第27話 氷の槍
第27話はロラン×ジギルの初邂逅の話です
「なんだこの偉そうなクソガキは」
第一印象はそれだ。今となっては言うことができないが、当時はそう思ったし、そう言った。それで返ってきた答えがこうだ。
「貴様、一度死んでみるか?」
ニアはセーラを産んでからギルドの仕事を始めていた。今までは冒険者しか仕事をしたことがなかった私は、他の冒険者を誘ってなんとか依頼をこなしていた。ファブニール家を継いだ兄に無理を言ってセーラは貴族院に通わせることにしてあった。入学したてであるが、かなりの好成績だそうだ。まあ、私の娘だし当たり前である。同級生にどうしようもない領主のバカ息子がいるとかいないとか。セーラにはできる限り近づかないようにと言ってあるし、領主の息子たちは勝手にコミュニティを作って他の貴族とは関わらないから大丈夫だろう。しかし、たまたま他の貴族からどれだけできないかを兄が聞いてきた時には同情しかなかった。
「剣の鬼姫」ニアを越える冒険者などいるはずがない。相性の面でもそうだったし、実力の面でもそうだった。仕方なく、若い冒険者を三人ほどパーティーに入れるという形でほそぼそと続けていた。ランクSに連れて行くと泣き言が多い。やってられん。
「ロランさん、今回のこの依頼なんですけど四人じゃ辛くないですか?」
あきれて物も言えない。こんな依頼はニアとだったら二人でやっていた。単なるグレートデビルブルだ。ランクはSだが。
「貴様ら、やる気はあるのか?」
「ありますよ! ロランさんが強すぎるだけですって」
すでに「マジシャンオブアイス」というたいそうな二つ名をもらっていた私は増長していたのかもしれない。まあ、実力相応であるから仕方ない。
「こんなもん、俺一人でも十分だ。お前らは索敵のために連れて行くようなもんだろうが」
かつて一緒に冒険者をしていた師匠の苦労が分かる。こんなしょうもない奴らを教育しなければならないとか、メンドク……大変な重労働だ。師匠はできのいい弟子を持って運が良かったな。結局、グレートデビルブルの目の前で逃げ出したこいつらとはパーティーの契約を切った。もちろん、グレードデビルブルはきちんと仕留めた。
「そろそろ潮時じゃないか?」
兄が私にそう言った。冒険者をやめる時ではないかというのだ。だが、これ以外の生き方を私は知らなかった。
「しかし、貴族の家から冒険者ギルドに通っているのはお前くらいのものだ」
笑いながら言う兄の顔は忘れられない。確かに……と思ってしまったのだ。ニアとセーラにいい生活をさせたいと思った私はファブニール家に戻ってきていた。そこで妻子には貴族の暮らしをさせながらも自分は冒険者ギルドに通っていたのである。自分では気づかなかったが、言われてみるとかなりおかしな人間だった。
「しかし兄上、いまさらやめたとして私に何ができるのか」
「馬鹿野郎、「マジシャンオブアイス」とまでよばれたお前が騎士団に入らずにどうするんだ」
すでにかなりの年をとっていた自分が今さら騎士団に入るなんて考えたこともなかった。
「考えても仕方ないから、依頼を受けに来たのね」
ギルドで受付をしているニアに完全に見透かされている。
「あなたはいつも考えている振りをして考えないのだから。魔法にもそれがよく現れているわよ。「氷の槍」しか使わないなんて」
「これは極めれば究極になるんだよ」
「それを何も考えてないと言うの」
妻に口で叶うわけがない。実力でも敵う事はなかったが、すでに向こうは現役を引退したのだからさすがにもう私の方がつよ……い……はずだ。
「それで? 一人で何かするわけ? パーティー解散したんでしょ?」
「うむ」
「それも考えてなかったってわけね」
なんてこった。妻が私より私の事を理解しているとは…。
「まあ、ちょうどいいわ」
ニアがため息交じりに向こうのテーブルを指す。
「子守でもしてきたら?」
「子守?」
ニアが指差したテーブルには明らかに貴族のお忍びでやってきているというのが分かりやすい男が座っていた。酒をまずそうに飲んでいる。
「なんだ、あれは?」
「知らないわよ、やる事ないんでしょ? 面倒見てあげて」
「なんで、俺が……」
「やれ」
「はい」
仕方なくその男に近づく。向こうも私に気づいたようだ。
「貴様がロラン=ファブニールか?」
そういつはそう言った。酒を飲むのもやめずに。よく見ると質のいい服と剣を持っている。鎧も使い込まれたものではないが、かなりいい物だった。貴族のクソガキが冒険者をやってみたいという理由で何も知らずに来ているのだろう。しかし、態度がでかい。ファブニール家もそこそこの貴族なはずだった。そんな私にこんな事を言える貴族は少ないはずである。だいたい、ここは冒険者ギルドであり、依頼を受ける側の立場としては貴族もクソもないはずだ。実力が全てのこの世界で若造になめられるわけには行かない。
「なんだこの偉そうなクソガキは」
「貴様、一度死んでみるか?」
「やれるものならば、やってみろ、クソガキ」
歴戦といっていいはずの私の睨みに対して一歩も引かないクソガキは、エールをぐびっと飲み干した。
「ふん、貴様は俺をたんなる貴族のお忍びだとでも思っているようだが、世間は広い。むしろお前が世間知らずだ」
意外にも眼光が鋭かった。身のこなしからして実力がまったくないわけではなさそうだ。だが、私に敵うほどではないはずだった。
「まあ、よい。今回の貴様の仕事はこれだ。俺を連れて行け」
「あ? なんで俺が……」
「ニアから聞いていないのか?」
「うぐっ……仕方ない」
依頼は怪鳥ロックの討伐だった。二人で怪鳥ロックを討伐するとなるとかなり大変である。ニアと二人ならば可能であるが、他の冒険者と行ってもできるかどうかは分からない。クソガキは霊峰アダムスの近くに行くらしい。あの辺りはエルフの集落があると噂の所だった。
「早くしろ、置いていくぞ?」
「お前、討伐依頼は初めてなのか?」
「そうだが?」
しかしこいつには不安とか、そう言ったものはなかった。何をするにしても自信たっぷりに行う。そして無駄がない。現地に着くころには貴族のボンクラにしておくにはもったいないと思った。
「ロラン、これはテストだ」
怪鳥ロックが視認できる頃にクソガキが言った。
「お前が使えるかどうかを俺が判断する」
「あぁ? なんでお前にそんな事をされなきゃならねえ……って、来てるぞ!」
怪鳥ロックが襲って来た。回避するか迎撃するかを選ばなければやられる。上空からの攻撃は対応が難しい。
「氷の槍!」
特大の氷の槍で迎撃した。こちらを襲おうとしていた怪鳥ロックはそれをかわしたために攻撃はされずにすんだようだ。上空でまた旋回を始める。飛んでいる怪鳥ロックは仕留めづらい。攻撃が当たらないのである。私は氷の槍を何度か放ったが、どれもかわされてしまっていた。
「ふん、前評判通りだな」
「なんだと!?」
「お前は力を持っているが使い方を知らなさすぎる。力の使い方を、教えてやる」
そういうとクソガキは怪鳥ロックを挑発しだした。極小の破壊魔法を数発、上空に向かって放つ。クソガキが対して魔法の力のない獲物と思ったのだろう。怪鳥ロックの標的がクソガキに向かった。
「スピードアップ、バニッシュ」
次の瞬間にクソガキが消えた。怪鳥ロックは一瞬であるが標的を見失う。地上すれすれのところで獲物を掴みそこなった怪鳥ロックは再上昇をしようとした。その羽ばたこうとした右の翼に集中して氷の破壊魔法が撃ち込まれる。バランスを崩して、地上に落ちる怪鳥ロック。
「何をしている、さっさと打ち込め」
自然とその言葉に従っていた。私は特大の氷の槍を怪鳥ロックに打ち込み、仕留めることに成功した。クソガキの氷系の破壊魔法ではとてもではないが一撃で仕留める事はできなかっただろう。だが、標的が地上に落ちた事で私の魔法が必ず当たる状況になったのはこのクソガキの魔法のおかげだった。
「破壊力だけは一級品だな」
「クソガキ……」
「クソガキではない」
クソガキはこちらを向いてこう言った。
「ロラン=ファブニール、さっさと騎士団へ入り早めにある程度昇格しておけ。俺が領主となった時に騎士団長を任せても不自然ではない位置にいるのがお前のこれからの使命だ」
それが私とジギル=シルフィード様との初めての出会いだった。三年後、ジギル様は前領主様の急逝に伴って若くしてシルフィード領を継ぐことになった。その頃には騎士団に入隊していた私はすぐに「アイシクルランス」の設立と同時に騎士団長へと昇格する。しかし、「お前の昇格が全然間に合ってないではないか」とさんざん文句を言われた。そんな初対面である。
……できれば忘れたい。




