを追っていくと海だった。いや、海ってどういうことだと思ったテツヤ=ヒノモトだったが、すでに遅い。


「ちょっ!?」


 急に明るくなったこともあって、どこでブレーキをかければよいか分からなかったテツヤ=ヒノモトはそのまま海へとダイブする。どぼーんと潜って海上に顔をだすと、崖にぽっかりとあいた洞窟の出口付近にへばりついたサソリの魔物の姿が見えた。その尾の先は聞いていた通りに涙状の形状をしており、右の爪はフラン=オーケストラに斬り飛ばされて消失している。


「くそがぁ!!」


 叫んでもその魔物には響かない。こちらをちらっと見た後に洞窟の中に戻ってしまった。テツヤ=ヒノモトはなんとかして崖をよじ登るが、もちろんその時にはサソリの魔物はどこにもいないのである。


「あー、しかもはぐれちまったのか」


 魔物を仕留めることもできず、他の二人とも離れてしまったというのは考えられる中でも最悪だった。本来は誰かが命を散らすというもっと最悪な事態があるはずなのだが、そんな心配は全くしていない。ショートはともかく、フラン=オーケストラがやられるなんてことはあり得るはずがないと、これまた他人が聞けばお前がそれを言うかと言われそうな考えをしながらテツヤ=ヒノモトはこれからの事を考える。


「合流を優先すべきか、それともってところか」


 フラン=オーケストラは合流を優先した。しかし、ここで魔王はそれを優先するなんてことはしなかった。


「素材は尾の先の涙状のなんとかだったな」



 口には出さなかったが、この時の魔王の頭の中は、あの残った方の爪を焼いたらおそらくは蟹のように美味いのではないかという考えがほとんどを占めていたとか。

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