表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/45

八潮教授の日記 5巻

たまには色々なネタバレ回を

 すでに自分の名前も忘れてしまいそうである。私が八潮勇樹と呼ばれていたのはいつの頃だったのか。


 このプログラムに組み込まれてから1万年が過ぎたらしい。前回、ようやく神楽のプログラムと接触を持つことができたが、彼の精神プログラムは壊れていた。コンソールを用いて精神安定を頻繁に行っていたが、すぐに思考が脱線するのだという。すでに1万年以上も生きた彼にとって、全ての物事は予想できることであり、興味を失ってしまったのではないだろうか。私の話に全く耳を貸さない彼を見て、私の存在意義が薄れていくのを感じた。

 単なるプログラムだという事は自覚している。神楽が分子スキャンの概念を構築し、量子コンピュータの実用化を含めたプロジェクトを立ち上げた時は驚いた。完全に教授である私の方が彼に教えられる立場になるのに、時間はかからなかったのは今でもはっきりと覚えている。そして神楽はその先をも見据えていた。人類の到達点を探るという目標を聞いた時に、人としての器と、自分の限界をはっきりと感じたのである。

 そんな私であったが、このプログラムにおける重要な部分の人格プログラムとしてテストを行うことになった。私の現世での記憶はここまでである。そしてこのプログラムに組み込まれた私は、おもにバグの排除に先立ち、全体のスキャンを存在意義としている。


 この日記は日本語で書いている。すでに独自の言語が構築されてしまったこの世界において日本語の文字を理解するものはモニター以外にはいないはずだ。モニターが暴走して現地人プログラムに言語を教えでもしない限りは私の日記は暗号化されることだろう。もしくはこの日本語を解読するほどの文明が進む可能性というのもないわけではない。


 だが、数千年前に目覚めた時に、すでに神楽は文明の進化が止まっていることに気づいていた。最初のモニターを元にして構築した世界では、これが限界なのだという。そして、そのモニターの中に完全な分子スキャンができていない者がいたらしい。世界は、私たちの知る世界とは大きく異なる進化を始めていた。オリジナルがこのプログラムに価値を見出すかどうかは微妙な所である。



 もしバグがでた場合、私と神楽は少しだけこのプログラムに遊びを入れた。まるで神話における神と、神の遣わした天使や怪物のようなプログラムを使役できる者を創造できるようにしたのだ。このプログラムを作るにあたって、神楽が神だった。私は神の仲間として、アイデアを出すことを許された存在だった。神楽は、これがいけなかったのかもしれないと言っていた。このプログラムによく似た「魔物」だったり「魔法」とよばれるような不思議な力や生物が世界に満ちてしまったのだ。計画は失敗であり、神楽はそこでやる気を失ったのかもしれなかった。私は数年から数十年ごとに眠りにつく。だが、神楽はこの世界で生き続けた。多大な経験をメモリーする事で精神プログラムがエラーを起こすという想定をしていなかったのは確かであり、それが大きくこの世界をゆがませる原因になってしまったのかもしれない。データを取るには、あまりにも滑稽な世界となってしまったのは自覚している。


 それが数年前からいきなり世界に進歩が現れた。時を同じくして、神楽が消去された。それを行ったのは現地人プログラムが「大召喚士」ハルキ=レイクサイドと呼んでいる者と、「神殺し」テツヤ=ヒノモトと呼んでいる者だった。眠りから覚めた私はこの事実を知り、そして世界をスキャンした。


 自分の存在意義というのはバグの発見であり、そのバグの排除を補助する事である。そのために組み込まれた人格プログラムだった。まさか、この人格プログラムが存在意義を認識した時点で喜びを感じるとは思わなかった。「ハルキ=レイクサイド」は「バグ」と出た。この世界が作られて初めてのバグである。他のバグと思われる現地人プログラムはあまりにもデータの破損が大きく、バグと認定されなかったのだ。定義を外れたものはスキャンしても引っかかってこないのだろう。だが、彼はバグだった。


 ここで私にはデリートプログラムを作成する権限が初めて与えられた。私たち二人が、プログラムを構築する合間に遊びで入れた神話の生き物たちである。この世界が始まって、初めて見る事ができる。そう思っていたし、そうプログラムしたはずだった。だが、生まれたのはその「召喚魔法」を使うことのできる少年のような現地人プログラムだった。当初は落胆した。だが、彼が「HDP Human Delete Program」を扱える唯一の存在だったはずだった。しかし、これはエラーがでた。デリートと名付けたその少年は、ただの少年となってしまった。


 絶望という感情までも、分子スキャンは忠実に表現した。神楽は消去されたが自動バックアップ機能が働いてその内に復元されるだろう。だが、プログラム全体の負担になるために私には自動バックアップ機能はついていない。復元された後の神楽が私をコンソールで復元しない限りは、私の存在は消去される。それが、この私という人格プログラムの「死」なのかもしれない。そんな事を想い始めたが、デリートというプログラムを保護しているうちに違う感情もが芽生えてきた。

 私には息子がいた。名前は徹。一人息子であったが、ろくに家に帰らない父親であった私は、あまり彼との思い出がない。だが、ここでは時間は無限大にあった。そして、私にも多少のコンソールが使えた。彼と生活をしていくうちに、デリートと徹が重なって思える時があった。もしかしたら徹と一緒に生活をしていたらこうだったのかもしれない。そう思ううちに私の中で「死」を選ぶ選択肢が薄れて行った。そして、二人で生きていくという「目標」が現れだした。


 バグを消去する。それが私に課せられた使命だった。そのために私はここにいる。そしてデリートもそのために生まれてきた。「HDP」が使えなければ、他を使えばいい。丁度いいことにこの世界には同じような「召喚魔法」というものがあった。これを、「HDP」のように使えば、世界のバグを消去することができるはずである。コンソールは思った以上にプログラムに負担を強いた。だが、私の目論見は成功した。デリートは無制限に「召喚魔法」を使うことができるようになった。あとは実行に移すだけである。


 すでに私の人格を形成しているプログラムは崩壊直前であり、修復機能が働いていない。願わくば、デリートが生きる目的を遂行できるように。すでに私の中でこのプログラムがどのように動いていくかなどは興味がない。分子スキャンが完全であるために私はプログラムであると同時に、一個の人格であるのだ。「私」の「人生」を、意味あるものにする。もし、この手記が最終的にプログラム内に残っており、オリジナルの私が見る事があれば、自信を持って欲しい。私は生きる意味を見出したと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ