ショートストーリー4
「それで? 何故このような事態になっているのでしょうか?」
「さあな、俺も起きたらこうなっててよくわからねえ」
「あわわわ、ハルキ様ごめんよう」
「カーラ、もう少し言葉には気を付けるべきだ。ハルキ様はこのような方だというのは知っているだろう」
ベッドから起きてこない「大召喚士」ハルキ=レイクサイド。昨日までは元気に酒盛りをしていたはずである。
「もうだめだ……。死のう……」
お約束のあれである。
「カーラ、とりあえず説明をお願いできますかな?」
「えっと、朝ご飯ができたからハルキ様を起こそうとしたんだけど……」
カーラの手にはケチャップの瓶が握られていた。ちなみに本日の朝食のメニューは焼きたてパンに調理担当がわざわざワイバーンでレイクサイドから持ってきた新鮮な卵の目玉焼きとサラダ、昨日の魔物の肉を煮込んだスープとかなり豪勢である。
「目玉焼きにケチャップをかけるのは少数派だってハルキ様に伝えたら、こうなっちゃって……。あっ、でもケチャップも美味しいよね! 私は醤油派だけど」
「誰も、俺のことを理解してくれないんだ……」
「まさか、このタイミングで来るとは予想外でしたね。この落ち込み具合だと二、三日は無理でしょうか」
結局、目玉焼きは焼きたてが美味しいからというカーラの説得に応じてケチャップをつけて食べたハルキ=レイクサイドであったが、その後はまたしてもベッドに潜りこんでしまった。
「ふむ。坊ちゃまが行かないのであれば仕方がありません。ショートもついてきなさい」
「はい? 私がですか?」
奥地へとスコルピオの涙を取りに行く予定で会ったのはハルキ=レイクサイドに加えてフラン=オーケストラにテツヤ=ヒノモトである。もともと、その他の親衛隊は野営地の維持に割り当てられる予定だった。単純に奥地に行くと魔物の強さが上がるのではないかということが予想され、それに対抗できるのが少数しかいないというのが理由の少数精鋭である。
昨日の魔物の襲撃を考えるとショートは野営地に残っていた方がいいというフランの判断であったが、ハルキ=レイクサイドが行かないとなれば仕方がない。
「いや、でも野営地の護りは誰が行うんでしょうか?」
「坊ちゃまはこの状態でもミスリルゴーレム二体程度であれば召喚することができますので」
実際にフラン=オーケストラはハルキ=レイクサイドを説得してミスリルゴーレムの召喚を行わせる。ベッドの中から召喚されたミスリルゴーレムは文句も言わずに野営地の壁の上に立った。建造された壁も含めて、かなりの守備力となった野営地はほとんど砦である。ついでに上空からの襲撃に備えてレッドドラゴンも召喚される。
それを見てショートは自分もレッドドラゴンを召喚したいなどと思った。レッドドラゴンはレイクサイド領の中でも数人しか召喚契約を結んだことのない特別な召喚獣なのである。
「一日中、召喚し続けるおつもりですか……」
規格外だ、と誰かがつぶやいた。長年、大召喚士に仕えてきた者でもまだ驚かされることが多いという。
「もう放っておいて行くぞ! ショートはどこだ!?」
テツヤ=ヒノモトはすでに準備ができていたようだった。ハルキ=レイクサイドが落ち込むのはいつもの事だから構っていても仕方がないと達観している。フランとショートをせかす。しかしショートに対して怒鳴っているわりにはショートのいる方角が分かっていない。
「ウインドドラゴンを召喚できるのはショートだけになりますからね。貴方は基本的にウインドドラゴンの上にいてください。でなければ私どもが認識できませんから」
「えっと、はぁ。了解いたしました」
ウインドドラゴンの上にいるだけでは特にやることもなさそうだとショートは考える。これは自分の実力的には仕方のないことなのだろう。「勇者」と「神殺し」と比較されても仕方がない。しかし、一番下っ端であるために雑用くらいはしないといけないのではないだろうか。何かあればアイアンドロイドを多めに召喚して対処しようと、ショートは魔力回復ポーションを鞄に詰め込んだ。
「さあ、行くぜ!」
ショートの召喚したウインドドラゴンに三人が乗り込むとテツヤ=ヒノモトが叫ぶ。
「フラン様。行くとおっしゃられても、目的地が分からないのですが」
「まずは上空から例のサソリ型の魔物がいるかどうかを確認いたしましょう。どのくらいの大きさなのかも分かりませんし、このあたりの地理は全く分かりませんしね」
「了解しました。低速で地上を確認しながら南に向かって飛びます」
ウインドドラゴンは南下しつつ、ショートたちは地上を見続けた。途中、何頭かの怪鳥が襲ってくることがあったが、基本的にテツヤ=ヒノモトの次元斬で一撃である。いちいち飛び出していく魔王を地上に墜落する前に回収するため、ショートの召喚したウインドドラゴンは急旋回を余儀なくされる。
「それにしても、この大陸は大きいですね。今後第四騎士団あたりに探索を命じてもよいかもしれません」
フラン=オーケストラは帰還後の方針を考えているようだったが、かなり上空まで上がっているにもかかわらず、端の見える気配のないあまりにも広大な大陸を見て今回の探索が成功するかどうかが心配になるショートであった。
「サソリ型の魔物と言えば砂漠などの砂地の場所にいるのが多いのでしょうか? このあたりは森林地帯になりますし、あそこに見えている山はかなりの高度がありますから、一般的なサソリは生息していないでしょうね。西に見えている草原などに向かうべきでしょうか」
「ショートの言う通り、森林や高い山にサソリ型の魔物がいる可能性は低いかもしれません。しかし、通常の大きさのサソリであればそうですが、この大陸にいる限りはかなり巨大である可能性もありますよ」
その場合は砂に潜ることができるのか、またはそのような巨体であっても砂に潜れるのならばかなりの脅威であるとフランは言う。
「つまりは何も分からねえってことだろ?」
「ええ、おっしゃるとおりですね。しかし、上空にいないのはたしかかと」
何度目かの怪鳥の襲撃を撃退して、上空を飛んでいると目立つだけではないかという話が出た。ちょうど山の中腹に差し掛かっていたところだった。この山はヴァレンタイン大陸にある霊峰アダムスよりも高いとショートは思う。
「降りますか? 召喚獣を変えて移動するというのも良いかと思います。ショート、魔力は大丈夫ですか?」
「まだ余裕があります。フェンリル三頭でしたら問題ありません」
基本的にハルキ=レイクサイドでもなければ一日中召喚を続けるということは難しい。しかしショートの魔力は将軍たちにも引けをとらないのではないかとフランは考えていた。実際に不足の事態が起きても野営地にまでは十分に帰ることのできるほどの量の魔力をショートは持っている。
「では、降りま…………」
ウインドドラゴンが着陸しようとした瞬間、いきなり地響きとともに地面が割れる。
「なっ!?」
割れた地面から突き出た黒色の何かがウインドドラゴンを貫いた。瞬時に空中に逃げた三人の視界は土埃でおおわれている。
「何があった!?」
「槍のような……、いえ、あれはもっと違うものですね」
着地と同時にテツヤ=ヒノモトは抜刀する。土埃があり何も分からないはずだが、魔人特有の魔力探知で何かがわかっているのだろうか。そのまま、土埃の中へと突っ込んでいった。
「虫、ですかね?」
「たしかに甲殻をもった魔物に見えました。それの尾でしょう」
フランもショートも事態を冷静に分析していた。ウインドドラゴンの背に乗っていたためにその何かが地面から突き出てきた場面は見えていない。しかし、観察できた一部から予測することはできる。
「フラン様、サソリの可能性があります」
「やはりそうですか。では、ショートは再度ウインドドラゴンを召喚して空中に待機。私はテツヤ様のお手伝いをしてきましょう」
「了解です」
そしてフランはミスリル製の剣を抜きはらうと、まだ完全には落ち着いていない土埃の中へと入っていく。ショートはウインドドラゴンを召喚すると上空へと上がった。
そしてそれがこの日、ショートが見たフランとテツヤの最後の姿だった。




