If story -転生したあいつは魔法が使えないしメンタルも弱いんです。- 第8話
意外な所でセーラさんと再会した。久しぶりに出会うセーラさんは最初に出会った頃より更に若い。アイシクルランスの氷の紋章のペンダントもつけてない。なんか、でも、変わってないねー。
「私はセーラ=チャイルドです! まずはお名前を聞かせて下さい!」
ぐいっと積極的に近づいてくるセーラさん。まだロージーを産む前のセーラさんだ。
「ホ、ホホ、ホープ=ブ、ブックヤードでしゅ。よ、よろしく」
よし、あまり噛まずに言えた。
「ホホホープさんですか?」
滑舌が悪かったか!? 仮面をつけてるから声がこもってしまったのかもしれない。無言でギルドから発行されているギルドカードを出す。毛むくじゃらたちがSランクなのに何故かBランクなんだけどな。
「あっ、ホープさんでしたか、失礼しました」
「いや、もうホホホープに改名しようかな。どうせ偽名だし」
なんか色々思い出してきたなぁ、最初にセーラさんに出会った後はフェンリルの契約素材を買いに行ったんだっけ。そしたら一発で正体を見破られたなぁ。
「そもそもグレイシージープは食べた事がないんです! 美味しいんでしょうか?」
そっか、この時期のセーラさんはまだアイシクルランスじゃないからあんまり色んな経験をしてないんだ。
「よ、よ、良かったら今度、狩りにいかないか?」
「えっ!? Aランクのクレイジーシープを狩れるんですか!?」
「大丈夫、ギルドが了解してくれるなら依頼もついでに受けてしまおう」
初対面という事になっている俺と狩りになんか行くだろうか? でも、俺の知ってるセーラさんならば付いてくる。絶対に。
「わ、分かりました」
ほらね。
***
「どういう風の吹き回し?」
セーラさんは夕方から誰かと会わなければならないという用事があるとの事で、ちょっと料理の話をした後に別れた。いまは冒険者ギルドに戻ってきている。約束の時間まではまだちょっとあるからクレイジーシープの依頼を探していたらお義母さんに捕まった。
「これはお義母さ……ギルドマスター。ちょっとクレイジーシープが食べたくなりまして」
「さっきまで死にそうな顔してたのに……しかもそれ、一人で行くつもり? ウルガスから聞いてるわよ、あなた自身の力はたいしたことないというか、……アレが使えないって」
ギルド内で俺の魔法が使えないなどという重要な話をしないように配慮してくれるお義母さんはいい人だと思う。多分。
「クレイジーシープ相手に魔法はいらないです。これ一つで十分」
今日はクロスボウが頼もしく見える。
「それに、一人じゃなくて二人で行こうかなぁって……」
あ、ヤバい。セーラさんと行くってばれたら止められるかも。
「本当にあなたって人間が理解できないわね」
「ですからある領地の次期領主なんですよ」
「まあ、とりあえず、そろそろ来るころだからよろしくね」
さらっと流された。完全に冗談だと思われている。まあ、それでもいいんだけどね。
お義母さんの口添えがあったためにBランクでもクレイジーシープの討伐依頼を受理することができた。肉は回収するとしても角と毛はどうするかな? たしかこの時代はクレイジーシープの毛は加工できなかった気がする。そうすると角くらいかな。
などと考えていると、お義母さんが紹介したい新人が来たようだった。ギルドの職員が呼びに来る。なんでマスタールームに呼ばれるんだろう。お義母さん直々に紹介してくれるんかな?
***
「まさか噂に名高い「剣の鬼嫁」…………じゃなかった「剣の鬼姫」が付いてくるとは思いませんでしたよ、お義母さ……ギルドマスター」
「だから何故、ロランがたまに裏で言ってる私の呼び名を知っているのかしら?」
なんと、お義母さんから紹介された新人というのはセーラさんだった。やはりこれは運命だ。しかし、二人でクレイジーシープの討伐に行くと伝えると、何故かお義母さんまでついてくる事になった。ギルドマスターは暇なのだろうか。
「なんでお母さんがついてくるの?」
「それはこの男が信用ならないからよ」
「信用ならない人に私の教育を任せたの?」
「そ、それはウルガスたちがいるからよ」
まさかお義母さんが責められる場面があるなんて……、さすがはセーラさん。
「Aランクの討伐に、Bランク以下が二人でなんて危険なのよ」
「でも、ホープさんは特例で依頼受理の許可が出たって。お母さんが許可したんでしょ?」
自分の実力も否定されたと思ったのか、若干セーラさんの機嫌が悪い。さすがに貴族院首席は違うね。あ、俺はほとんど不登校だったから分からん。
「まあまあ、二人とも見学してればいいですから」
「その背嚢の中に、クレイジーシープに対抗するための武器か罠が入っているのかしら?」
「違いますよ?」
俺はかなりデカイ背嚢を背負って馬に乗っている。いつもはこんなに荷物なんて持たない。重いから。
「これは料理道具です!」
入っているのは竈を作るための資材とフライパンに香草や小麦粉などである。さすがに竈の周囲の石は現地調達するけど、その他の準備はぬかりない。
「え? なんでよ?」
「それはもちろんセーラさんにクレイジーシープをご馳走するためですよ!」
「そうなのよ、お母さん」
「あなたたち、クレイジーシープはその禍々しい見た目に劣らずやたらに突進に向いた方向に生えた硬い角が凶悪な魔物なのよ!? 一説によればグレートデビルブルとぶつかり合っても勝てるというほどのチャージで何人もの冒険者たちが命を散らしているんだから!!」
とことん信用されていない。でもクレイジーシープはよく狩ってた魔物だけあって、弱点などもしりつくしている。クロスボウがあれば十分だ。
現地に着くとクレイジーシープはすぐにどこにいるか分かった。というか、暴れている。周囲の魔物だとか動物が逃げているのがよく分かった。
「また、派手にやってるなぁ」
草原に生息するクレイジーシープは基本的には草食だが、危険が迫ったり何かがあるとスイッチが入って「クレイジー」な状態になる。その時は周囲にどんな魔物がいようが冒険者たちにかこまれようが暴れまくるのだ。力もかなり強く突進は強力である。そのため、Aランクに認定されているし、実際には凄腕の冒険者でもなければ角に突かれて命を落とすことも珍しくない。……だけど。
「突進からの角の突き上げが強力だけど、基本的にはそれだけなんだよな」
クロスボウで右の足の関節を打ち抜くと、クレイジーシープはバランスを崩した。3本の脚で倒れることはないが、突進はこれで不可能である。
「それに、角の付け根は角以上に硬いから、頭部への攻撃が効きにくい」
他の魔物の弱点でもある眉間が異常なほどに硬いのである。そのため、角や頭部をかち割れるだけの切れ味を持った武器か、それなりの火力の魔法の使い手でもなければAランクのクレイジーシープは倒しづらい。暴れまくる魔物を囲んで叩くというのも犠牲が出やすい。
「だから……」
クロスボウから放たれたボルトは、クレイジーシープの喉を貫いた。出血多量になるか呼吸ができなくなるまで数十秒である。
クレイジーシープの解体は自分でやる。前世の職業のこともあって解体は苦手ではない。そしてそのまま、昔にセーラさんから教わったクレイジーシープの香草焼きをその場で作って振舞った。二人とも美味しそうに食べていたので目的は達成かな? しかし、セーラさんが今後「ブックヤード傭兵団」に入るというのは予想外だった。こうなったらアイシクルランス入団を阻止してセーラさんだけ安全な場所に……なんて思っているとお義母さんが言った。
「……おかわり」
「私も!」
とりあえず、セーラさんだけを守ればいいというわけではなさそうである。まだまだ問題は山積みだった。となると、これは色々と考えなければならない。レイクサイドに帰る時を考えなければ……。




