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If story -転生したあいつは魔法が使えないしメンタルも弱いんです。-

「いいか、川岸先生には絶対に言うなよ?」

「言わないっすよ。というよりも俺、川岸先生に会ったことないですもん。それに、どう考えても忙しすぎてこんな所にはもう来ないでしょ」

「まあ、たしかにそうだな。あ、ついでに八潮教授にも黙っとけ」

 ある大学の工学部の一室での光景である。ここでは大量のデータを整理している講師と、その手伝いを強制的にやらされている後輩がいた。


「神楽先輩、何かやばいんですか?」

「哲也、一応なんかよく分からんけどデータでも人格があるなら人権がどうだとかで守らなければならないもんがあるらしいんだ。だから、公式記録にはできないけどな」

「まあ、下手な小説なんかよりよっぽど面白そうっすね。俺なんて魔王になってますし。でも単なるプログラムでしょ?」

「ああ、まさか俺もあんな頭のおかしな奴になってるとは思わなかった。最近は大学もうるさいからな……」

「それで川岸先生って人が凄いから、この企画を思いついたんですね?」

「そう。なんかこのプログラムの中の住民は勘違いしてるけど、あの先生頭良いからさ……」


 神楽佳宏はにやりと笑って続ける。


「魔法、全く使えなくても英雄になれるんじゃないか?」


 ただし、ここで神楽佳宏は一つの間違いを犯している。それは注入予定であったプログラムが初期の川岸春樹ではなく、蟲人の進行を止めた辺りでバックアップを取った時点でのプログラムであったという事だった。


 ***



 ヴァレンタイン王国レイクサイド領。ここはヴァレンタイン王国の中で、領地面積だけはあるがほとんど人が住んでおらず、辺境とまで言われた領土であった。領主はアラン=レイクサイド。妻に他界された彼には一人の息子がいる。その名をハルキ=レイクサイドといった。まあ、俺の事であるが。


「爺、もう一回」

「はい、坊っちゃま……ハイ・ステータス!」


 さっきから爺にやらせているのはハイ・ステータスである。これは本来ハルキ=レイクサイドが知らない事なのであるはずであるが、「弱くてニューゲーム」中である俺にとっては日常に近い。


「うん、やっぱり」

「え……大丈夫でございますか?」

 爺が俺を心配している。さすがに魔法が全く使えないという事を知ってしまった16歳というのは精神的に不安であるはずだった。しかも、この領地には俺しか後を継ぐ者がいない。意外とレイクサイド家は子供ができない家系であったらしく、親戚にオーケストラ家があるものの貴族なんてほとんどいないのである。アランの跡を継げる年齢といえば、フィリップくらいのものか……。そしてフィリップは今現在、騎士団でいじめにあっている時期である。ついでにウォルターとヘテロも。


 なんでこんな事になってるんだろうか。蟲人をなんとかした直後だっていうのに。セーラさんのご飯が食べたい。


「あい分かった。とりあえず、フィリップ=オーケストラを呼べ。ついでにここの書いてある人物を集合させろ」

「はあ、分かりました」

 爺がとぼとぼと部屋から出ていくのを見て、違和感を覚える。しかし俺が「覚醒」するまではこんな感じだったかもしれない。爺も色々あったから、やる気をなくしている時期だった。たしかにそうだった。


 とりあえずは召喚騎士団を立ち上げる必要がある。しかし、俺が召喚魔法を使えない状態で召喚騎士団が出来上がるのだろうか。俺が使うという前提で魔石などを無理矢理手に入れていたはずだが、それをフィリップに使うと言って、アランが了承するとはとてもじゃないが思えなかった。そして今の俺は魔法が全く使えない。どうしようか。


「おっと、その前に解決しなければならない問題があった」

 そうだ。色々と思い出してきたぞ。この時期……というのも俺が成人の儀が終わった直後である。この時期のレイクサイド領は弱小領地である。完全に経営が成り立っていない領主館には蜘蛛の巣が張り、領民は次々と都会に出ていき、盗賊すらいないという状況だったはずだ。これを打開するためにノームを用いた農地改革をしたわけであるが、それが軌道に乗るまではほとんどやりたいこともできなかったはずである。せいぜいアランのへそくりを魔石に替えるくらいで、ずっとノーム召喚をしていたはずだった。


「さてさて、どうするかな。しかし、俺自身が修行をしなくていいというのはむしろ楽かもしれん」

 とはいえ、あの最強に近い召喚魔法があったからこそできていた事がほとんどできないというのは辛いものがある。そして他者の尊敬を受けにくいという事は誰も付いて来てくれない可能性があった。爺ですら、俺の変貌ぶりを見ても、もう一度落胆して今までの好々爺になってしまったようである。本気出すと色々酷いジジイなんだけどな……。


「フィリップ=オーケストラです。入ります」

 考え事をしていると、次期当主の部屋にフィリップがやってきた。今まで見慣れていた自信満々のフィリップではなく、若い頃の最初に会った頃のオドオドしたフィリップである。これが「鉄巨人」と呼ばれ、第1将軍でありお義父さんロラン=ファブニールと対等以上にわたり合い、歴史に名を刻む人物となるのだから面白い。だが、ここで召喚魔法をやらせなければ騎士団のお荷物のまま終わってしまうのだろう。


「フィリップ。重大な任務を任せようと思うんだ」

「は、はあ。 しかし、私でよろしいのでしょうか?」

 おう、どうしたフィリップ。お前はそんなんじゃないはずだ。

「うん、大丈夫だ。俺が保証しよう」

 あ、完全に疑わしい顔をしやがった。そうか、俺はこの時点では誰からも信用されてなかったな。


「あ、あのう。私も色々と忙しいんですが……騎士団長にも任務を言い付かっておりまして」

「叔父上には俺から言っておく。今からお前は俺の直属として働いてもらいたい」

「またぁ、若様。そんな事言ったら御父上にも怒られますよ?」

 この……。


 結局、フィリップは召喚魔法の事を何も聞かずに出て行ってしまった。

「おのれフィリップめ! 絶対にリオンとの結婚は認めてやらん!」

「坊っちゃま、言われた人物を集めましたが?」

「ぐぬぅ、フィリップがおらんかったら始まらんではないか!?」

「はあ、一体何を思いついたので?」

「最強騎士団の設立だよ!?」

「分かりました。丁度テトという少年が来ておりますので、それ以外は帰らせますね……」

 こらぁぁぁぁああああ! 爺! なんでお前が俺を哀れみの目で見てるんだ!?


 ***


「ねえ、ハルキ様? 本当にこれでいいの?」

「ああ、絶対だ。お前にはものすごい才能があることは分かっている。このままノームを召喚し続けていたら世界最強も狙える」

「本当? 僕、家の手伝いしなきゃならないんだけど」

「家には俺のためだと伝えてもらっておこう」

 結局はテトしか残ってくれなかった。しょうがないからテトにずっとノーム召喚を続けてもらっている。たまに部屋の掃除にきてくれるヒルダにも声をかけるがいつも笑って返されて終わりである。まるで相手にしてもらってない。


「しかもずっと農家の手伝いでしょ? 僕もハルキ様も皆から笑われてるんだよ? 農家の人には感謝されてるけどさ」

 もらったキュウリをポリポリとかじりながらテトが言った。そして、その間に俺は特にやる事もないために本を読んでいたのであるが、よく考えたらこの時期にレイクサイド領主館にある本なんて全部読み込んでていまさら読む必要すらなかった。仕方ないので、レイクサイド領立レイクサイド騎士学校で教科書として使われていた「召喚魔法 ハルキ=レイクサイド著」をさらに詳しくしたものを書き始めることにした。当時はかなりの機密情報を書くことができなかったために物足りない内容になっていたが、今回これを読むのは騎士団長クラスの人間だけだろうから秘伝の書として書き上げておこうと思ったのである。


「よく、何も見ずに書けるよね。ハルキ様の妄想?」

「失礼なやつだな。全て事実だ」

「そんなわけないじゃん。ハルキ様は魔法が全く使えないでしょ?」

「そこは企業秘密である」

「何? キギョウってどういう意味? ハルキ様って変だよね」


 ぐぬぬぬ。テトにまで馬鹿にされている。しかもとりあえず適当に付き合っているだけのテトは夜間のノーム召喚を真面目にやっていないのか、魔力の上がり方が微妙である。絶対どこかでさぼっているに違いない。



 うん、このままだと色々とやばい気がする。第一、フラット領へのエレメント魔人国の第4混成魔人部隊の襲撃すらまずいんじゃないか? あれはジルベスタのバカがの陣形維持しなかったためにアイシクルランスすらヤバい状況のところを俺のレッドドラゴンが…………あれ?



 ここで、重要な事に気づいた。


「あの時ハルキ様が来てくれなかったら、私もどうなっていたか。あなたは命の恩人なんですよ?」


 愛する人の何気ない一言。当時の俺は調子乗ったり落ち込んだりで忙しかったけど、今回はどうだろうか。というか、なんとかしないとアイシクルランス壊滅しちゃうんじゃないか? という事はセーラさんが危ない……。


「テト! 真面目にやれぇぇぇえええええ!!!」

「えぇ? 僕ちゃんとやってるよ? ハルキ様の相手したらフラン様がお小遣いくれるんだ」

「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああうううううううううううう!!!!」



 誰だよ、俺を弱くてニューゲームさせたのは!? っていうかあのクソ神のオリジナルしかできるやつは知らんけどな! ……もうだめだ、死のう……。


評判良かったら次も書こうかな……

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