第26話 親衛隊の任務
「いやちょっと待ってよ。フランが一応上司なのはわかってるけど、こっちにも事情というものがあって。なんというか絶賛暗殺対象中というか、そんなわけでできるだけシルフィード領には行きたくないんだけど、あいつら本気で俺を殺しにかかってくるんだよ。特に風の村の中でも結構若手の方というか、あ、若手といってもすでに数百年くらい生きてる爺なのかもしれないけどね。純人の年齢にすると30代ってとことだから俺から言ってもおっさんに区別される程度の奴らで、あいつらが子供を産まないからこういう事態になってるっていうのが本質的に致命的というか、俺を殺しにくる暇があればどこかそのあたりでシッポリトヤッテレバマダカクリツガアガルンジャナイカトオモ…………」
「えー、本日はハルキ様がシルフィード領まで行きますので護衛はルークとマリーが中心であと6名ほど連れて行ってください」
レイクサイド騎士団親衛隊の朝礼は不定期開催である。それは領主ハルキ=レイクサイドが不定期に失踪するのが主な原因であるのだが、領主の所で朝礼をするわけにもいかず、ハルキ=レイクサイドの今までの行動から推測して大丈夫だと判断した時のみにフラン=オーケストラが開催を支持するという。現在ハルキ=レイクサイドはなにかしら失敗したのかセーラ=レイクサイドから説教を受けている最中という事で朝礼の開催は可能と判断されていた。
「ちちう……フラン様っ! 大変です、セーラ様の説教が終わりました!」
養女のマリー=オーケストラが会議室に入ってくる。マリーはさすがに完全放置というわけにいかずハルキ=レイクサイドの護衛にあたっていたのだった。他2名は残して報告に来たらしい。
「思ったよりも早かったですね」
だが、これは少々まずいかもしれない。最近ハルキ=レイクサイドの逃避行が行われていないからだった。だいたい、今回のセーラ=レイクサイドによる説教も逃避行がばれて捕獲された事が原因である。
「報告終わりですので、任務に復帰します」
養女のマリー=オーケストラはもともと第5部隊に所属していただけあってワイバーンの召喚に長けており、意外と速いために初動さえ押さえることができればハルキ=レイクサイドの捕獲に十分役に立つことができる。しかし、それは初動が抑えられれば、である。
「あっ! あれはハルキ様のウインドドラゴンじゃねえか、どう見たって他の召喚士のとは肌艶が違うし、なによりもあんなに早く飛べるのはハルキ様くらいのもんだよな。あれにかなう奴っていうとヘテロ殿のぺリグリンくらいで、ホカノショウカンシタチノショウカンスルウインドドラg………」
「追うのですっ!!」
窓からみえたウインドドラゴンを指さしてルークが喋くっているが、ウインドドラゴンが見えるという事はすでに逃避行が開始されているという事で、ルークの言う通り加速してしまったハルキ=レイクサイドのウインドドラゴンに追いつくことのできる召喚獣は少ない。そしてヘテロ=オーケストラを追手に仕向けれも懐柔される事も多く、また、本気で捕まえようとしても本気で逃げられることが多かった。「フェンリルの冷騎士」が任務を遂行する事のできない数少ない案件である。
「仕方ありません、予定を変更して追いますよ。部隊の編成をお願いします」
「はいっ!」
だいたい、こうして親衛隊の追尾が、始まる。
「諜報部隊に連絡を、まずは情報を集めましょう」
「はっ」
親衛隊がいつもの通りに仕事をしだす。領主の行先はすでにマニュアル化されている通りに検索をかけていくという方針となっている。たまにこのマニュアルが流出してハルキ=レイクサイドの元へと流れるためにダミーを流しておく事も組み込まれている。裏をかかれて長期失踪という事も以前にはあったようだった。
「ええと、領主逃走の防止に失敗した場合……あった432ページですね」
新人親衛隊員はこのマニュアルを暗記するところからが育成の始まりでもある。
「さあ、それでも魔道具で各地の協力員に連絡したら、出かけますよ」
領主ハルキ=レイクサイドがウインドドラゴンで上空にいる時はむしろ領主館にいるよりも安全である。彼に空中戦で勝てる存在はいないだろう。それは天災級の魔物朱雀を単独で瞬殺した過去の実績からも明らかである。危険があるとすれば降りて単独行動をしだしてからだった。
***
「ふへへ、ちゃんと東に向かって飛んだからこっちに来てるとは誰も思うまい」
レイクサイド領大森林。ここには世界樹を中心として獣人のコミュニティができている。「獣王」ビューリング=ブックヤードは領主ハルキ=レイクサイドの親友として有名であり、たびたびの逃避行先にここが選択されていた。理由はビューリングがハルキを甘やかして少し時間が経ってからしか領主館に連絡しないからである。
「また来たのか。ロージー様たちは元気か?」
「あぁ、あのクソガキは殺しても死なないくらいに走り回ってるよ。この前も宝物庫に隠れてて大変だった」
「ミセラ様はまだ1歳か」
「うん、めっちゃ可愛いの」
世界樹の村には特産品が沢山あり、それを全国どころか世界中に販売しているのはレイクサイド領である。レモネードにたっぷりの特産品のハチミツを入れた飲み物をビューリングが振る舞う。逃避行先でもちゃっかりこういった所は視察してたりする。
「親バカもいいが、あんまり周りの人間に迷惑をかけるなよ」
苦笑いしながらビューリングが言う。そういうビューリングはこのハチミツたっぷりレモネードが大のお気に入りで、気に入った客人には必ず振る舞うことにしていた。ハルキも嫌いではない。
「酒持ってきたから、今日は怪魚ムヒョウのかば焼きにしようぜ」
「あぁ、たしか漁に出ていた奴らが朝に戻ってきていたはずだ。今日は手に入るぞ」
「それは良いですな、ふぉっふぉっふぉ」
「あぁ、フラン殿も食べていってください。レモネードいりますか?」
「いや結構。私は職務があります故、怪魚ムヒョウはいただきますが」
ビューリングがレモネードを入れようとしたのを断るフラン。ビューリングはちょっと悲しそうな顔をするが、これから仕事である。
「それで、今回はどのくらいいるんだ?」
「あぁ、どうせすぐに親衛隊が…………あれ? 爺いつからここにいたの?」
「えぇ、坊っちゃまが来る前に待ち伏せさせていただきました。私どもは直線距離ですので」
むんずっと後ろから親衛隊三人がかりで捕縛される領主ハルキ=レイクサイド。実際はぺリグリン二体同時召喚でへとへとのヘテロ=オーケストラが後ろで寝ているわけだが、誰も気に掛けない。
「あーれー?」
「ふぉっふぉっふぉ、ですので怪魚ムヒョウを頂いたら帰りますよ、坊っちゃま。仕事がありますのでお酒は没収です」
こうして久々のハルキ=レイクサイドの逃避行は終わりを告げる。ダミーの逃避行マニュアルに気付いたハルキ=レイクサイドがあの手この手で再度長期間の逃避行に成功するのは数か月後の事だった。ちなみに怪魚ムヒョウを食べていたら満場一致でお酒を飲みたくなって、結局次の日に皆で帰ったのは別の話である。
みんなハルキには甘い




