ショートストーリー3
「フラン様っ! 無理無理無理無理無理無理無理無理ぃ!!」
「カーラの言う通りです。我々には荷が勝ちすぎます」
「野営地の維持だけでよいのですよ。襲撃もそんなにはありませんし、蟲人の襲撃にくらべればどうということもないでしょう」
最果ての南の大陸。その最北端に親衛隊は野営地を建設中だった。こういうことは第一騎士団が得意であるのだが、最近はヴァレンタイン大陸各地に出現した魔物の対処で忙しく、領主が領地にいない今は特にやることもない親衛隊が素材の入手に駆り出されているのだった。
「おいおい、お前はそう言えるかもしれないがよ。こいつら蟲人との闘いの時にはハルキ様の周囲を固めていただけで特に突撃もしたこともなければ切り結んだこともないはずだ。かく言う俺も実は森の中を逃げながら疾走したことはあってもあいつらと戦ったわけじゃないし、そもそもレイクサイド召喚騎士団の攻撃のほとんどがウインドドラゴンかゴーレム空爆だったわけでトクニガチンコデヤッタワケデモナケレバナイワケデタシカニオマエハナンビキモヤッチャッテルワケダガオマエハオマエデキカクガイダッテイウノヲスコシハジカクシテ……」
「すでに蟲人よりもでかいやつが数匹やってきてるじゃんかよ! ソレイユの言うとおりで無理だって! ついでにルークうるさい!」
意味がわかりませんが? という顔をしながらフラン=オーケストラは野営地を襲撃してきた巨大なドラゴンをしとめる。エンシェントドラゴンとも違えば、ティアマトとも違う。しかし同じくらいに大きいそれは、親衛隊の中ではフラン以外では対処できないというのが現実だった。フランでは対処できるというのも現実だった。
「ふむ、仕方ありませんね」
「撤退ですか!? 撤退ですね!? ハルキ様でもいなけりゃこんなん無理だよ!」
「今日の進軍はやめておきましょう」
「今日の!? 明日は奥地に入るってこと!? 無理無理無理無理!」
絶叫しながらも魔物に対処するカーラもずいぶんとレイクサイド領に慣れたもんだなとソレイユは思う。かつての自分たちはこんなSSランク越えの魔物に相対しただけでも動けなくなっていたはずだった。そんな事を思いながらソレイユは現実逃避をしている。
「しかし困りましたね。ゴーレムの召喚が少なすぎて野営地の建設にかなり時間がかかっております。カーラはまだクレイゴーレムとの召喚契約は結んでいないのですか?」
「そりゃ、私らは親衛隊であって召喚騎士団じゃないから! ワイバーンがやっとだよ!」
冒険者の頃からすればワイバーンと契約しているだけでも十分なのだがとソレイユは思う。もはや自分たちのいる場所はかつての場所とは大きく違っているようだった。望んで来たはずだが、いや、後悔はないはずだ。
「おっ、ドリュアスが気配を感知したぜ。もうすぐアイアンゴーレムを複数召喚できるやつが二人ほどと、それにやっぱりテツヤ様もついてきたようだ。ちょっと海の上の気配探知は苦手だからはっきりとは分からんけど魔人族っぽいからテツヤ様で間違いないだろう。シカシイクラドリュアスガケハイヲタンチデキルカラトイッテマイドマイドショートノソウサクニオレヲコキツカイヤガッテオレヲナンダトオモッテ……」
「それは逆にまずいですね。坊ちゃまが来られる前に野営地を建設してお出迎えする計画が完全に崩れてしまったではありませんか」
「きゃー! ハルキ様ー! 助けてー!」
「カーラ、さすがにみっともないからやめろ」
上空のウインドドラゴンから眼下を眺めたショートは、野営地建設現場の惨状ともいえる状況にため息を漏らす。ここに領主を連れてくるということが職務上どうなのだろうかと考える暇もなく上空から襲い掛かってきた怪鳥に対して二頭目のウインドドラゴンを召喚して対処した。
「空も安全とは言えませんので、フラン様たちと合流いたしますね」
「ああ、そうだな。爺はともかく他の連中が大変そうだし」
「おい、俺は先に行くぜ!」
ウインドドラゴンの後ろに乗っていたテツヤ=ヒノモトはもう一頭のウインドドラゴンへと跳躍して乗り換えた。そのまま嬉々としてあのロックでもないがそれなりに大きな怪鳥と戦うつもりであったが、次元斬の一撃で終わってしまい、少し寂しそうな顔をする。
「テツヤ様、あちらからたくさん魔物が来ているようですよ?」
「何!? よし、俺はあっち方面を受け持つぜ!」
あっち方面もなにも野営地は大陸の最北端に建設中であって、南方面以外は海である。しかしテツヤ=ヒノモトはそんなことはおかまいなしにウインドドラゴンから降りると刀を振り回して魔物と戦い始めた。それによって親衛隊の負担が一気に減る。体勢を立て直したところにハルキとショートを乗せたウインドドラゴンが降り立った。ウインドドラゴンは二人を降ろすと、先ほどまでテツヤを乗せていたもう一頭とともに、魔物との戦いへと向かう。意外にも空を飛ぶ魔物が多い。
「さて、働きますか」
今までまったく召喚をしていなかった「大召喚士」ハルキ=レイクサイドは二体のアイアンゴーレムを呼び出し親衛隊が召喚していたクレイゴーレムとともに野営地の周辺に壁を作り始める。他にも数体のアイアンドロイドを召喚し、いままで親衛隊がてこずっていた野営地の建設を行い、その合間にも襲ってくる魔物に対してレッドドラゴンを召喚して対処し始めた。
基本的にヴァレンタイン大陸に比べてこの最果ての南の大陸は魔物の大きさが違う。明らかに巨大化している魔物に対応するためにはこちらも巨大な召喚獣で対抗するしかなかった。しかし、親衛隊の中には召喚が得意ではない者までいるため、もっともここに適していない部隊とも言える。
そんな中、一人で二頭のウインドドラゴンを召喚しているショートは異質な存在なはずだが、だれもショートが到着したことを認識していない。ハルキ=レイクサイドがウインドドラゴン二頭も追加で召喚していると思っているものがほとんどだった。ちなみにテツヤ=ヒノモトもショートの存在を忘れかけている。
「ハルキ様が来られたというのに、ショートはまだですか?」
「フラン様、私はもう到着しております。それにあの二頭のウインドドラゴンは私が召喚したものです」
「……その存在感のなさはどうにかなりませんか? 貴方に何かを頼もうとする度にルークに頼んでドリュアスに探してもらわないといけないというのは面倒なのですが。主にルークに頼むという点が」
「そんな事を言われましても」
雑談しているように見えて、ショートはウインドドラゴンの二頭同時召喚中である。常人では無理な量の魔力が常時持っていかれている。この魔力に耐えることのできるのは「大召喚士」ハルキ=レイクサイドの他には各騎士団の将軍クラスでなければならないだろう。その辺りをきちんと分かっている者は少ない。
常日頃から自己評価の低さによってショートは他の者よりもきつい訓練を行っている。しかし、それを認識している者はいない。
数時間もすると簡易ではあるが砦のようなものができた。ハルキの召喚したアイアンゴーレムが4体にまで増えたこともあって、その作りはかなり頑丈である。海岸付近の岩を砕いて固められた壁はちょっとやそっとのことでは破壊できないだろう。
「これなら、この大陸の魔物がやってきても耐えることができそうだろ?」
「本当に、召喚魔法は便利だな。チートってやつだ。チート」
「ふざけんな! それはお前の方だろうが!」
大召喚士と魔王の言い争いはここでもイツモノヨウニである。内容を聞いている周りのものからするとどちらも規格外なのでは? というのが正しい認識なのだろうが。
「それで? ここを拠点にてそのスコルピオの涙とやらを探しに行くわけか? 意外とここの大陸のやつらは次元斬が効くからな。歯ごたえがなさそうだが、奥地に行けばもっと強い魔物がいるんだろうな?」
「この戦闘狂はおいておくとして、実際にそれはどんな魔物なんだ、爺?」
「ええ、スコルピオの涙とは文字通りサソリ型の魔物らしいとユーナが言っておりました。実際の涙ではなく、尾の先端についている毒針が涙の形をしているのだとか」
「それを狩ってくればいいってわけだな! 楽勝だぜ」
「毒針って物騒な……」
夜間になると魔物の襲撃もほとんどなくなった。昼間に倒した魔物の中で食材にできそうなもの解体して中庭で焼いていると美味そうな匂いがあたりに立ち込める。それによってさらに魔物の襲撃があるかとも思われたが、逆に昼間の魔物を狩ることのできるような強者がここにいると証明したことになり、静かなものであった。
「あの鳥の塩焼きが美味いぜ! 揚げ物にしたらもっといいんだろうがな」
「あー、野営地に大量の油を持ってくるって発想はないな……。小麦粉と調味料ならあるけど」
到着と同時に首を刎ねた怪鳥のもも肉にかぶりつきながらテツヤが言った。から揚げが食いたいと言うと、周囲で聞いていた人間たちもから揚げの味を想像し始めてしまうが親衛隊全員が食べるだけの量を調理するほどの油は持ってきていない。怪鳥ロックとはまた違った、しかし脂が乗っていて非常に旨い鳥肉だった。から揚げにしたらさぞ美味なことだろう。ハルキはこそっと残った肉を氷漬けにしてセーラ=レイクサイドへのお土産にしろとフランに命令する。
「……あのー、テツヤ様」
「うぉっ!? いたのか!?」
「ボアの背油ありますよ? 溶かしますか?」
テツヤの背後から声をかけたショートは、昼間にウインドドラゴンが巨大な猪を倒したことを思い出す。二頭がかりで上空に持ち上げて墜落させていた。ハルキの考案した通称「フライアウェイ戦法」はウインドドラゴンが召喚できる召喚騎士にとっては常套手段となっている。
「おっ、いいじゃねえか! 頼む!」
「分かりました。カーラ、お願いしてもいいですかね?」
「うぉっ!? ショートいたのか!?」
テツヤと全く同じ反応をしてカーラは食べていた肉を取りこぼしそうになったが、なんとか落とさずに済んだ。持っていた肉を行儀悪く口の中に放り込むとソレイユと一緒に巨大な猪の背油を解体しに行く。元冒険者の二人は解体作業などが得意なのである。ちなみに料理人は親衛隊専属の者たちが連れてこられており、魔物との戦いの場に行くことの多いこの料理人はワイバーンを召喚して上空から破壊魔法を放つことのできるくらいの腕前はあったりする。
「ついでにボアの肉をステーキにしてくれ。トンテキ、トンテキ。あっ、パンじゃなくて白米でな」
常人の数倍は食べる魔王テツヤ=ヒノモトはレイクサイドの食事がたいそうお気に入りだった。ヒノモト諸島でとれる新鮮な魚介類も大好物ではあるが、肉料理や穀物系などはレイクサイドの方がよいと思っている。それに前世が純人であるということもあって親しみを感じやすいというのは本人とごく少数だけが知る秘密だった。
「ところで、どんな召喚獣なんだ? 新しいやつってのは?」
揚げたてのから揚げにかぶりつくと、テツヤは満面の笑みで言った。味の感想は言わなくても誰もが満足した顔をしていることから美味いのは間違いないだろう。
「天使系の最上位だっけ? なんて名前だったかな?」
「ゴッド、でございます」
「そうそう。ゴッドってやつ」
「神様を名乗るとか、ろくな奴がいねえ気がするけどな」
「違いない。知り合いに一人いるわ」
ハルキ=レイクサイドはから揚げをほうばって口の中を火傷しつつも、肉をお土産用に残しておいてよかったと心底思った。これを持って帰らないと妻の機嫌が悪くなると確信する。隠し通すというのは無理だと、長年の経験から知っていた。
魔物の襲撃がほとんどないこともあり、野営地での宴は盛り上がるのだった。




